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南雲中将、最期の中将旗(3) 陸軍と海軍の違い 前章で、軍六幅の「縫い合わせ旗」は別格な旗ではないか・・・との私見を述べましたが、 これはあくまでも、将旗として最大である「軍六幅の将旗」についての私の考え方です。 誤解があるといけませんので、海軍の旗に関する考え方について整理しておきたいと思います。 陸軍における軍旗は神聖な存在であり、原則として再発行は許されず、敵軍に軍旗を奪われる事は大変な恥辱 とされていました。 乃木大将が西南戦争の時に、田原坂の激戦で連隊旗を西郷軍に奪われ、その責任を取って明治天皇大葬の日 に自刃したのは有名な話です。 また、サイパン戦では、陸軍歩兵135連隊と136連隊が最期の切り込みをする時に軍旗を奉焼しています。 ではなぜ、海軍の中将旗はサイパンで米兵の手に渡ったのでしょうか。 そこには陸軍とは全く異なる海軍の旗に関する考え方があります。 全くの素人である私は、海軍の旗についても陸軍に準じた旗に関する考え方があるのでは、と考えていました。 しかし、海軍の旗に関する考え方は、全く異なっていました。 海軍の旗に関する知識は全く無く、インターネットで得られる情報も限られていました。 また、参考とすべき文献も見当たりませんでしたので、この分野に詳しい知識をお持ちの方にご教示を お願いしたところ、面識のない私からのメールにご丁寧な回答を頂く事が出来ました。 ご厚意に深く感謝申し上げます。 回答頂いた内容の要約は以下の通りです。 1.海軍における「旗」の考え方について 旧海軍における「旗」というものは消耗品に過ぎません。 言い換えるなら、旗そのものには何の価値もないと言えます。 つまり、海軍では旗というのは“掲揚された時に”初めて意味を持つということです。 将旗の場合は、掲揚されることによりその場所(艦)に将官(通常の場合は指揮権を有する指揮官)が 所在することを示すことになり、その為のものに過ぎません。 2.「将旗」について 従って、「将旗」についても他の旗章類と同じです。 掲揚されて初めて意味を持ちますので、現に掲揚されていないものはただの旗に過ぎませんし、 ましてや誰か(個人)に対して付与される固有のものなどということもありません。 「将旗」というものは何も将官個人に授与されるものでも、またその司令部だけが保有するものもありません。 言い換えれば、個人や司令部の“専有”のものではないということです。 つまり、ほとんどの艦艇や部隊においては、大抵の場合、他の旗章類とともに最低でも一揃いは保有して いるものです。 例えば、司令官クラスが隷下の艦艇や部隊に移る場合(移乗、視察・訪問など)をお考えになれば、 その必要性がお判りいただけると思います。 例えば艦隊司令官が他の艦に移る場合、短艇に乗ってその艦の舷梯に足をかけるまでは短艇にその将旗が 掲揚されており、足をかけた瞬間にその艦のマストに掲揚、短艇は同時に降下しなければなりません。 一々将旗を持ち歩くわけではありません。 3.艦艇・部隊で保有する旗の数 旗というのは消耗品ですから、使用頻度の大きい種類のものほど予備も含めて何枚かを同時に持っている 必要があります。 例えば艦艇における軍艦旗などは相当数が必要になることはお判りいただけると思います。 この消耗品は新しいものが必要になった都度軍需部から受けることになりますが、とは言っても無条件で 好きなだけ受けられるわけではありません。 軍需部から受ける消耗品については、各艦・部隊ごとその種別に応じて「年度額」という制限が細かく決め られており、この範囲内で各種のものを受けることができます。 当然ながら旗の場合、大きなサイズほど、そして良質なものほど単価が高くなりますので、縫い合わせの 大サイズよりは染め抜きの小サイズのものの方を多く受けることになります。 駆逐艦などの小艦艇は当然年度額は少ないですから、通常であれば将旗などは殆ど使う機会はありません ので、精々一組を持っていれば十分で、余程毀損・汚損しない限り割当年度額を使用して新たに受け必要は ありません。 従って、どの艦艇・部隊がいつどの種類・サイズの旗を何枚持っていたかなどは判らない、と言えるでしょう。 