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観音崎灯台の写真は未だ整理できておりませんので、先に地震津波避難看板をUPさせていただきます。 正面奥の建物が観音崎自然博物館、ビジターセンター、レストラン。 浜辺の地名は、たたら浜。 右奥に薄く霞む山並みが房総半島方面。(間に浦賀水道) たたら浜の砂の様子。 近くの鴨居3丁目付近で撮した、急傾斜地崩壊危険区域地図(案内板)。 ぴんぼけですみません。 観音崎自然博物館、ビジターセンターなど。 横須賀市 YOKOSUKA CITY
津波注意 地震を感じたら海浜から離れ安全な場所に避難しましょう。 When You feel an earthquake,move away from the seashore and evacuate to place. この地点の海抜は 5.2Mです。 ********************************** 避難地図や避難路は掲示されていないようです。 山へと向かう道はいくつかあるようです。
山側にある噴水広場。 ここは高台と言える場所ではありません。 ↑↓ 戦没船員の慰霊碑方面への道。(何れも坂の上から下に向かって撮しています。) 地震の際、切り通しが崩れないか少し心配です。 以上、簡単ですがご参考まで。 ☆ 和歌山県、三重県内で撮した地震津波避難看板はページ下のトラックバック記事でご覧下さい。 ********************************************* おまけ ハカイダー ではありません。 灯台を模した車止めでした…。 本日もお付き合い頂きありがとうございました。 神奈川県立観音崎公園様サイトへのリンク http://www.kanagawaparks.com/kannon/ |
古座造船所で造られた第五福竜丸
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戦没船員の碑(県立観音崎公園内)を見学させて頂きました。 観音崎 たたら浜付近にて撮影
浦賀水道を行き交う船舶。 中央の船影、海上自衛隊サイトのギャラリーページを拝見しますと、はたかぜ型に似ているような気がします…。 観音崎園地付近の海岸にて(対岸は千葉県)
観音崎公園は、三浦半島東端部に位置する自然公園。 遊歩道は整備されているのですが、アップダウンのある山道を歩くことになりますので、サンダルやヒールの高い靴では厳しいかと思われます。 また人気の無い寂しい箇所もあり、複数人での散策が安心なのでは…。(蜂にも注意! 個人の感想です 神戸高等商船学校(現 神戸商船大学) 進徳丸の錨
『進徳丸の錨』 現地石碑よりYahoo!blog(瀬音の写真集管理人が入力させて頂きました) この錨は、大正13年に神戸高等商船学校の練習船として建造された帆船進徳丸2518総トンの左舷錨であります。 進徳丸は戦前4本マストの帆船として活躍しましたが、昭和18年航海訓練所の所属となり、20年兵庫県二見港において空襲を受け擱座(かくざ)しました。 その後、汽船練習船に改装されて昭和37年まで就航しました。 この間31万海里に及ぶ帆走航海と20万海里の汽走航海の輝かしい歴史を有し、世界に雄飛する幾多の船舶職員を育てましたが、昭和42年からは財団法人進徳丸保存会により青少年の海洋訓練施設として神戸商船大学構内に保存されております。 (案内板石碑を3分割して撮影し、電子化させて頂きました。入力ミスがございましたらお許しください。) 『その後の進徳丸』 現地案内板よりYahoo!blog(瀬音の写真集管理人が入力させて頂きました) 神戸商船大学構内に保存されていた進徳丸は、平成7年1月17日、阪神・淡路地方を襲った大震災により、設置地盤が崩壊したため、老朽化していた船体は解体撤去されることになり、平成8年2月、多くの人々に惜しまれつつ、その波乱に満ちた生涯を閉じました。 解体された進徳丸の船首とマストは、神戸商船大学の『進徳丸メモリアル』に残りました。 (案内板の設置に感謝致します。) 第二次世界大戦や海難事故の犠牲となって海洋で失われた、6万余人の船員の霊を慰め、かつ永遠の平和への願いを込めて設けられました。 設計/東京芸術大学教授 吉村順三氏 群像/東京芸術大学教授 菊池一雄氏 天皇陛下、皇后陛下歌碑 安らかにねむれ わが友よ 波靜かなれ とこしえに
公益財団法人日本殉職船員顕彰会様サイト http://www.kenshoukai.jp/senbotuhi/senbotuhi.htm 県立観音崎公園様サイト http://www.kanagawaparks.com/kannon/ (自分の為のメモ) 徴用船 ウィキペディア 焼津港の徴用船 へのリンク https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E6%B4%A5%E6%B8%AF%E3%81%AE%E5%BE%B4%E7%94%A8%E8%88%B9 |
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石仏(馬頭観音/女神?) (撮影許可エリアにて) ******************************************** アジアの風 青空 祈り part-2 青空 浜田省吾 ギターcover (↓音が出ます) https://www.youtube.com/watch?v=gDMFdkJPNTI |
