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本田宗一郎の生誕100周年に当たり、静岡県の旧天竜市(光明村)での少年時代の足跡をたどるシリーズ。
29回、約1ケ月間書き込みしてきましたこのシリーズは、今日が最終回です。
100年前の今日、明治39年(1907)11月17日、本田宗一郎は生まれた。
そして100年が経過し、光明村当時の事を知る人はほとんど亡くなってしまった。
本田宗一郎、山崎夘一、一瀬正義、本田弁二郎、・・・。
世界の本田と言われながら、地元では驚くほど宗一郎の足跡は知られていない。
それは宗一郎自身が、自分がヒーロー扱いをされる事を望んでいなかったからであろう。
また地元に迷惑をかけてはいけないと言う、宗一郎の意思を継いだ家族の希望もあっただろう。
地元もその気持ちを尊重し、思い出の地を封印してきたきらいがある。
宗一郎が生まれて100年。
平成3年(1991)8月5日、享年84才で亡くなってから15年。
地元で宗一郎の時代に生きた第一世代の人達はほとんど亡くなり、
その話を直接聞いた第二世代は80才前後になる。
地元で50代の第三世代の人に宗一郎の話を聞いても正しく知っている人はほとんどいない。
宗一郎に関する人々の記憶はどんどん失われているのである。
宗一郎は歴史が大好きであった。
生誕から100年が経過し、宗一郎自身が歴史になろうとしている。
そろそろ宗一郎の光明村での足跡を正しく記録し、後世の人達に正しく伝える時期なのではないだろうか。
地元で本田宗一郎記念館建設の動きがあると聞いている。
生誕100周年を機会に世界のHONDAの原点が15年間の光明村の少年時代から始まっている事を
是非、多くの人に知って貰いたいものである。
夢をありがとう本田宗一郎。
以上で「少年時代の足跡をたどるシリーズ」は完了致します。
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ご覧頂き、ありがとうございました。
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