旧ただ若き日を惜しめ

新・ただ若き日を惜しめに移転しました。http://blogs.yahoo.co.jp/sakaisouga

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コース探索 (3)

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90年前少年本田宗一郎が自転車での飛行機ショー見学を再現するシリーズ。

今回は「二俣町〜北鹿島」までのコースを探索する。

宗一郎がどの道を走って浜松練兵場へ行ったかを示す文献は全く無い。

従って当時の地図を参考にコースを推測するしかない。



はじめに今日、8月5日は1991年に亡くなった本田宗一郎の命日にあたる、改めて合掌。



90年前、宗一郎は二俣の町を自転車で走り抜け旧鳥羽山トンネル(当時の名称未確認)を抜け、

北鹿島地区に入った。

このトンネルは幅員が3m程度あり、当時の大八車がすれ違う事が出来る北遠州を結ぶ大動脈であった。

この鹿島地区では毎年8月に徳川時代から続いていると言われる有名な鹿島の花火大会が開かれている。

宗一郎も両親に連れられて見に来ているとの文献もある事から、この辺りの地理には詳しかったであろう。

トンネルを越えて鹿島地区に入るとすぐに道路の右手に田代屋と言う筏問屋の屋敷がある。

車が発達していなかった当時、天竜川は帆掛船や筏が重要な交通手段であり、

夏場は夜が明ける4時頃から筏人足で田代屋周辺は賑わっていた。

宗一郎が何時頃この田代屋の前を通りかかったのかは後日検証してみたいと思う。

田代屋の前を通り過ぎると、いよいよ天竜川に掛かる白い吊り橋「天竜橋」を渡る事になる。


【写真説明】

1.当時の地図に宗一郎が走ったと思われる道を白線で示す。
2.現在の道路地図に宗一郎が走ったと思われるコースを示す。
3.旧鳥羽山トンネルの北鹿島側出口。
4.筏問屋の田代屋、現在でも史跡として当時の面影をそのまま残している。
5.田代屋説明板。
6.当時の北鹿島付近の写真。
 手前の大きな瓦屋根が田代屋。
 宗一郎は写真の左手方向から右手方向に走り、写真上部に写っている木製の白い吊り橋
 「天竜橋」を渡て浜松練兵場に向かった。

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おはようございます〜
初めて「本田宗一郎氏」の墓参に行きましたが、今をして沢山の人を集める魅力に感銘いたしました。
お墓の前では、皆さん「子供」になっていましたよ。
谷口氏にお会いできたのも、宗一郎氏の引き合わせと感謝しています。

2007/8/7(火) 午前 7:17 [ 愛 夢 走 人 ]

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原付バイクミーティングはとても素敵な集いですね、TONYさんとは生誕100年の時にお会いする事が出来ました、とても魅力的な方です。
なぜ本田宗一郎に引かれるんでしょうかね、理屈抜きで好きなんです(笑)。私は地味ですが、このブログで私なりに本田宗一郎を見つめていきたいと思っています。

2007/8/7(火) 午後 8:45 [ sera ]


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