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2012年08月

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日本海軍 艦上偵察機「彩雲」偵察席 計器板復元



  1.我ニ追イツク敵機ナシ  http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/44214040.html


  2.正体不明の小型計器板  http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/44205484.html


  3.偵察席計器板の復元   http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/44217382.html



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偵察席計器板の復元

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[復元目標 彩雲実機偵察席]
終戦と共に徹底的に破壊された陸海軍機の写真はほとんど残っていません。
ましてや、偵察席を写した写真は現存していません。
彩雲の偵察席を写した唯一と言っても過言でないこの写真を参考にして、復元を進める事にしました。
  ※文林堂 世界の傑作機108 艦上偵察機「彩雲」より。


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[月光偵察席計器板]
計器類の配置は異なりますが、二式陸上偵察機の発展形である月光(二式陸偵)の後部席です。
月光及び二式陸偵の偵察席(後部座席)の計器配置がこの形である事は、複数の写真で確認出来ます。
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[同、月光偵察席計器板取付台]
月光(二式陸偵)の後部席計器板取付ベースです。
彩雲とは計器配置が異なりますが、参考に出来る写真です。
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[トラック島の彩雲機体残骸]
彩雲の偵察席計器板は羅針儀と縦方向に並んで取り付けられています。
この写真は羅針儀取付台の構造が伺える写真です。

  ※文林堂 世界の傑作機108 艦上偵察機「彩雲」より。
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[羅針儀取付台の作成]
製作は私の友人である、HP「零式艦上戦闘機計器板」のA6M232さんに依頼しました。
彼とは日頃からお互いの計器板の完成度を高める為に、協力関係にあります。
今回の依頼を引き受けてくれました。
私の伝えたイメージにA6M232さんがこれまで積み上げた計器板のノウハウを盛り込んで製作してくれる事になりました。

[羅針儀取付台の作成]
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[ベース板の作成]
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[防振装置付の計器板取り付けベース作成]
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[計器板ベース仮完成]
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[仮マウント]
前部計器板と後部羅針儀の距離感が離れすぎの感がある為、間隔を3cm詰める事にしました。
これに伴い、コード類接続に必要な孔加工を追加する事になります。
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[塗装済 完成品]

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※羅針儀取付台の右側は、羅針儀メンテナンスの為、開口部を大きく取りました。
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※計器へのコード類を通す穴を配置しました。
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[完成品 計器変更]

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※使用計器を上記写真に合わせる。
  速度計  速度計三型改一 → 速度計三型
  高度計  精密高度計二型 → 速度計二型改一

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※この書庫における、未知の小型計器板を「彩雲偵察席計器板」と判断したのは、この分野に全くの素人である私の独断と偏見によるものです。
「彩雲」とはしていますが、確証はありません。
この小型計器板の使用機体を確定できる資料、写真をご存知の方は是非ご教示下さい。






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我ニ追イツク敵機ナシ

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【 我ニ追イツク敵機ナシ 】

 
[ 艦上偵察機 彩雲 (航空機) - Wikipediaより ]
 
彩雲(さいうん)とは、太平洋戦争中期から運用された大日本帝国海軍の艦上偵察機である。開発記号はC6N。第二次世界大戦中では唯一、偵察専用として開発された艦上機である。米軍によるコードネームは「MYRT」。「彩雲」とは、虹色に輝く雲を意味する吉兆天象である。

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 用途: 偵察機・嚮導機
 製造者: 中島飛行機・日本飛行機
 運用者: 大日本帝国(日本海軍)
 初飛行: 1943年(昭和18年)
 生産数: 398機
 運用開始:1944年(昭和19年)6月
 終戦時の残存機数: 173機


1944年(昭和19年)9月に、艦上偵察機「彩雲」(C6N1)として正式採用となるが、これは手続き上のことであり、量産機はすでに6月から実戦配備されていた。その後日本海軍の空母運用の方針が変更したために、陸上偵察機として運用された。偵察飛行中、追撃してきたF6Fを振り切ったときに発した「我ニ追イツクグラマン無シ」(「我ニ追イツク敵機無シ」だったという説もある)の電文は、本機の高速性能を示す有名なエピソードである。

戦局が悪化してくると、戦略・戦術偵察の任務は減り、かわりに戦果確認や編隊誘導等の任務が増えていった。局地戦闘機「紫電改」を装備した部隊である第343海軍航空隊(通称「剣」部隊)の偵察飛行隊でも、1945年(昭和20年)3月19日の松山上空での大空中戦などの際に有効に使用されたが、特攻隊に従事する任務も請け負った。
高高度性能の良さを活かして斜銃を搭載し夜間戦闘機としてB-29迎撃のため、30mmの大口径斜銃を搭載した機体も製作された。

