|
潮岬観光タワーからの眺望と盃岩をUPさせて頂きます。 ☆盃岩は、数年前に亡くなられた、熊野学舎さとちゃんから尋ねられてお答えできなかった岩です。 左上は紀伊半島地図。(これは、上が北) 吉野熊野国立公園の串本地区地図。(これは、上が南 下が北) 潮岬観光タワー
最上階と屋上が展望スペースになっています。 (駐車場は無料 2016年8月のデータです) 潮岬、望楼の芝生、現地看板によると、海抜約39メートル。 潮岬観光タワーは高層の展望塔ではありませんが、高台に建っているため、このような眺望です。 (有料ですが一度はこの景色をご覧いただければと思います。) 中央付近に本州最南端の潮岬灯台、右奥は周参見すさみ町や白浜町方面。 前の写真より少し左へ(時計の針と逆回りに)。赤い屋根の建物は、オーストラリア木曜島へ白蝶貝などを採取しに行っていたダイバーや関係者などのミニ資料館。(トイレあり) 旭之森は右手の方。 さらに左へ、望楼の芝内キャンプ場と〜。 手前の山の向こうの(奥の)山並みが紀伊大島。丸いドーム2個は自衛隊レーダー施設。 奥の山並みは、右手が、古座〜那智〜新宮方面。左手が、本宮方面。 画面中央が古座の重畳山方面とその奥が那智方面だと思われます。 『日本の古代遺跡 46 和歌山』 森浩一企画 大野嶺夫 藤井保夫共著 保育社より抜粋 串本町内の遺跡 大水崎縄文遺跡 矢野熊遺跡 八幡遺跡(潮岬/上野うわの塔石) 出雲地区の権現遺跡/那智黒石製の蛤刃形石斧 大島の縄文遺跡/大森山など各所から縄文中期の土器片や石鏃、磨製石斧 田並縄文遺跡(上地 田並川の川底) 笠島遺跡(串本高校内 構造船船底・舷側板・防舵材など 漁撈具) 向屋敷遺跡むこうやしきいせき(串本幼稚園周辺) 地蔵道遺跡(袋港/錦江山南) 西岡古墳(串本市街に突き出た海岸段丘の先端にあったが開梱などで破壊 墳丘から古墳中期の碧玉製勾玉や棒状鉄製品が出土) 展望台に山並の案内板があったので撮したのですが、ピンボケのため説明不足になってすみません。 本宮の左奥方面に大塔山 標高1122メートルとのことですが…。 旭之森、遊歩道入口(東側の入口)。
※複数人での散策が宜しいかと思われます。 『景勝 旭之森』 (現地説明文より)
その昔、十四代神功皇后、当地にご来訪の折、この旭の森より東方海上に昇る朝日をご??にな?れ、この処の盃岩を囲んでご酒宴を催されたと伝承される。 『戦跡 海軍特設見張所跡』 (現地説明書きより)
太平洋戦争時、望楼の芝一帯にレーダー基地や機銃陣地?? この場所には二十二号電探(レーダー)があった。 昭和四年六月二日 逓信協會大坂支部 と刻まれています。 遊歩道をぐるっとまわって望楼の芝生に戻ってこられますが(多分)、時間の関係でUターン。 きのくに風景賛歌様サイトによりますと、山口誓子の句碑の土台となっているのが、神功皇后伝説の『盃岩』とのことです。 「太陽の 出てゝ 没るまて 青岬」 誓子 きのくに風景賛歌様 http://www.kinokuni-sanka.jp/modules/landscape/index.php?lid=884 |
熊野の写真(海)
[ リスト | 詳細 ]
|
※ 2014/08/14撮影時のデータです。
トルコ記念館
『トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件』 (ウィキペディアよりコピー) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AB%E5%8F%B7%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6 エルトゥールル号遭難事件(エルトゥールルごうそうなんじけん)とは、1890年(明治23年)9月16日夜半、オスマン帝国(その一部は現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル(Ertuğrul Fırkateyni)が、現在の和歌山県串本町沖にある、紀伊大島の樫野埼東方海上で遭難し500名以上の犠牲者を出した事件である。この事件は、日本とトルコの友好関係の始まりと考えられている。
現在、和歌山県串本町の樫野崎灯台そばには、エルトゥールル号殉難将士慰霊碑およびトルコ記念館が建つ。また、町と在日本トルコ大使館の共催による慰霊祭も5年ごとに行われている。
エルトゥールル号遭難現場付近(船甲羅ふなごうら)。 (トルコ記念館展望台より撮影) 岬の先端、樫野崎灯台。 古い石造物。 トルコ軍艦遭難慰霊碑
葛の花? アタチュルク像(閉園になった新潟県のテーマパーク内に建てられていた像とのこと)
樫野崎灯台と旧官舎
案内板より 紀伊大島の東端に位置する樫野崎灯台の旧官舎。 樫野崎灯台と旧官舎は、イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントン English engineer Richard Henry Branton の設計により、明治3年(1870年)に建設されました。 ブラントンは、明治元年(1868年)に来日し、同9年に帰英するまでに、日本各地の灯台やその付属施設の建設を多く手掛けましたが、樫野崎は、その最初期のものです。 灯台は昭和29年に大規模な改築が実施されましたが、官舎は当初の形態を比較的よく残しています。 樫野崎灯台より。熊野灘・太平洋。 潮目が見えています。 荒天の日は鉛色に見えることもあるけれど、この海はどこまでも青い。 日暈(ひがさ) 魚見台への道。 対岸、古座川河口方面。 熊野の山並み 旅や外出のお終いは、無事にご自宅に帰る・カエル・還る。 ということで、本日はこれにて失礼致します。 皆様おやすみなさい。 串本町様公式サイト http://www.town.kushimoto.wakayama.jp/ |
|
皆様、大変ご無沙汰してしまい申し訳ございませんでした。 先日、日暈に遭遇しましたのでご紹介致します。 (写真整理が追いつきませんが、また少しずつブログ更新をさせて頂く予定です。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。) 一つめ、和歌山県東牟婁郡串本町大島、樫野崎灯台付近。 まるで天から地上を見下ろす巨大な目玉のようでした。(トルコ記念館やエルトゥールル号遭難の供養塔を訪れた直後でしたので、トルコの目玉のお守りを連想しました。) 丸い虹のようにも見えます。 二つめ、三重県紀宝町〜御浜町・七里御浜付近にて。(家族が撮影) 深夜ですので、この辺で失礼致します。 おやすみなさい。 暈 ウィキペディアへのリンク http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%88 気象庁のページへのリンク (雲・大気現象。大気光象について) http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq13.html |
|
民俗学者の谷川健一さん死去のニュースを拝見しました。
串本町大島・樫野崎から見た海は、晴れの日の日中は醤油色ではありませんが、お若い頃の谷川健一さんがご覧になったのは、どのような景色だったのか…。
講演会などあればお話を伺ってみたかったです。
ご冥福をお祈り致します。
写真は以前写していた、樫野崎灯台とそこからの眺めです。(太平洋・熊野灘)
『海の熊野』もう一度読み返そうと思います。
(Kashinozaki Lighthouse)
|
|
2004/08/10に撮影の古い写真です。
樫野崎灯台近く、魚見台がある方角からの熊野地方の夕景です。
太平洋側の景色も美しいですが、駐車場に戻る際、本土側にもちょっと目を向けてみてください。
重複投稿ですが、再度UPさせて頂きました。
皆様、良い週末を。
※ コメントへのお返事遅くなりましたらお許しください。
|




