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90年前、11才の本田宗一郎が25km程離れた浜松市で行われた複葉機の飛行ショーを、 単身自転車で見に行ったエピソードを再現するシリーズ。
今回から距離を20kmから25km程に変更しています(笑)。
コースの概要は把握した。
次に解明しなければならないことがある。
それは、宗一郎は夜明け前に光明村を出発し、日没後に帰宅したのだから
当然お腹が空いて何かを食べているはずである。
所持していたお金は一銭玉がふたつ。
このお金は家の財布からこっそり持ち出したものだから簡単に使うはずがない。
たとえ入場料が十銭で払えず、木の上から飛行ショーを見物し、二銭がそのまま残っていたとしても、
このお金を昼食代に充てたとは思えない。
宗一郎は二銭を入場料として用意してきたのだから、昼食は最初から別に考えていたはずだ。
二銭はそのまま自宅に持ち帰ったことであろう。
中部博著の「本田宗一郎伝」によれば飛行ショーの新聞広告は3日前の大正6年5月25日から
始まったとのことである。
賢い宗一郎のことだ、直ちに浜松練兵場までのコース調べと共に、
当日の食糧のことも考えたに違いない。
私は来年の5月に同じコースを走ろうと考えているが、当然昼食や水分補給は
宗一郎が当時採った可能性のあるものだけを準備したいと思っている。
http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/21857656.html
「うなぎ弁当」や「サンドウィッチ」「えびマヨおむすび」「スポーツドリンク」、
90年前当時無かったこれらの食べ物を食べてこのコースを走ることは考えられない。
本田宗一郎とひとつになれないからである。
その候補のひとつが「黒飴」である。
甘いものは疲れた体にはとても効果的である。
前出の中部博著の「本田宗一郎伝」にも黒飴は当時「てっぽう玉」と呼ばれ、
2個で5厘で売っており、宗一郎は母にもらった小遣いで喜び勇んで買いに行ったとある。
「黒飴」。
私はこれを当日、疲れた時の栄養補給用として持参することにしよう。
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史実に忠実どころか、史実を追体験とは超・リアルで脱帽です。
追体験で感じられたこと、思われたことこそ事実以上に真実と尾m歩います。ぜひお聞かせ下さい。
2007/10/27(土) 午前 7:44 [ 大西 宏 ]
お恥ずかしい限りです。
私が体験したい一瞬は、出発当日の朝出発点に立った時の感覚です。
未知の世界に出発する時の武者震いの様な感覚。
どの本にも書かれていない、宗一郎だけが体験した感覚、
その感覚をどうしても体験してみたいと思います。
ですからスタート点に立った時点で私の目的は達成されると思います。
2007/10/27(土) 午前 9:51 [ sera ]