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続・少年時代の本田宗一郎考

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すべてはあの日から始まった・・・。

1917年5月28日。
浜松練兵場で開催されたアート・スミス氏によるアクロバット飛行ショー。
尋常小学校5年生の本田宗一郎は単身自転車で25kmもの距離を走り抜けた。
この日の衝撃が後の宗一郎の生き方を変えた。
この日がなかったら現在のHONDAは無かったであろう。

あの日と同じ時間に、同じコースを自転車で走りたい・・・。
そんな思いで開催した「第二回アート・スミス メモリアルツーリング」の記録。
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続・本田宗一郎考 【 目次 】


すべてはあの日から始まった・・・。

1917年5月28日。
浜松練兵場で開催されたアート・スミス氏によるアクロバット飛行ショー。
尋常小学校5年生の本田宗一郎は単身自転車で25kmもの距離を走り抜けた。
この日の衝撃が後の宗一郎の生き方を変えた。
この日がなかったら現在のHONDAは無かったであろう。

あの日と同じ時間に、同じコースを自転車で走りたい・・・。
そんな思いで開催した「第二回アート・スミス メモリアルツーリング」の記録。



1. はじめに       http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/21398560.html

2. カーチスを見たい   http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/21613419.html

3. 壱円玉が弐個     http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/21857656.html

4. コース探索 (1)    http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/22152810.html




9. 出発時間の推定    http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/24011899.html

10. すべてはこの日から  http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/24324831.html

11. コース探索まとめ   http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/24518076.html

12. コース探索 (5)    http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/24753888.html


14. 自転車の選択     http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/25221752.html


16. てっぽう玉      http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/26040197.html

17. 昼食は「さつまいも」 http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/26425492.html

18. 故郷の水       http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/26932927.html

19. 第2回ツーリング参加募集 http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/28887488.html

20. ツーリング参加募集中 http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/29732942.html

21. ツーリング概要    http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/30577666.html

22. いよいよツーリング  http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/31585376.html

23. 実施日変更      http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/31868734.html

24. やっぱり決行     http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/31894000.html




28. あれから91年     http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/32042881.html


以上      

イメージ 1

1917年5月28日。

アート・スミスのアクロバット飛行とカーレースを見た宗一郎は度肝を抜かれ、

将来必ず飛行機や自動車に係る仕事に就くと心に誓った。



そして、本田宗一郎は次々にあの日の夢を叶え続けた。

カーレース参加、自動車生産、F1参戦・・・。


しかし、91年前のあの日に心に誓った飛行機に関しては敗戦で航空機産業が壊滅した事もあり、

嬉々として進まなかった。

パイロットライセンス取得も目指すが試験に合格出来なかった。


だか宗一郎は飛行機の夢を捨てることはなかった。

1962年 満を持して航空機産業への参加を発表したのである。

初めて飛行機を見たあの日から45年もの年月が経過していた。


しかし本田宗一郎はHONDA製の飛行機を目にすることなく1991年逝去。

その夢の実現は若い次世代の社員に引き継がれた。


2003年 HONDA初の飛行機の初飛行 。

2010年 Honda Jet販売開始。


すべては91年前のあの日から始まっていた・・・。






以上で「続・本田宗一郎考」を完了致します。

 ご覧いただきありがとうございました。




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【自動車関連年表】

1917    浜松練兵場でカーレース見物

1924    アート商会にてレーシングカー作りに参加。

1936    全日本自動車競走選手権にドライバーとして「ハママツ号」で初参加。

1962    ホンダ初の市販自動車 T360 市販開始

1964    F1グランプリ発参戦


【飛行機関連年表】

1917    浜松練兵場でアクロバット飛行見物

1941    爆撃機の木製プロペラ生産

19      本田航空株式会社設立

1962    航空機事業の参入を宣言

1963    本田宗一郎操縦の二人乗りハイパー機、水田に墜落

        光明村への帰郷はいつもヘリコプターを使用

1991    本田宗一郎逝去

2003    Honda Jet 初飛行

2010    Honda Jet 販売開始予定

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【公式記録】

    「アート・スミス メモリアルツーリング公式記録」

 第1回大会   1917.5.28 参加1名  完走1名

              完走者   本田宗一郎 光明尋常小学校5年

 第2回大会   2008.5.25 参加2名 完走2名

              完走者   masatango 神奈川県
              完走者   sera 静岡県

--------------------------------------------------------------------------------------------
 
end

  

メモリアルツーリング走行記録の続きです。


ここで90年前の、あの日の時間を推測してみる事にします。

 4時30分頃       山東の自宅を出発
 9時頃          宗一郎 浜松練兵場着
10時頃          アート・スミス会場到着               
11時30分頃       アクロバット飛行ショー(18分間)

               アートスミス浜松市市内の学校に移動して講話
               
15時30分頃       アートスミス会場に戻る
              自動車レース
              アクロバット飛行ショー(15分間)
16時30分頃       ショー終了
20時30分頃       宗一郎 山東の自宅帰着


あくまでも想像ですが、そんなに見当違いではないと思います。


イメージ 1

アート・スミスの複葉機はどの辺から離陸したのでしょうか。
まだ朝7時ですが、昼食として用意してきた「さつまいも」を食べながら思いを巡らせます。
宗一郎が入場料として用意した2銭では全然足りず(小学生7銭)、
木の上から見物したそうですから、もっと視線は高かったことだろうと思います。
後方に見える建物は静岡大学です。



イメージ 2

90年前の当日の写真です。
当時の面影は全くありません。



イメージ 3

天候があやしくなってきましたので、早々帰路に就きます。
7時30分ごろになりますと、車の量が徐々に増えてきます。



イメージ 4

往路は当時と同じ道を選びました。
しかし道幅が狭く交通量も多くなる為、帰路は安全優先の道路を選択しました。
一緒に走ったmasatangoさんは地理に詳しくて助かります。



