旧ただ若き日を惜しめ

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続・少年時代の本田宗一郎考

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すべてはあの日から始まった・・・。

1917年5月28日。
浜松練兵場で開催されたアート・スミス氏によるアクロバット飛行ショー。
尋常小学校5年生の本田宗一郎は単身自転車で25kmもの距離を走り抜けた。
この日の衝撃が後の宗一郎の生き方を変えた。
この日がなかったら現在のHONDAは無かったであろう。

あの日と同じ時間に、同じコースを自転車で走りたい・・・。
そんな思いで開催した「第二回アート・スミス メモリアルツーリング」の記録。
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コース探索 (1)。

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久しぶりに旧天竜市に行ってきた。

今日は幸いにも曇空で、日差しもやわらかかったので、久しぶりにオープン走行してみたくなった。

それに、「やっこ」の鰻を食べたくなったのもある(笑)。


本当の目的は90年前に、宗一郎がカーチスを見に自転車で走ったコースの探索である。

天竜図書館に行けば昔の地図があるのではないかと行ってみたが、

残念ながら月曜日は休館日であった。

この図書館は何度か通うことになるのであろう。

仕方なく兼ねてから疑問に思っていた

   1.宗一郎は90年前の早朝、どこから天竜川を渡ったのか。

を調べて見ることにした。

かなりの時間歩き回りまわったが、それに見合う大きな収穫があった。

写真のレンガ造りのトンネル。

明治時代につくられた旧鳥羽山トンネルだ。

地元の人しか知らない場所にひっそりとある。

もちろん現在も通行可能だ。

90年前(大正6年)の5月28日。

宗一郎は間違いなく、このトンネルを自転車の三角乗りで駆け抜けた。

詳細は後日紹介する事としよう。


【写真説明】

1.天竜図書館。

2.(右のトンネル)現鳥羽山トンネル、国道152号。(左のトンネル)歩行者用、昭和54年開通。

3.4. 明治時代に作られた旧鳥羽山トンネル。
 このトンネルをくぐり抜け、天竜川を渡るとあとは一気に浜松へ走る事が出来る。

壱銭玉が弐個。

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朝早い出発は眠たいから止めておこう。

10時くらいの出発がいいな。

コンビニで軽い朝食を買って食べよう、そうだスタミナドリンクも飲んでおこう。

途中には24時間営業のコンビニが随所にあるから、食べ物は何も心配いらない。

のどが渇くから自転車にはスポーツドリンクを用意しておこう。

浜松練兵場跡についたら、ご褒美として昼食は美味しい浜名湖の鰻でも食べてみたい・・・。




こんな走行なら、やらない方がいい。

90年前、11才の宗一郎少年が走った時代には何も無かったはずだ。

飛行ショーの入場料1銭硬貨2枚だけを握りしめて走ったに違いない。

可能な限り宗一郎少年と同じ条件で走らなければ意味がない。

当時、どの道を走って浜松練兵場に行ったのか徹底的に調べてみよう。



私は本田宗一郎の生き方に感銘を受けている。

しかしよく考えてみると、私は文献の中でしか本田宗一郎を知らない。

私の宗一郎に関する知識のすべては、薄っぺらい紙に書かれた言葉の羅列なのである。



2008年5月25日。

可能な限り宗一郎少年と同じ条件で走り、同じ体験をした時、

私は、新しい宗一郎の姿を見つけ出せるかもしれない。




【写真は当時流通していた1銭玉】

 宗一郎は親の財布から2銭を持ち出し、飛行ショーを見に行った。
 しかし、入場料は10銭必要だった為、入場出来ず、宗一郎は木に登って見物する事になる。
 もちろん当日私はこのお金だけを持って走るつもりだ。

カーチスを見たい。

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1917年 (大正6年)。

尋常小学校5年生になった時、本田宗一郎は強烈な体験をした。

住んでいた光明村から20km程離れた浜松練兵場で、カーチス式複葉機の飛行ショーが開催されれたのである。

光明村で初めて見た自動車、そして浜松で初めて見た飛行機。

このふたつの出来事は本田宗一郎のその後の生き方を方向付ける出来事として有名な逸話である。


自動車は受動的な体験であったが、飛行機は自転車の三角乗りで半日掛けた能動的な体験である。

それは少年宗一郎が初めて人生の行動を起こした一瞬であった。

以降、宗一郎は世界のHONDAに駆け上がるのである。


私は少年宗一郎と同じ村の出身である。

奇しくも初めて自転車に乗れたのは、同じ歳の小学校5年生の時であった。

もちろん大人用の自転車の三角乗りでである。

後年、この逸話を初めて聞いたとき、私は信じられなかった。

それ程、11才の少年にとって自転車での浜松行きはありえない距離なのである。


それから90年が経過した。

昨年までの私は自転車で10kmの距離を走る事は考えられない事であった。

しかし、昨年からモールトン自転車に乗るようになり、30km程度の距離なら走れる自信がついてきた。

光明村から浜松までの往復距離は40〜50km程度はあると思われる。

トレーニングすれば決して不可能な距離ではない。

なんとしても宗一郎の体験と同じ体験をしてみたい。

やるなら体力のある今しかない。



1917年5月28日(月)から91年後の、2008年5月25日(日)の早朝。

私は浜松練兵場(現浜松市和地公園)に向けて宗一郎の生誕地から自転車で出発する。

続・本田宗一郎考

新書庫「続・本田宗一郎考」を追加しました。

思えばこのブログ「浜名湖モールトン物語」は「少年時代の本田宗一郎考」と言う名前でスタートしました。

しかし、いつの間にかモールトン専用のブログに変わってしまいました。

でも、本田宗一郎の事を忘れたわけではありません。

むしろ宗一郎に一歩でも近づく為の手段として、モールトンを始めたと言っても過言ではありません。

新書庫「続・本田宗一郎考」は宗一郎とモールトンを結びつけるmini企画です。

ターゲットとする日は2008年5月25日(日)。

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