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当時の艦載機としては世界レベルにあったことに間違いなく(艦上偵察機だったが、艦載機として使われたことはない)、優秀機として温存され、終戦時には総生産機数の半数近い173機が本土に残存していた。製作は中島飛行機のほかに日本飛行機でも行なわれ、終戦までに398機が生産された。

  開発記号: C6N1
  全長: 11.15m
  全幅: 12.50m
  主翼面積: 25.50m2
  発動機: 誉21型空冷複星18エンジン
  出力: 1,990HP
  重量: 2.908kg
  最大速度: 609.5km/h
  航続距離: 5,308km(増槽装備時)
  武装: 7.92mm機銃×1
  乗員: 3名

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[最速日本機]
エンジンを搭載した他の日本機の例に漏れず、彩雲も戦後、アメリカ軍によって高オクタン価のガソリンと、アメリカ軍仕様のエンジンオイルを使用し性能テストが行われ、日本側の数値を遥かに超える性能を発揮した。アメリカ軍が計測した彩雲の最高速度は694.5km/時で、たとえ全備重量状態ではなかったにせよ、この数値は第二次世界大戦中、日本軍が実用化した航空機の中でも最速記録である。



※この書庫における、未知の小型計器板を「彩雲偵察席計器板」と判断したのは、この分野に全くの素人である私の独断と偏見によるものです。
「彩雲」とはしていますが、確証はありません。
この小型計器板の使用機体を確定できる資料、写真をご存知の方は是非ご教示下さい。



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正体不明の小型計器板

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【 正体不明の小型計器板 】


1. 機種不明の偵察席計器板

私の手元にコンパクトな「計器板一式」があります。
終戦直後に進駐軍の兵士が「お土産」として機体から取り外したものです。
通常、戦利品は計器単品を土産とする事がほとんどですが、この計器板はとてもコンパクトであり、米軍兵士の荷物の中に収まる大きさの為、オリジナルのまま米国に持ち帰られ、戦後60余年が経過し、祖国日本に里帰りしたものです。
まずは、この小さな計器板が取り付けられていた機体の特定から始めました。

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外観的特徴をリストアップしますと。

1.高度計、速度計の組み合わせからして、偵察席の計器板と考えられる。
2.通常、偵察席の計器板は、高度計、速度計、時計の組み合わせが多く見られるが、
  この計器板は時計が無く、その代わりに「計器盤燈」が取り付けられている。
3.「計器盤燈」からして夜間運用されていた機体と考えられる。
4.速度計は最高速が45ノット(海里)、時速833kmまで表示できる「三型改一」
  が取り付けられており、高速タイプの機体と考えられる。
5.購入時の伝承から、進駐軍兵士が機体から取り外し、個人的お土産として米国に
  持ち帰ったとの事であり、終戦時の残存機体数の多い機体の可能性がある。


日本陸海軍機のコクピットに関する資料(写真)はほとんど現存していません。
ましてや、偵察席の計器板となりますと探すのが極めて困難です。
当時のコクピット写真が最も多く掲載されている ROBERT.C MIKESH著「JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS」から、この偵察席用計器板の使用されていた機体を推測してみる事にしました。

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[機体の特定]
絶対的な情報不足の中で、素人の収集家による推測である事をご承知置き下さい。
基本的には消去法で、機体を絞り込みました。
消去法の条件は、偵察席に三連計器板が取り付けられていた機体です。

※どの資料を見ても二連計器板は存在せず、もともと三連計器板であったものから航空時計が外され、二連計器板に設計変更されたものと考えられます。

1.水上偵察機
  ・零式水上観測機は最大速度370kmからして対象外。
  ・零式三座水上偵察機は最大速度367kmからして対象外。
2.晴嵐偵察席
  ・最大速度474km(フロート投棄時560km)
  ・生産機数28機、終戦時の残存機数2機しかない。
  ・計器板の形状が異なる。
3.九九艦爆、彗星艦爆
  ・後部計器板の形状が異なる為、対象外。
4.九七艦攻、天山艦攻
  ・九七艦攻の偵察席に三連計器らしきイラストあり。
  ・天山艦攻に関しては写真が現存せず。
  ・終戦時の残存機数 九七艦攻134機、天山187機。
  ・最大速度 九七艦攻377km、天山482km。
  ・可能性はあるが断定できない。
5.夜間戦闘機「月光」(二式陸偵)
  ・スミソニアン博物館に保存されている機体の、偵察席計器板とは形状が異なる。
  ・「月光」は中島飛行機製で、夜間運用の証である「計器盤燈」が使用されている。
  ・最大速度507km、終戦時の残存機数40機。
6.艦上偵察機彩雲
  ・偵察席は、航空時計を含む三連計器板である。
  ・夜間戦闘機「月光」と同じ中島飛行機製で、ほぼ同時期に製造されている。
  ・艦上運用はされず、戦争末期は陸上からの夜間運用がされている。
  ・最大速度610km、終戦時の残存機数173機。