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お待たせ致しました。 記念艦三笠の写真整理ができましたのでUPさせて頂きます。 民間船の軍事徴用について調べていたときに、いくつかのサイトに辿り着いたのですが、そのうちの『戦没した船と海員の資料館』は兵庫県神戸市にあるそうなので、今回は横須賀へと…。 戦没した船と海員の資料館様のサイト(ページ) http://www.jsu.or.jp/siryo/ 京浜急行バス(京急バス) 三笠公園バス停
こちらの次のバス停は、ポートマーケット前とのことです。 三笠公園バス停 横須賀中央・三笠循環時刻表 2015/7撮影時のデータ
京浜急行バス (ミニバス)
ラッピングされている、ゆるきゃらは、横須賀市のスカリンちゃんだと思われます。 三笠公園
三笠(みかさ)は、大日本帝国海軍の戦艦で、敷島型戦艦の四番艦。奈良県にある三笠山(若草山)にちなんで命名された。船籍港は京都府舞鶴市の舞鶴港。同型艦に敷島、初瀬、朝日。1904年(明治37年)からの日露戦争では連合艦隊旗艦を務め、連合艦隊司令長官の東郷平八郎大将らが座乗した。現在は防衛省が所管し神奈川県横須賀市の三笠公園に記念艦として保存されている。 以上 ウィキペディアよりコピー 戦艦三笠 ウィキペディアへのリンク https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%AC%A0_%28%E6%88%A6%E8%89%A6%29 東郷平八郎氏像
三笠公園に設置されている蒸気機関車型の非常用貯水槽。 現地案内板より 「この蒸気機関車は、いつか来る大地震のために、生活には欠くことのできない水を蓄えておくための非常用貯水槽(通称100トンタンク)です。大地震が起こったとき、この三笠公園に避難してくる10000人の人達に、一人当たり1日3リットルの水を約3日間配ることができるように、100立方メートル(100,000リットル)の水道水が新鮮な状態で循環しています。」瀬音の写真集管理人が入力させていただきました。 特別展 三笠秘蔵 連合艦隊 艦隊コレクション 展示期間延長 平成28年5月31(火) ※ 平成27年7月撮影時のデータです。 日露戦争時、太平洋戦争時及び海上自衛隊の艦船模型250隻以上を展示 ポスター上段 幻のB65型超甲型巡洋艦 左列 戦艦大和 空母赤城 重巡高尾 軽巡五十鈴 駆逐艦雪風 右列 戦艦霧島 空母葛城 重巡摩耶 日露戦争時の模型(順次整備中)戦艦八島 戦艦富士 30ポンド カノン砲
1848年製 30ポンド カノン砲 説明 現地案内板より 口径 16.6㎝ 砲身長 2.57m 重量 2.7t 瀬音の写真集管理人が入力させていただきました。 この大砲は、安政元年(1854年)11月4日、伊豆下田港において、大震災のために座礁破損した露国艦隊、軍艦ディアナ号の備砲と推定されます。 米海軍横須賀基地に保存されていたのをこの度、同基地司令官ハウエル海軍大佐から寄贈されたものです。 この姉妹と思われる大砲が遊就館(靖国神社)に保存されています。 昭和62年5月22日 海上自衛隊横須賀地方総監部 記念艦入口付近、砲弾。 記念艦三笠 案内図 写真右上は、Z旗とのことです。 Z旗 ウィキペディアへのリンク https://ja.wikipedia.org/wiki/Z%E6%97%97 特別展 日本海海戦と横須賀製鉄所 ポスター。 ポスター下段の人物 左 小栗上野介(写真提供 東善寺) 右 連合艦隊司令官長 東郷平八郎 とのことです。 小栗上野介(小栗忠順) ウィキペディアへのリンク https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%A0%97%E5%BF%A0%E9%A0%86 横須賀製鉄所(横須賀造船所) 横須賀市様公式サイト 群馬県富岡製糸場とのつながり https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/0130/seitetsuzyo/main.html 三笠右舷後方デッキ(艫tの方?)からの眺望。 三笠の船体はコンクリートで固められていて海には浮かんでいません。 15センチ副砲の操砲展示とのこと。 上は別の箇所で撮しましたが、このようにメモリつきの円盤を利用して発射角度調整をしていたのでしょうか。 被弾鉄板雪見灯籠 現地案内板より 瀬音の写真集管理人が入力させて頂きました。 日本海海戦で射抜かれた三笠の艦材を用いて作られたもので、呉鎮守府から伊藤博文公に贈られ、あとで伊藤家から記念艦三笠に返されたものです。 Snow viewing lantern made with shatterd metal sheets from the MIKASA. 左舷 補助砲 砲撃者の腰を固定する部分?があるようです。 30センチ前部主砲と艦橋。 左舷船首錨用の巨大鎖。 オリジナルか否かは不明です。 同、TOAの刻印。 同、船首左舷部。 艦橋 右舷方面 60センチ信号探照灯 (側面から撮影) 現地案内板より 周りの僚艦に信号を送ったり、暗夜に目標物を探照するためなどに使われたものです。 初期のものは炭素棒を燃やして光源としました。 同、探照灯(前面から撮影)。 (サーチライト的な…) 船体の穴。傷みの激しい箇所もあるようです。 最上艦橋からその下のデッキを撮影。 最上艦橋
