瀬音の写真集

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尾道の写真2006/03

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北前船の模型

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尾道の連絡船乗り場に展示されていた北前船の模型。 船匠 長光泰司さんの作品。

(細部までじっくり拝見したかったです。)

説明板には、以下のように書かれていました。

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『北前船』

 江戸時代から明治時代にかけて、北前船は春に大阪を出港して瀬戸内海の各地の特産物を積み、山陰地方そして日本海の各寄港地を経て北海道に至り、秋には北海道の物産を積んで帰ってくる、年一航海の買積み船です。そうした北前船は本州と北海道を結ぶ物資流通の大動脈を担っていました。

当時、尾道からの積荷は、塩・畳表・錨・綿など。降荷は、鰊・昆布・数の子など北海道の物産でした。商都尾道として問屋が軒を並べ、北前船の帆柱が林立する頃は、人々の往来も繁しくなり尾道はめざましく発展していました。

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 昔、南紀・大島でも菱垣廻船や樽廻船などが寄航し、港も賑わっていたと伝え聞きます。
 今では木造船を見かけることも少なくなりましたが、以前は大島にも船大工さんがいたそうです。そのせいか、子どもの頃は港の近くで船に使う釘を拾って遊びました。釘は、ティースプーンを少し長くした程度の扁平なクサビ型で、頭の方が少しだけ曲がっていたように記憶しています。(太くなっていたのかも)ちなみに、島内には鍛冶屋さんもいたそうです。

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店頭で見つけた『お化けのQ太郎』の乗り物。三本の毛は何処へ。

 ☆ 10円玉を入れるとキチンと仕事をしていました。(可動)

今時10円で子どもが楽しめる乗り物は希少ですが、100円に値上げしたくても、機械の設定を変更することの方が難しいのかもしれません。

ちなみに「PSE」マークは付いていないと思われます。

(観光地とは言え、大人のご利用は控えた方が宜しいでしょう)

看板のDNA

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1枚目 昭和を感じさせる写真屋さんのシャッター扉。(尾道)

2枚目 こちらのうどん屋さんの看板は、竹を使って文字を書いていました。

3枚目 毛糸屋さんの看板文字は、透明のアクリル板で文字型のケースを作り、その中に本物の毛糸を詰め込んでいました。 

2枚目と3枚目の看板は、同じ作者の手によるものではないかと思うのですが…。

海まで30秒、でも…

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先日の旅、尾道商店街の写真を3枚。(場所を指定し子に写してもらいました)

1枚目 商店街の西側(駅側)入り口。

2枚目 山側の路地。

3枚目 海側の路地。

波穏やかな内海と港町の景色は、どことなく故郷の景色にも似てとても懐かしいのですが、どうも違和感を感じてしまうのは、すぐそこに外洋(出口)が見えないことへの不安からでしょうか。

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尾道からフェリーで3分ほどの向島にある日立造船所です。

家族は戦艦大和のロケセット見学に夢中になっていましたが、私は造船所の施設の方が気になりました。

携帯電話のカメラで撮影したため画面が小さいのですが、巨大なクレーンとドック(?)を写してきました。

かつて、どのような船舶がこの場所で進水式を迎えたのでしょうか。

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