※消去方により機体を絞り込んだ結果、「月光」と「彩雲」が候補として残りました。


[計器盤燈]
夜間戦闘機「月光」に取り付けられているものと同じであり、大戦末期に夜間運用されていた機体に取り付けられている。
イメージ 4


[月光偵察席計器板]
速度計と高度計が縦並びで、羅針儀が真横に配置されている。
夜間運用機の証とも言える「計器盤燈」が取り付けられている。
この配置は複数の実機写真から確認できる、従って月光もしくは二式陸偵の偵察席計器板が、縦並びから横並びの二連計器板に進化していったとは考えにくい。
イメージ 5


[特殊攻撃機「晴嵐」計器板]
中央に航空時計、左右に速度計と高度計を配した三連計器。
28機しか生産されなかった事から、短期に二連計器に変化していったとは考えにくい。
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これまでの限られた情報だけで正体不明の小型計器板を使用機体を絞り込む事は、極めて無理がありますが、あえて以下の根拠から機体を艦上偵察機「彩雲」と特定しました。

1.「計器盤燈」は夜間運用されていた機体であり、「彩雲」も夜間運用されていた。
2.「計器盤燈」は夜間戦闘機「月光」と同じものであり、彩雲は同じ中島飛行機の製造である。
3.速度計は二型改一が使用されており、高速型の機体と考えられる。
4.終戦時の残存機数が多く、進駐軍兵士のお土産となった可能性がある。

さらに検証をする為、「彩雲」に関して最も多くの情報が掲載されている、
文林堂世界の傑作機108「艦上偵察機 彩雲」で検証を進めました。

イメージ 12


現存する「彩雲」偵察席を写した唯一の写真です。
「羅針儀」と三連の「小型計器板」が縦並びで配置されている事が分かります。
写真を良く見ると、速度計は最大表示可能速度30ノット(556km/H)の「速度計三型」が、高度計は10000mまで表示可能な「精密高度計2型改1」取り付けられている様です。

イメージ 8


彩雲一一型偵察席の計器板イラストです。
航空時計を含む三連計器が取り付けられていますが、航空時計は離着陸時の振動による故障や、出撃時の時計合わせの都合で機体から外し、搭乗員が首に掛ける事が多かった様です。
これは、陸軍の空中勤務者も同様の事が言えます。
イメージ 9


「彩雲偵察席計器板」の拡大写真です。
良く見ると、速度計と高度計の中間部に、後付けの手作りの様な部品が取り付けられています。
円形の部品であり、その下に漢字二文字の銘板が取り付けられています。
これは「照明」ではないかと考えました。
基本的に「航空羅針儀」には照明機能が付いています。
しかし、速度計や高度計には照明機能が付いておらず、計器の目盛板に塗られた蛍光塗料に頼っていましたが、夜間運用の増加により確認性が悪く、搭乗員からの要請に基づき、整備兵が夜間戦闘機「月光」に取り付けられていた「計器盤燈」を参考にして応急処置で照明を追加したものと推測します。

イメージ 10


偵察席計器板は航空時計は不要であり、代わりに「計器盤燈」を追加して欲しい・・・。
との現場からの要求は、製造会社である中島飛行機に伝わり、同じ中島飛行機で製造されていた夜間戦闘機「月光」の「計器盤燈」を流用して、新たに二連式計器板ベースを設計して完成させたものが、この二連式計器板の正体ではないかと考えました。

現場からの要求が、時計を外してほしいだけであれば、計器板ベースの変更は無かったはずです、他の機体同様時計部分を穴開きのままで放置すれば良い事です。
しかし「月光」同様、夜間運用に必要な照明機能追加の要請であれば、製造部門はそれに応えなければなりません。
イメージ 13

小型計器板ベースを良く見ると加工が左右対称になっていません、仕上げが雑です。
およそ工業製品とは言い難い仕上がりです。
これは、正規の図面には無いパネルを、急遽手作りで製造したものと推理します。

従って、この二連式計器板は昭和20年8月まで製造が続けられた彩雲一一型の末期仕様と考えます。

イメージ 11


これらの検証から、この小型偵察席計器板を「彩雲」の偵察席計器板として判断し、別途所有していた「航空羅針儀二型改」と組み合わせて、「彩雲偵察席計器板」を復元する事としました。









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