旧ただ若き日を惜しめ

新・ただ若き日を惜しめに移転しました。http://blogs.yahoo.co.jp/sakaisouga

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90年前、11才の本田宗一郎が25km程離れた浜松市で行われた複葉機の飛行ショーを、
単身自転車で見に行ったエピソードを再現するシリーズ。


私は来年の5月に同じコースを走ろうと考えているが、当然昼食や水分補給は
宗一郎が当時摂った可能性のあるものだけを準備したいと思っている。


宗一郎は夜明け前に光明村を出発し日没後に帰宅したのだから、
朝5時出発し夜20時帰宅と仮定して、15時間程度かかったものと推測出来る。
当然お腹が空いて何かを食べているはずである。
前述の通り、所持していた二銭を簡単に使うはずがない。

宗一郎は当然何かしらの食糧を用意して出発したに違いない。
では何を持っていったのだろうか・・・。
今となっては当時を推測するしかない。

宗一郎の著書「私の手が語る」に当時の食糧事情を伺わせる下りがある。
生まれた船明村の名産「ごんぼう(牛蒡)」を使った煮豆が好物である事。
店先にあった鯖の煮付けを食べるのが夢だった事。

宗一郎の住んでいた光明村は山間の村である。
物流が進んだ現代と違って普段食べているものは地元で採れたものがほとんどで、
鯖などの海産物などはめったに食べられない高価な品であったことであろう。

果物は5月と言う季節を考えれば可能性は低い。
バナナなどは存在すら知らない食べ物だっただろうし、みかんや柿等も季節が合わない。

結局、腹に貯まるもと言えば穀類(米、麦、粟)、芋類(さつまいも、里芋、馬鈴薯)となろう。

時代こそ違うが、昭和30年頃、宗一郎のと同じ村出身の私の子供時代には
食卓には常に「ふかし芋」があった。
貧しくていつも腹を空かしていた時代、さつまいもは主食でありおやつでもあった。
当時のさつまいもは現代の金時芋とは違って色も悪く美味しくなかったが、身近な食糧だった。

私は「さつまいも」を来年の5月の昼食として持参しようと考えている。

それから「おにぎり」も少々持参することとしよう。
宗一郎は当日、親に内緒で出発したのだから温かご飯のおむすびは考えられない。
しかし、前日の残り飯でおにぎりを作っておいた可能性はある。
もちろん麦が混ざった飯であり、海産物である海苔は考えられない。
いわゆる「塩むすび」である。

私の当日のおむすびは梅干し入りで、海苔なしの「塩むすび」。
少し軟弱だが、この辺が落とし所と言えるだろう。

「ふかし芋」「塩むすび」「黒飴」、ここまでは決まった。

あとは水分補給をどうするかである・・・。


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