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雨の中での「本田宗一郎ものづくり伝承館」の開館日となりました。 テレビのローカルニュースで各社が初日の映像を伝えています。 画像を見る限り、平日と言う事もあって入場者はさほど多くなかった印象を持ちました。 とりあえず器は出来ました。 この伝承館開館を基点として地元で本田宗一郎が語り継がれていくといいですね。
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雨の中での「本田宗一郎ものづくり伝承館」の開館日となりました。 テレビのローカルニュースで各社が初日の映像を伝えています。 画像を見る限り、平日と言う事もあって入場者はさほど多くなかった印象を持ちました。 とりあえず器は出来ました。 この伝承館開館を基点として地元で本田宗一郎が語り継がれていくといいですね。
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平成22年3月28日 午前10時。 待ちに待った「本田宗一郎ものづくり伝承館」落成記念式典の日です。 今日は天気も良く、桜も見頃となってきましたので各地に多くの人出がある事でしょう。 私の気になるイベントだけでも ・第8回浜名湖サイクルツーリング ・第10回・遠州森町の「町並みと蔵展」 ・掛川スローライフの「3城めぐりサイクリング」 等があり、どこに行くか迷う所です。 しかし、私は迷わず「本田宗一郎ものづくり伝承館」の落成記念式典に行きました。 恥ずかしながら自転車のビックイベントを差し置いてですので、ブログタイトル「浜名湖モールトン物語」の 看板を変えなければいけないかもしれませんね(笑)。 式典開始の10時に間に合うように自宅を出ます。 しかし、肝心の招待状がどこを探してもありません(泣)。 確か、もらった様な気がしていましたが・・・、気のせいでした。 私に招待状が届くわけがありませんよね、ならば強行参加です(笑)。 寝袋よし、簡易テントよし、3日分の食料よし、4月1日の開館日の入場一番乗りを目指すには、 落成記念式典出席した後、徹夜で並ぶしかありません・・・。 でも、そんなに会社を休める訳がありませんよね、これも企画倒れです(泣)。 本当は今日しか時間が取れないんです(笑)。 天竜に向かう途中で多くの自転車とすれ違いました。 皆さん気持ちよさそうに走ってました、一瞬のすれ違いでしたが集団の中に朝スロサイでご一緒している jasmineさんがいました、あの若草色の自転車と、あのひらひらは間違いありません(笑)。 「本田宗一郎ものづくり伝承館」は当然カーナビには表示されません。 初めての方は「清龍寺」を目安に来ると良いでしょう。 清龍寺は徳川家康嫡男である信康の墓所がある由緒あるお寺で、宗一郎がいたずらして 鐘を鳴らしたお寺です。 写真は清龍寺の山門から見下ろした「本田宗一郎ものづくり伝承館」です。 すぐ近くにある事が分かります。 「本田宗一郎ものづくり伝承館」に来たら是非立ち寄ると良いと思います。 式典は屋内で行われるものと思い込んで来たのですが、この設定なら外野として参加できそうです(笑)。 残念ながら「受付 外野」の表示はありませんでした。 それにしても後ろに置いてある記念品が気になります、なにが入っているのでしょう(笑)。 ほぼ招待客の受付が終わった時点で、受付へ行って「何か下さい。」と駄目元で言ってみたら式次第と リーフレットをくれました。 ありがとうございます、記念にさせて頂きます。 来賓のあいさつを聞いていた私は熱いものがこみあげて、不覚にも「うるうる」してしまいました。 中央が浜松市長、右から二人目が本田家を代表して参加した、宗一郎の長女のご主人の尾形氏です。 残念ながら宗一郎夫人のさちさんは96歳の高齢と腰痛で参加されませんでした。 いつまでもご健勝をお祈り致します。 写真中央の仕切りバーの後ろに立っているのが私です。 この時はまだ観客席でしたが、式典が始まるとどんどん前に出てしまい、しっかり外野を守っていました(笑)。 因みに参加者は招待客約50名、報道陣約15名、浜松市関係者約15名。 そして外野は私たち夫婦を含めて5名でした。 もちろん私も立派に外野を守りましたから、皆さんに紛れて入場しました(笑)。 入口の正面に「私の手が語る」に書かれている大きな手がありました。 バイクは2台だけ展示されていました、ちょっと寂しいですが仕方ありません。 これはスーパーカブC100、1958年製です。 本田宗一郎の年表です。 明治39年 「静岡県磐田郡光明村(現在は浜松市天竜区山東)に生まれる」 とあります、これは明らかな間違いです。 本田家は地元に迷惑をかけないようとの配慮から生誕地を曖昧にしていますが、 歴史は正しく伝えなければならないと思います。 「私の手が語る」を熟読すれば生誕地が山東でない事が分かります。 この表示では生誕地が山東として誤認識されてしまいます。 せめて、明治39年 「静岡県磐田郡光明村(現在は浜松市天竜区)に生まれる」とすべきだと思いました。 通常はレプリカに置き換えられるそうですが、企画展の時は直筆が展示されるとの説明がありました。 まず、「本田宗一郎ものづくり伝承館」の敷地には駐車場は全くありません。 上の図の赤マークが「本田宗一郎ものづくり伝承館」です。 指定駐車場は黄色マークの地点で、歩いて5分程の所にあります。 私のお勧めはむしろ川向こうのオレンジマークの駐車場です。 ここは天竜区図書館や、秋野不矩美術館の駐車場があり、多くの駐車スペースがあります。 「本田宗一郎ものづくり伝承館」に徒歩で10分程の場所です。 目の前に、宗一郎が通った二俣高等小学校(現二俣小学校)があります。 駐車可能台数は40〜50台で、現在は未舗装ですが舗装整備される様です。 後方に見えるのが天竜区図書館です。 私は天竜に行った時には必ずこの店のラーメンを食べます。 写真の「しょうゆラーメン大盛り」700円 (普通盛り550円)です。 昔ながらの醤油ラーメンですから懐かしい味がします。 普通のラーメンでもチャーシューがいっぱい乗っているので、この店にはチャーシュー麺メニューはありません。 但し、味はものすごくシンプルな細麺ですから、こってり味になれた若い方には物足りないかもしれません。 やっと宗一郎の地元に拠点が出来ました。 宗一郎ファンの端くれとして嬉しい限りです。 全国の宗一郎フアンの皆さん、是非一度訪れてみて下さい。 END ・
