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1917年 (大正6年)。
尋常小学校5年生になった時、本田宗一郎は強烈な体験をした。
住んでいた光明村から20km程離れた浜松練兵場で、カーチス式複葉機の飛行ショーが開催されれたのである。
光明村で初めて見た自動車、そして浜松で初めて見た飛行機。
このふたつの出来事は本田宗一郎のその後の生き方を方向付ける出来事として有名な逸話である。
自動車は受動的な体験であったが、飛行機は自転車の三角乗りで半日掛けた能動的な体験である。
それは少年宗一郎が初めて人生の行動を起こした一瞬であった。
以降、宗一郎は世界のHONDAに駆け上がるのである。
私は少年宗一郎と同じ村の出身である。
奇しくも初めて自転車に乗れたのは、同じ歳の小学校5年生の時であった。
もちろん大人用の自転車の三角乗りでである。
後年、この逸話を初めて聞いたとき、私は信じられなかった。
それ程、11才の少年にとって自転車での浜松行きはありえない距離なのである。
それから90年が経過した。
昨年までの私は自転車で10kmの距離を走る事は考えられない事であった。
しかし、昨年からモールトン自転車に乗るようになり、30km程度の距離なら走れる自信がついてきた。
光明村から浜松までの往復距離は40〜50km程度はあると思われる。
トレーニングすれば決して不可能な距離ではない。
なんとしても宗一郎の体験と同じ体験をしてみたい。
やるなら体力のある今しかない。
1917年5月28日(月)から91年後の、2008年5月25日(日)の早朝。
私は浜松練兵場(現浜松市和地公園)に向けて宗一郎の生誕地から自転車で出発する。
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行きは下り坂ですから、多少良いのでしょうか。車とラクですけどね。がんばってください!
2007/7/9(月) 午前 8:08
行きと帰りの上り下りの違いを、体で体験してみたいですね(笑)。
宗一郎少年も帰り道に苦労したことが分かれば大きな収穫です。
2007/7/9(月) 午後 8:30 [ sera ]