イメージ 5

途中で雨がパラパラしてきた事もあり、帰路はほとんど休憩せず一気に走りました。
帰路は往路とは逆に、全コースが緩やかな上り坂となります。
体力のあるmasatangoさんに付いていくのが精一杯でした。
天竜川に掛かる鹿島橋を渡ります、対岸は旧天竜市となります。



イメージ 6

明治時代に造られたトンネル(当時は隧道)を抜けます。



イメージ 7

旧光明村に入りました。
正面に見える山は本田宗一郎が子供の頃によく遊んだ「光明山」です。



イメージ 8

午前9時。
出発点に到着しました。
旧本田宗一郎宅近くにある追分橋の上で記念撮影です。
一緒に走ってくれたmasatangoさん。
ありがとうございました。

masatangoさんのブログはこちらからどうぞ。
http://blogs.yahoo.co.jp/masatango007/23419175.html



イメージ 9

長年の夢が叶い、大満足の私の写真です。
「第二回 アート・スミス メモリアルツーリング」は無事終了しました。



end
メモリアルツーリング走行記録の続きです。

今回の走行に当たって、あえてコースの試走はしませんでした。
11才の少年が、大人も驚くような距離を、大人の自転車を三角乗りで、
行ったことのない浜松へ、片道4〜5時間かけても絶対に行きたい・・。
そんな宗一郎の飛行機に対する強い興味を、少しでも感じ取りたかったからです。

出発点に立った時、言葉では言い表せない宗一郎の強い思いを感じました。
この感覚は、この時間にこの場に立ってしか感じ得ないものです。

90年の年月を越えて、当時の宗一郎のあの気持ちに近づく事が出来た様な気がしました。



イメージ 1

午前5時。
旧本田宗一郎宅近くの追分橋で出発前の記念撮影です。
随分、明るくなってきました。
偶然通りかかった女性にシャッターを押してもらいました。
全コース一般道を走るので、安全上目立つように派手なジャージにしました。


イメージ 2

当時のままの鳥羽山下のレンガ造りのトンネルを抜けます。


イメージ 3

左手に遠州鉄道線路沿いの道を走ります。
当時も軽便鉄道が走っていました。


イメージ 4

浜北区小松にある秋葉山の鳥居まで走ってきました。
立派な鳥居ですがお社はありません。
お社はこの鳥居のはるか30km程先にあります。
この鳥居は宗一郎が走った90年前もこの地に立っていました。


イメージ 5

前方に東名高速道路のガードが見えてきました。
まもなく右折して姫街道に入ります。


イメージ 6

三枚橋を越えて三方が原台地に登る急な坂に入ります。
大人の自転車を三角乗りした宗一郎が、この坂を自転車に乗ったまま登りきったとは思えませんので、
あえて当時に合わせるために自転車を押して坂を登りました。
本当はこの程度の坂は乗ったままで登れるんですけどね。
本当ですってばぁ。


イメージ 7

三方が原台地に入ったら南下して目的地に向かいます。
ゴールまであと少しです。

雨が降りそうな曇り空を心配しながら先を急ぎます。
ペダルを漕ぐ足に思わず力がります。


イメージ 8

朝7時、無事目的地の和地公園(旧浜松練兵場)に到着しました。
記念写真を散歩中のおばさんに撮って頂きました。

感想としてはあっと言う間の出来事で「こんなに簡単に着いてしまうものか」と、
いささか拍子抜けでした(笑)。

走行距離約25km、2時間の走行です。
往路は全コースがきわめて緩やかな下り坂だったのでそう感じたのかも知れません。
メモリアルツーリングの前日です。

明日24日(土)は降水確率80%とかで随分と悩みましたが、雨は午後からとの天気予報を信じ、

「第二回アート・スミス メモリアルツーリング」の決行を決めました。

一緒に走ってくれたのは地元天竜に住んでいた事があり、現在は神奈川県にお住まいの

masatangoさん。

90年前、少年本田宗一郎はたった一人で走ったとは言え、心強い限りです。


イメージ 1

まるで子供の頃、遠足に行く前夜みたいです(笑)。
本田宗一郎が当時用意できたと思う食糧を準備しました。

疲れた時用に当時「鉄砲玉」と言われていた「黒飴」。
水分補給はもちろん「天然水」。
それから宗一郎が飛行ショーの入場料として用意した当時の一銭玉2個。
昼食(実質的には朝食)として「さつまいも」、あと海苔無しの「塩おむすび」を1個用意します。

これを枕もとの置いて、いつもより2時間早く床に就きました。



イメージ 2

興奮して全然眠れませんでした(笑)。

起床は朝3時45分、こんなに早起きしたのは初めてです。
午前4時。
20km離れた旧天竜市(光明村山東)の出発点に向かって家を出ました。



イメージ 3

4時30分時点の、旧本田宗一郎宅前の様子です。
天候が曇りなので、まだ明るくなりきっていません。
90年前の5月28日 (あと4日で91年前になりますが)。
本田宗一郎がここを出発した時間は、4時から4時30頃だろうと私は推測しています。



イメージ 4

近くにある天竜区役所駐車場に移動し、
モールトンを組み立てて、一緒に走るmasatangoさんを待ちます。
町はまだ眠りについたままで、人の気配はありません。

音の無い静かな朝を予想していましたが意外でした。
鳥の鳴き声に満ち溢れていたのです。
知っている鳴き声だけでも「ウグイス」「すずめ」「山鳩」「からす」あと数種類の
鳥の鳴き声が聞こえてきます。

宗一郎はこの賑やかな鳥の鳴き声の中を出発したのでした。
これは現場に来てみないと分からないことですね。


続く。

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