尾道の連絡船乗り場に展示されていた北前船の模型。 船匠 長光泰司さんの作品。
(細部までじっくり拝見したかったです。)
説明板には、以下のように書かれていました。
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『北前船』
江戸時代から明治時代にかけて、北前船は春に大阪を出港して瀬戸内海の各地の特産物を積み、山陰地方そして日本海の各寄港地を経て北海道に至り、秋には北海道の物産を積んで帰ってくる、年一航海の買積み船です。そうした北前船は本州と北海道を結ぶ物資流通の大動脈を担っていました。
当時、尾道からの積荷は、塩・畳表・錨・綿など。降荷は、鰊・昆布・数の子など北海道の物産でした。商都尾道として問屋が軒を並べ、北前船の帆柱が林立する頃は、人々の往来も繁しくなり尾道はめざましく発展していました。
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昔、南紀・大島でも菱垣廻船や樽廻船などが寄航し、港も賑わっていたと伝え聞きます。
今では木造船を見かけることも少なくなりましたが、以前は大島にも船大工さんがいたそうです。そのせいか、子どもの頃は港の近くで船に使う釘を拾って遊びました。釘は、ティースプーンを少し長くした程度の扁平なクサビ型で、頭の方が少しだけ曲がっていたように記憶しています。(太くなっていたのかも)ちなみに、島内には鍛冶屋さんもいたそうです。
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