案内板より 東郷司令長官は、ここで戦闘指揮を行いました。 そのときの位置をデッキの上に表示しています。 伊地知艦長 東郷司令長官 加藤参謀長 秋山参謀 羅針盤 艦橋 測距儀(距離計) とのことです。 測距儀、こちらから覗くのですが、ピンボケですみません。 測距儀、BARR&STROUD'S PATENTS RANGE FINDER No.450 ラベル刻印。 BARR&STROUD'S バー アンド ストラウド (イギリスの光学機器メーカー) ウィキペディアへのリンク https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%26%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89 艦内展示室 三笠の模型
沖縄県宮古島市・久松五勇士関連の展示 (サバニ舟写真やバルチック艦隊航路図など) 宮古島近海を北上中のバルチック艦隊を発見した沖縄の方が無線設備のある石垣島までサバニ舟で連絡に赴いたのだが時間がかかってしまい、仮装巡洋艦信濃丸の連絡の方が先となってしまったという内容。 Yahoo!blog 瀬音の写真集 『久松五勇士顕彰碑』の記事へのリンク http://blogs.yahoo.co.jp/seoto_kisyuu/61948310.html 久松五勇士の記念写真と敵艦見ゆの文字。 仮装巡洋艦氏信濃丸 信濃丸は、1900年に日本郵船のシアトル航路用客船としてイギリス・グラスゴーにて竣工。 1904年2月、陸軍御用船として徴用。(同年12月に徴用解除)。 1905年3月、海軍に徴用→仮装巡洋艦として整備。 6月徴用解除。 (ウィキペディアより) 信濃丸 ウィキペディアへのリンク https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E6%BF%83%E4%B8%B8 ☆こちらの船舶は、船名に丸が付いています。 10次における日露艦隊の戦闘図とのことです。 黄緑の丸(管理人が加筆)が福岡県福津市津屋崎〜宗像市付近。 宗像大社 沖島宮社務所日誌 (パネルの説明文より) 対馬海峡東方に位置する沖ノ島の官幣大社、宗像神社沖津宮に仕えていた佐藤氏(18歳)は、目撃した日本海海戦の模様を社務所日誌に記録しました。 拡大表示の方法 → カーソルを画像の上におき、右下に表示される虫眼鏡マークをクリックしてください。 拡大表示できます。 Yahoo!blog 瀬音の写真集 『宗像大社 境内末社 熊野神社』の記事へのリンク http://blogs.yahoo.co.jp/seoto_kisyuu/62698872.html Yahoo!blog 瀬音の写真集 『津屋崎 藍の家(古民家)&カフェ(福岡県福津市)』の記事へのリンク http://blogs.yahoo.co.jp/seoto_kisyuu/62240892.html 一等戦艦 朝日模型 排水量 15,200トン 速力18ノット イギリス製 戦艦朝日関連の死傷者名簿だと思われますが、撮してきた案内プレートが上手く写っていませんでした。すみません。 右5月27日 沖ノ島付近 海戦に於いて戦死 軽傷 などのダメージと氏名がリスト化されています。(電子化は控えさせて頂きます。) 三笠主機械 Main engine of MIKASA ヴィッカーズ社製直立3気筒3連成往復動(レシプロ)蒸気機関を搭載前に撮影した写真とのこと。(案内板より) こちらは、デッキに設置されている案内板。 『勇士戦死のところ』 明治37年8月10日の黄海海戦において、午後6時20分、敵弾の命中炸裂により戦死 海軍中尉 品川氏 外に負傷者一名。 ****************************************** 歴史に疎いためウィキペディアなど拝見しながらの作業となり、記事UPに時間が掛かりました。 本日もお付き合い頂きありがとうございました。 全日本海員組合様 公式サイト http://www.jsu.or.jp/ 戦没した船と海員の資料館様のサイト(ページ) http://www.jsu.or.jp/siryo/ 記念艦三笠様 公式サイト http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/ ********************** 自分の為のメモ 樫野 軍送艦(給兵艦) 戦艦武蔵の砲塔部品輸送 ウィキペディアよりコピー 1942年(昭和17年)9月4日、台湾沖で米海軍潜水艦「グロウラー(SS-215)」の雷撃により(高松宮日記によると午前9時50分、北緯25度40分、東経122度41分で魚雷3本を受けて[24])沈没[25]。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AB%E9%87%8E_%28%E7%B5%A6%E5%85%B5%E8%89%A6%29 兵站へいたん 「戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る」 ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B5%E7%AB%99 |




