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我ニ追イツク敵機ナシ

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【 我ニ追イツク敵機ナシ 】

 
[ 艦上偵察機 彩雲 (航空機) - Wikipediaより ]
 
彩雲(さいうん)とは、太平洋戦争中期から運用された大日本帝国海軍の艦上偵察機である。開発記号はC6N。第二次世界大戦中では唯一、偵察専用として開発された艦上機である。米軍によるコードネームは「MYRT」。「彩雲」とは、虹色に輝く雲を意味する吉兆天象である。

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 用途: 偵察機・嚮導機
 製造者: 中島飛行機・日本飛行機
 運用者: 大日本帝国(日本海軍)
 初飛行: 1943年(昭和18年)
 生産数: 398機
 運用開始:1944年(昭和19年)6月
 終戦時の残存機数: 173機


1944年(昭和19年)9月に、艦上偵察機「彩雲」(C6N1)として正式採用となるが、これは手続き上のことであり、量産機はすでに6月から実戦配備されていた。その後日本海軍の空母運用の方針が変更したために、陸上偵察機として運用された。偵察飛行中、追撃してきたF6Fを振り切ったときに発した「我ニ追イツクグラマン無シ」(「我ニ追イツク敵機無シ」だったという説もある)の電文は、本機の高速性能を示す有名なエピソードである。

戦局が悪化してくると、戦略・戦術偵察の任務は減り、かわりに戦果確認や編隊誘導等の任務が増えていった。局地戦闘機「紫電改」を装備した部隊である第343海軍航空隊(通称「剣」部隊)の偵察飛行隊でも、1945年(昭和20年)3月19日の松山上空での大空中戦などの際に有効に使用されたが、特攻隊に従事する任務も請け負った。
高高度性能の良さを活かして斜銃を搭載し夜間戦闘機としてB-29迎撃のため、30mmの大口径斜銃を搭載した機体も製作された。

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当時の艦載機としては世界レベルにあったことに間違いなく(艦上偵察機だったが、艦載機として使われたことはない)、優秀機として温存され、終戦時には総生産機数の半数近い173機が本土に残存していた。製作は中島飛行機のほかに日本飛行機でも行なわれ、終戦までに398機が生産された。

  開発記号: C6N1
  全長: 11.15m
  全幅: 12.50m
  主翼面積: 25.50m2
  発動機: 誉21型空冷複星18エンジン
  出力: 1,990HP
  重量: 2.908kg
  最大速度: 609.5km/h
  航続距離: 5,308km(増槽装備時)
  武装: 7.92mm機銃×1
  乗員: 3名

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[最速日本機]
エンジンを搭載した他の日本機の例に漏れず、彩雲も戦後、アメリカ軍によって高オクタン価のガソリンと、アメリカ軍仕様のエンジンオイルを使用し性能テストが行われ、日本側の数値を遥かに超える性能を発揮した。アメリカ軍が計測した彩雲の最高速度は694.5km/時で、たとえ全備重量状態ではなかったにせよ、この数値は第二次世界大戦中、日本軍が実用化した航空機の中でも最速記録である。



※この書庫における、未知の小型計器板を「彩雲偵察席計器板」と判断したのは、この分野に全くの素人である私の独断と偏見によるものです。
「彩雲」とはしていますが、確証はありません。
この小型計器板の使用機体を確定できる資料、写真をご存知の方は是非ご教示下さい。



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