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南雲中将、最期の中将旗(1) はじめに 私の手元に、「古い大きな旗」が一枚あります。 太平洋戦争当時、日本海軍が使用していた「中将旗」です。 大きさは軍六幅 (畳6.4枚分 266cm X 399cm)で、将旗としては最も大きいサイズです。 ※「将旗」は司令官が在艦している事を艦隊に示す旗で、マストの一番上に掲げます。 この参考映像にある航空母艦赤城のメインマストには、軍四幅と思われる「中将旗」が掲げられています。 2011年8月、1枚の大きな中将旗がアメリカのオークションに出品されました。 この旗のオークション出品説明文の一部です。 THIS FLAG WAS CAPTURED ON SAIPAN AND BROUGHT BACK BY A MARINE VET. VICE ADMIRAL NAGUMO WAS PLACED IN CHARGE OF NAVAL FORCES IN THE MARIANAS ISLAND AREA. この旗はサイパンで捕獲され、海兵隊の退役軍人によって持ち帰られた。 南雲中将は海軍のマリアナ群島エリアを受け持っていた。 出品者に対する質問に対する回答。 I bought this from the son of the marine that brought it back from the war..He died several years ago and the family is selling off a lot of the things he brought back including this flag as it was too big to keep in their home. 私(出品者)は、戦争から旗を持ち帰った海兵隊員の息子からこの旗を購入した。 彼(海兵隊員)は数年前に亡くなった。 家族はこの旗を含む、持ち帰った多くの遺品を売却した。 この旗は彼らの家で保管するには大きすぎたからだ。 要約しますと、以下の内容になります。 1. 玉砕の島サイパンから米軍兵士によって持ち帰られた旗である事、 2. 南雲中将ゆかりの旗である事、 3. サイパンから持ち帰った元兵士が亡くなり、遺族が売りに出したとの事、 真珠湾攻撃の空母機動部隊を率いた南雲中将は、昭和19年(1944)7月6日、サイパンで3万人の陸海軍兵士と共に玉砕されました。 私はまさか、あの激戦の島に無傷の「中将旗」が存在したとは考えられませんでしたが、巾が4メートルもある大きな中将旗の出品は経験がなく、何かしらの特別な由来がある旗だと感じました。 オークション出品者が設定している発送先きは、アメリカ国内のみ(Ships to: United States )でした。 既に何人かの入札があり、アメリカ国内からの入札と考えられます。 私は出品者に申し入れ、日本からの入札の了承を取りました。 ここで、私が頑張って入札しないと、この旗は永遠に祖国にもどれなくなるのではとの危機感がありました。 幸いにも最高額で入札した私が落札し、旗は66年振りに祖国日本に戻りました。 旗は形の異なる40枚以上の布を縫い合わせた「縫い合わせ旗」であり、一目で、特別な由来の旗である事が分かりました。
※軍旗や将旗の作り方には「染め」と「縫い」があります。「染め」に比べて「縫い」は遥かに
手間を掛けた作りです、このブログでは便宜上「染め抜き旗」と「縫い合わせ旗」と表現します。私は、購入はしたものの、出所不明の「中将旗」として、そのまま自宅で保管していました。 たまたま友人に、この旗の事を話した所、 「その旗なら、インターネットの古い映像の中で紹介されていると」と教えてくれました。 驚いて確認した所、玉砕直後にサイパンに上陸した米軍のカメラマンによって、この旗と同じ旗が回収された時の映像が撮影されていた事が分かりました。 映像を確認した所、私の所有している軍六幅(266cm X 399cm)と同じ無傷の「中将旗」でした。 ※アメリカのホームページで公開されているサイパンで回収された「中将旗」。 逆さまに掲げられていますが、右側の人物との対比により、軍六巾の大きさである事が分かります。 その時、初めて購入時の伝承は、本当の話だった事を知りました。 私は、大変な旗を入手してしまんたんだ・・・この時の、私の素直な気持ちです。 ※サイパンで回収された「中将旗」 縦266cmX 横399cm 右下のマークをクリックすると大きな画面になります。 ※フラッシュ撮影の影響で白っぽく見えますが、実際の色は黄ばんでいます。 ・
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