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【真珠湾攻撃エピソード1】 おわりに 私の部屋に飾っている計器です。 この書込みを開始する時点で、回収した機体は「九七式艦上攻撃機」だと考えておりましたので、 「九七式艦上攻撃機」の1/48をディスプレイしています。 でも、「九九式艦上爆撃機」に置き換えが必要になるかもしれません。 さらに新たな事実が検証出来れば、再び変わるかもしれません。 尚、左の計器は「ブースト計二型」ではなく、太平洋戦争中に零戦等で使用されていた 「吸入圧力計二型」です。 「ブースト計二型」は友人のA6M232さんに託しました。 尚、真珠湾攻撃隊の遺品(1)〜(12)は新事実が判明した時点で、大幅な書き換えをする可能性があります。 2011.11.17 sera エピローグ 2011.12.3追記 2011年4月、真珠湾内の海底から頭骨が引き上げられました。 月刊誌「丸」2011年11月号で、詳しく紹介されています。 真珠湾攻撃から70年目に発見された真珠湾攻撃の搭乗員の遺骨と推定されています。 最も有力なのは空母「加賀」攻撃隊の九七艦上攻撃機、鈴木三守大尉です。 記事によりますと、あの日真珠湾内の海中に墜落した日本の攻撃機は5機でした。 九七艦上攻撃機は3機が海中へ、九九艦上爆撃機は2機しか海中に墜落していない事が分かりました。 鈴木三守機は操縦席部分が大破しています、九九艦爆の坂口機はほぼ原形のままサルベージされています。 この事から、このブログで紹介した計器が空母「加賀」所属の九九式艦上爆撃機、坂口登三飛曹機(AII-251) である可能性が強くなったと思います。 ・
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