瀬音の写真集

ご訪問ありがとうございます。旅の覚書など記してみます。 過去記事へのコメントもお気軽に。検索窓もご利用下さい。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索


イメージ 3


天草五橋を走行しながらの景色。(助手席からの撮影です。)


イメージ 2


いけす料理、和食、寿司 ふくすみ様 (座敷席 テーブル席 駐車場有 大きめの窓・広々した店内)

住所 熊本県天草市松島町合津4638

尾頭付き鯛の塩焼きをメインにした定食


イメージ 1


ふっくら焼けた鯛の塩焼きを独り占め…。

美味しく頂きました。ごちそう様でした。

☆見慣れた蜜柑なのですが、驚くほどフレッシュ。首都圏のスーパーマーケットで購入するものとは別の食べ物のように感じました。




道の駅宇土うとを利用した際、駐車場の片隅に古代の舟や石棺のような展示物を見かけ、これはひょっとして以前TVで見た、九州から畿内まで石棺を運んだ実検に使われたものではないか?と近付いてみますと…。


イメージ 1
天草街道

正面奥が島原の雲仙・普賢岳方面。


イメージ 2
道の駅 海の駅 宇土マリーナ おこしき館


イメージ 3
馬門石(別名 阿蘇ピンク石)を用いた家形石棺

原石は、熊本県宇土市網津町の馬門石とのこと。(現地案内板より)
棺蓋 長さ2.40m 幅1.24m 高さ0.65m 重量2.9t
棺身 長さ2.41m 幅1.25m 高さ0.89m 重量3.8t


イメージ 9
石棺の表面

雨ざらしですが、本物?レプリカ?


イメージ 4

宮崎県西都原古墳群出土の舟形埴輪をモデルにして作られた木造準構造船。(現地案内板より)

全長11.9m 最大幅2.05m 重さ推定6トt

基本設計は、神戸商船大学の名誉教授の方、建造は福岡市志賀島の藤田造船所と案内板に記されています。


イメージ 8
丸太台船 いかだ台船 古代船海王の説明板


イメージ 5

丸太台船、いかだ台船なのか。

石棺の上部と下部を運搬するために二艘必要ということですかね…。


イメージ 6
大王のひつぎ実検航海の説明板

2005年7月24日宇土マリーナ出港、8月26日大坂南港着。(34日間 22の寄港地 1006㎞)

ルートは、有明海、東シナ海、玄界灘、瀬戸内海、播磨灘、大阪湾。


イメージ 7
修羅と石棺の説明板

修羅=木製のそり (陸上で木棺を運搬するための道具)

大阪市藤井寺市、『三つ塚古墳』出土修羅をモデルに製作とのこと。


イメージ 11

近くで見かけた採石場。


イメージ 10

三角西(旧)港付近から天草五橋方面を望む。

☆展示品、案内板の設置に感謝致します。


熊本県宇土市様公式サイト
http://www.city.uto.kumamoto.jp/


(自分の為のメモ)
小田良古墳 おだらこふん 装飾古墳  



白バラ生乳ヨーグルト(大山乳業農業協同組合)が美味しかったのでUPさせて頂きます。


イメージ 1


イメージ 2

イメージ 3


大山乳業農業協同組合様サイト (お取り寄せ可)
https://www.dainyu.or.jp/index.php


(自分の為のメモ)
地名 琴浦町 保

ウィキペディア 保 へのリンク
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D



2016年11月、福岡県早良区石釜の熊野神社に参拝させて頂きました。


イメージ 2
熊野神社の鳥居


イメージ 1
石段

イメージ 13

石段脇の坂道。(旧道?)


イメージ 3
手水舎

大変立派な手水鉢なのですが、ピンボケになってしまいました。すみません。


イメージ 4
熊野神社からの眺望

イメージ 5
熊野神社の御拝殿

イメージ 6

鳥居の社額は、熊埜(実際は旧字)神社と記されています。

イメージ 7
御本殿

イメージ 8


屋根の部位名称が分からないのですが、葡萄の意匠のようです。

イメージ 9

『熊野神社』 (平成3年7月28日)   現地説明板より

所在地 福岡県福岡市早良区石釜東732番地

御祭神

 伊弉諾尊  諾は册
 事解男命  
 速玉男命 

  三神を祭る

社歴
 天正12年乙酉きのととり9月13日、 曲淵河内守の臣鳥飼源左衛門尉康秀の建立。
 社殿朽敗属したので文化11年癸酉みずのととり、村民相計りて之を改築した。
 例祭は、9月12日。
 氏子百戸。
 境内546坪。社殿9坪余。
 明治5年11月3日、村社に治定された。
 昭和18年1月31日の中石釜火災により社殿、拝殿を焼失。
 昭和19年5月吉日石釜部落氏子により新築。


☆案内板の設置に感謝致します。


イメージ 11
石燈籠


イメージ 12
境内の祠と石神


イメージ 10
御神木

実は石釜豆腐店様の豆乳プリン購入と、地下水を飲ませて頂こうと思い立ち寄ったところ、店の前に神社の鳥居発見。(未調査で偶然)

夕暮れ間近で薄暗くなりかけていたのですが、社額の熊野神社の文字を目にして、驚きつつも、これも何かのご縁かとお参りさせて頂きました。

ありがとうございました。


イメージ 14

石釜豆腐店様、豆乳プリン。 (またピンボケです…)

たっぷりめのサイズ食べ応えあり。なめらかな口当たりで喉ごし良く美味しく頂きました。

ごちそうさまでした。

なお、この記事の内容は、み熊野ねっと様の全国熊野神社参詣記への投稿とほぼ同じ内容です。
み熊野ねっと様サイト
http://www.mikumano.net/


(自分のためのメモ)
地名など 背振 三瀬峠 曲淵 多々良橋 金武 室見川 妙見神社 薬師堂 大日如来  羽根戸 戸切
警固神社 西神の原 
壱岐 城の原 下山門 上山門 小戸



イメージ 1
天草市の祇園橋〜祇園神社(右手)


イメージ 2

画面奥の祇園社は周辺より一段高くなった場所に鎮座。


イメージ 3

とにかく凄い石橋に驚きましたが、切支丹弾圧の歴史は教科書で知っていても、案内板に記された土地の歴史に言葉を失いました。


イメージ 4


イメージ 5


イメージ 6

『祇園橋』 Gion Bridge 国指定重要文化財 (平成9年12月3日指定) 現地案内板より
Yahoo!Blog瀬音の写真集管理人が入力させて頂きました。
この石橋は、天保3年(1832年)町山口村庄屋大谷健之助が発起し架設したもので、祇園神社の前にあることから、祇園橋と呼ばれています。

石造桁橋では、日本最大級で、長さ28.6m、幅3.3mあり、45脚の石柱により支えられています。

下浦村(現下浦町)石屋の辰右衛門により建造され、地元の砂岩が使用されています。

この付近は、寛永14年(1637年)11月、天草・島原の乱で、天草四郎の率いる一揆勢と、富岡城番台三宅藤兵衛の唐津軍とが激突した場所です。

両軍の戦死者により川の流れは血に染まり、屍は山を築いたと伝えられています。

熊本県(観)


イメージ 7
石碑

町山口川の
流れせきとめし
殉教者の
むくろ数百千にして
名をばとどめず
         徳壽


イメージ 8



イメージ 9
祇園社


イメージ 11
狛犬さん


イメージ 12
狛犬さん


イメージ 10




イメージ 13

ススキではない…植物。

イメージ 14

近くには諏訪神社も祀られています。例大祭の日だったのか参拝者の方が多く、写真は控えさせて頂きました。


開く トラックバック(1)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事