これは陸上司令部についても同じことが言えます。 4.旗のサイズなどの使用法 旗のサイズは、軍艦旗にしても将旗にしても、何時どのサイズを使用するかについては原則として何も決め られたものはありません。 もちろん、観艦式や儀式などでサイズを統一する必要がある場合には、その都度指定されますが、 それ以外ではどのサイズを使うかはその艦・部隊が自由に決めます。 従って、特に何も指定されなければ、儀式などの公式行事の場合、次いで港湾などに碇泊中の場合、 そして航海中の場合、の順で大きなサイズで見栄えのよいもの(通常は新しいもの)から使い古しの ものへと使用することになります。 5.六幅の「縫い合わせの旗」について “沢山”かどうかは解釈の問題ですが、複数枚あったことは間違いないでしょう。 ただし、六幅の縫い合わせのものが何枚あったかなどは判りません。 単に消耗品として、大きなサイズの上質のもの、ということです。 任命に際して1枚渡されたということもあり得ませんし、象徴として存在したということもありません。 将旗は他の旗章類とともに部隊又は司令部で用意するものであり、“掲揚されて”初めて意味を持つもの だからです。 当該中将旗が、南雲中将在任中に指揮官所在を示すものとして使われた(掲揚された)事があるのか どうかは、 現にそれを見たことのある生き残りでもいない限り知り得ないでしょう。 従って、状況からすれば単に“そこに残されていた一枚”と言うことしか判断できません。 6.将旗に関する文献について おそらく上記の様なことが書かれた文献は無いと思います。 少なくとも私は見たことがありません。 公文書としては、その用い方については「海軍旗章令」に規定され、また旗そのものの製法その他物品と しての 細かな規定については「海軍会計法規類集」の中に収められています。 そして、当該中将旗についても、その意味では南雲中将所縁の一枚なのかもしれませんが、 残念ではありますが現在の情報の範囲ではそれ以上のことは言えないと思います。 7.サイパンで回収された中将旗について 「サイパンから回収された」ということですから、南雲中将を偲ばせる貴重なものの一つ、と言えるでしょう。 どうか大切になさって下さい。 「海軍における旗」という観点で私がお答えできるのは以上です。 何かご参考になることがあれば幸いです。 教示頂いた内容から、海軍の旗についての考え方は、陸軍とは全く事なる事が分かりました。 海軍の旗は消耗品として多く使用され、陸軍の様な絶対的なものではないという事です。 太平洋戦争中に米軍によって多くの日本陸海軍兵士の「寄せ書きの日の丸」が戦利品として持ち帰られました。 そして、66年が経過し、アメリカのオークションには「武運長久」と書かれた、日の丸が多く出品されています。 その中で、時々ですが、海軍の大きな「将旗」や「軍艦旗」が出品されます。 しかし、オークションに出品される旗は、せいぜい軍四幅までの大きさであると言う事です。 この事から、当時最も多く使用された将旗は「軍四幅」の大きさまでだと思います。 軍六幅はまず見ない大きさなのです。 ※この2枚の旗は、共にオークションに出品されていた「軍四幅の縫い縫わせ」の少将旗です。 軍四幅の少将旗は何度か出品された事があります。 私が軍六幅の中将旗を所有しているので、ひいき目な考え方に立った文章になっているのかもしれませんが、 私は軍六幅の縫い合わせ旗は、別格な旗だと言う考え方を捨てきれません。 将旗は個人に付与されたり専有のものではないものの、軍六幅の将旗は限られた枚数しか作成されなかった 別格な旗であり、儀礼、祝祭、観艦式の公式時の特別な場合のみ掲揚し、普段は保管されているものではないかと思うのです。 私が、この考え方を採るのは、「もう1枚の将旗」の存在があるからです。 ※注意 上記文章は全くの素人が、限られた知識に基づく検証によってまとめたものです。 また、海軍の将旗に関する資料や文献も限られています。 従って、このブログに書込みした内容には不確定要素が多い事をご理解下さい。 このブロク内容は、今後新事実が確認された場合は大幅に書き換えする可能性があります。 ・
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