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2月20日現在の工事進捗状況です。 1枚目の写真は定点撮影ポイントからです。 解体前の旧二俣町役場の建物を、この角度から見たことはありませんが、 忠実に再現されているようです。 1階部分のタイルの色が旧建物より濃い感じがします、時間が経過すると色がさめてくるのでしょうか。 でも、何か以前とイメージが違います。 以前撮った旧二俣町役場の写真と比較してみる事にします。 新旧を比べてみると、2階の壁部分の色調、やっちまったかなって感じです(笑)。 時間の経過で濃くなるとは思えませんから・・・、汚れてくれば別ですが(笑)。 当時も財政の問題で、レンガ仕様は前面だけだった事が分かります。 しかし、この壁の色・・・この角度から見るとアパートみたいですね(笑)。 窓が少しだけ開いていたので覗いてみました、まだ壁や天井を張っている段階でした。 3月10日の竣工が楽しみです。 完成式典、展示物が準備されての開館日はいつになるのでしょうか。 ・
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「本田宗一郎ものづくり伝承館」の最新情報です。 2010年1月30日現在です。 3月10日の完成予定日に向けて、工事は急ピッチで進められています。 瓦葺工事は既に完了し、外壁のレンガ風の仕上げも終わっていました。 外観は工事用のカバーが全体を覆っていて、前回とあまり変わっていません。 よく見ると、屋根の先にとんがり帽子が取り付けられています。 玄関部分です。 前回はむき出しだった外壁が、レンガ風の仕上げになっている事が分かります。 やはり、工事前の旧二俣町庁舎の外観をそのまま復元しているようです。 窓枠はもちろんアルミサッシュです。 内部の写真です。 もう少し工事が進んでいると思って来てみましたが、まだまだです。 まもなく2月ですが、3月初旬までに完成出来るのでしょうか。 ちょっと心配。 裏側からの写真です。 手前に15台分程の駐車場がありますが、ここは一般の月極め駐車場。 無断駐車罰金10000円の看板がありました。 おお、怖い怖い。 私が地主なら時間貸しのパーキングにしてガッポリ儲けます。 ここを借り上げて専用駐車場にしてくれると良いのですが。 次回は2月下旬ごろに見に行きたいと思っています。 楽しみですね。
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ブログをご覧頂いた方から「二代目のアート商会」の当時の写真を頂きましたので、 改めて初代から三代目の写真をアップさせて頂きます。 これが「アート商会」の決定版です(笑)。 【 初代アート商会 】 東京の本郷にあったアート商会で、16才から23才迄(1922-1928)の丁稚奉公を終え、 独り立ちが認められた本田宗一郎は、浜松市の町はずれの元浜町283番地に間口7m程の、 アート商会浜松支店を1927年に設立しました。 まず、現在の元浜町283番地は当時の283番地とは異なり、地図を頼りに探し当てる事は出来ません。 浜松市は東海道線の浜松駅から北側に市街地が発展していました。 その市街地を東西に走る主要道路は、南から順に国道一号線(東海道)、六間道路、柳通りとなっています。 この六間道路沿いで、さらに南北に走っている軽便鉄道の交差点付近に初代のアート商会はありました。 設立当時は町はずれでしたが、現在は浜松市の中心部となっており、主要道路に面しています。 1936年撮影の写真にはセットとなる、もう1枚の写真があります。 右側に瓦屋根の民家が写っています。 アート商会浜松支店とこの民家の間には道路がありました。 1枚目の写真とほぼ同じ撮影ポイントで撮りました。 写真の右端に一方通行の道路が写っています。 この道路が初代アート商会と隣の民家との間にあった道路です。 ホンダのビートが駐車している場所が初代アート商会後、クリーム色の二階建て建物が隣の瓦屋根だった 民家、遠方に見える高架は1909年開通の軽便鉄道で、現在の遠州鉄道です。 この鉄道の終点は本田宗一郎の故郷旧天竜市に繋がっています。 【 二代目アート商会 】 宗一郎が設立したアート商会は1939年(昭和14年)に宗一郎の転業により、 社員の川島末男に経営が引き継がれます。 その後、浜松市は戦争により壊滅的な被害を受け、戦後アート商会は最初の所在地から西側150mの 元浜町に地点に新工場を作り移転しました。 この二代目の工場は1992年に現在の浜松市篠ケ瀬町に移転するまで44年間存続した為に、 地元でもここを初代アート商会のあった地点と思いこんでいる方が多いのです。 事実、私も元浜町で年配の方にアート商会の所在地を訪ねた時に、ほとんどの方がこの第二の地点を アート商会の所在地と教えられて混乱しました。 写真の様子から三代目の浜松市篠ケ瀬町に移転後、解体される前の写真ではないかと推測されます。 「うな文」の看板に注目して下さい。 「うな文」の看板からマンションが建っている場所にアート商会があった事が分かります。 【 三代目アート商会 】 1992年に浜松市東区篠ケ瀬町に移転した三代目アート商会です。 現在も元気に営業し、アート商会の名前を伝えています。 ・
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