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. 【 日本陸軍 三式戦闘機「飛燕」一型 後期 】 三式戦闘機は太平洋戦争時の日本陸軍の戦闘機。 キ番号(試作名称)はキ61、愛称は飛燕(ひえん)、呼称・略称は三式戦、ロクイチ。 太平洋戦争中に実戦投入された日本軍戦闘機の中では、唯一の液冷エンジン機。 制式名称である三式戦闘機という呼称は皇紀2603年(1943年(昭和18年))に制式採用されたことに由来する。 総生産機数は各型合わせて3,159機であるが、うち275機の機体が五式戦闘機(キ100)に転用されたため、実数は2,884機であった。 Wikipediaより。 【計器板の復元】 日本陸軍の戦闘機「飛燕」は、「隼」や海軍の「零戦」などとならんで日本を代表する戦闘機です。 2,884機が生産されましたが、現存機は知覧特攻平和会館にて屋内展示されている二型(キ61-II改)1機しかありません。 現在アメリカで飛行可能な「飛燕一型」の復元が続けられているとの事です。 日本(世界)に唯一現存する知覧の「飛燕二型」の操縦席は公開されていません。 計器板を確認した結果、知覧での屋内保管に至るまで長年の屋外保管で、計器板は痛み計器も失われて全面的な作り換えがなされており、計器はすべて米国製計器に置き換えられています。 残念ながら、オリジナルを忠実に再現した復元はなされていません。 今も日本の航空ファンに愛されている「飛燕」の計器板を、私たちは博物館等で見る事は出来ません。 日本で「飛燕」の計器板復元に取り組んでいる方、あるいは完成させたと言う話は聞いた事がありません。 インターネットで検索しても国内で計器板復元に関する情報はありません。 従って、個人で復元して秘蔵されている方はいないかもしれません。 ならば、自分で計器板の復元をしてみようと、無謀にも挑戦を始めました。 多くの計器コレクターは、誰しも集めた計器を計器板として完成させる事を夢見ると思います。 しかし、多くはその困難な壁に阻まれ挫折し、転売します。 参考とすべきオリジナルの計器板が現存していない「飛燕」の計器板復元は極めて困難な作業です。 私がその完成に到達できるか分かりませんが、その時は売却して次の世代に完成を託せば良いのです。 製作する計器板は「飛燕一型後期」です。 型式名で言えば、「丙」「丁」の計器板となります。 何年後に完成するか分かりませんが、このブログはその経過報告です。 気長に覗いてみて下さい。 【計器板の復元】 「飛燕」の計器板の様に誰も完成させた事のないものを復元しようとする場合、個人の力だけで成し遂げる事は不可能です。 自分で全てを完成させようとすれば、莫大な時間と労力を必要とし、結果的に挫折に繋がります。 多くの方が「飛燕」の復元を夢見ていますが、その作業は困難を伴い、断念してその意思を次の世代に託し復元が引き継がれていきます。 私が復元を志したのも、そのような先人の存在があるからです。 私の復元作業は、まずその先人達の作業を引き継ぐ事から始まりました。 [オーストラリアから引継ぎ] [国内から引継ぎ] [計器板ベース左] [計器板ベース右] [計器板の組み立て] 計器板「左」を完成させる為の重要な部品がやっと手に入りました。 「点火開閉器」です。 零戦の「電路切断器」同様、メーター類と異なり地味なスイッチだった為、進駐軍の戦利品対象とならず、現存数が極めて少ないものです。 ここまでに1年が掛かりました。 次の更新はいつになるか分かりません、気長にご覧下さい。 現存する唯一の復元機体である、知覧特攻平和会館の「飛燕二型」です。 この機体の計器板は長い期間の屋外展示で朽ち果て、新造計器板に置き換えられています。 取り付けられている計器は全て米国製で、残念ながらオリジナル度は0%です。 飛燕の美しい機体に、特攻仕様での展示は似合わないと思うのは私だけでしょうか。 ・
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