旧ただ若き日を惜しめ

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【4】 検証の開始

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【4】 検証の開始。

2011年9月12日にアメリカを発った少将旗は、USPSの手違いにより、スペイン送られ、
私の手元に届いたのは2012年2月4日でした。

海軍旗や将官旗に直接その由来が書かれている事はまずありえません。
従って、海軍の旗は多くの枚数が製作されていますから、いくら軍六巾の稀少な旗とは言え、「所縁の旗」として、特定の個人の名前を付与して呼称する場合には、十分な裏付け検証が必要です。
たとえ、当時旗を回収した本人が「本物です」と言っても、勘違いや思い込みの可能性がありますから、それを裏付ける客観的な事実の確認が必要なのです。

旗が到着し、私は直ちに少将旗が沖縄戦終了直後に、海軍司令部壕から持ち出された旗なのかの検証作業を進めました。


【 少将旗の検証 】

まずは旗そのものの検証です。
あまりに大きくて自宅では広げる事が出来ない為に、友人の工房に持ち込んで確認しました。


確認の結果

  1.旗の大きさは間違いなく軍六巾である。
      一幅は2尺2寸(66.6cm)で横幅399.6cm、縦横比3:2で縦幅266.4cm。広さ畳6.45枚分。
  2.壕内で折り畳んで保管する為なのか、かさばる掲揚ロープが外されている。
  3.縦に連なる、火炎によると思われる穴があいている。
  4.一部に湿気による「カビの跡」と思われる黒い染みがある。
  5.旗は洗濯されており、焦げた部分の炭化した布は欠落している。
  6.添付文書は大小2枚があり、ワープロではなく、英文タイプライターで作成されたものである。
  7.大きい文書は黄ばみがあり、かなりの年月が経過していると思われる。
  8.小さい文書は紙の色が白いままであり、後年になって追加されたものである。
  9.添付文書は汚れ防止のフィルムで覆われ、展示する事を意識した形状となっている。
 10.旗の一部には、血痕と思われる黒っぽいシミが認められる。

イメージ 1


旗は全てを語っていました。
私は、この旗が間違いなく海軍司令部壕から持ち出されたものと確信しました。


しかし、裏付けの検証は必要です、検証するポイントは、

  1.添付された説明文書に回収者しか知りえない新事実があるか。
  2.旗がどの様な経緯でアメリカに渡り、今回オークションに出されたのか   です。

イメージ 2
※添付されていた文書
大きい文書は年月が経過し、黄ばみが見られる。英文タイプで作成されている事からワープロが普及する以前に作成された文書で、少なくとも20〜30年以上経過していると考えられる。
小さい文書は小文字が含まれている事からワープロによる文書と思われ、白い紙の色が残っている事からせいぜい10年〜20年程度前の作成と思われる。
2枚の紙は黒い台紙の上にホチキスで固定され、全体を古いセロファン紙の様なもので覆われている。


私は英語が苦手なので細部のニュアンスは分かりませんが、大きい方の用紙には概ね次の内容が書かれています。

  1.沖縄戦の概要
  2.大田司令官の沖縄赴任から戦死に至る戦いの概要
  3.6月11日の夜、牛島司令官宛の決別電報の電文

       敵戦車群ハ我司令部洞窟ヲ攻撃中ナリ
       根拠地隊ハ今11日2330玉砕ス 
       従前ノ厚誼ヲ謝シ貴軍ノ健闘ヲ祈ル  (原文)

  4.旗を発見し回収した時の様子

説明文は、時系列的に沖縄戦の全容を紹介し、次に大田司令官を紹介し、決別電報を紹介し、そして旗が発見回収された時の様子を紹介しています。
限られた文字数で旗の持つ意味を、極めて的を得た表現で書き表わしたものでした。
博物館等での展示説明に、慣れた方が書かれた印象を受けました。
この文書を作成した元の持ち主は、どの様な人だったのでしょうか。

この文書の中の、発見者でしか知りえない部分を列記しますと。

   1.ON 15 JUNE 1945 ADOMIRAL OTA WAS FOUND BY U.S.
        TROOPS IN HIS HEADQUARTERS CAVE WITH HIS THROAT CUT.

     1945年6月15日、大田司令官は米軍によって発見された。
     司令部壕の中で、彼の喉が切られていた。

   2.AN ASSORTMENT OF SWORDS AND OTHER ITEMS  

      軍刀やその他の品々が揃えてあった。

   3.INCLUDING 600 BOXES OF TUNA FISH
        BROUGHT IN (IT IS ASSUMED) BY GERMAN U-BOUT
          AS ALL THE BOXES HAD GERMAN MARKING.

     マグロ(ツナ)を含む600箱の缶詰めがあった、箱にドイツのマーキングがあったので
     おそらくドイツの潜水艦(Uボート)が運び込んだのではないか。

また、小さい方の用紙は

   1.旗を壕から持ち出したのは海兵隊一等兵 Charles Bazoian である。
          ※PFC (private first class)は一等兵。

   2.旗は大田司令官の遺体から5フィート(1.5m)離れた所で見つけた。・・・と書かれています。   


【新事実の検証】

2枚の添付文書に書かれていた項目の中で、検証可能な項目をリストアップすると次の内容になります。

1.大田實司令官は喉を切って(切られて)いたか。
2.遺体の近くに、軍刀やその他の品々が揃えて置かれていたか。
3.缶詰が沢山あり、その中にドイツ語が書かれたツナ缶はあったか。
4.当時の沖縄米軍海兵隊にCharles Bazoian一等兵はいたか。



この4項目となります。



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