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お久しぶりです。
冬期講習がやっと終了して、さあ鴨撃ちに!と思った矢先、しつこい風邪を引いて寝込んでしまいました。
あ〜〜連休が〜〜過ぎて行く〜〜〜
漸く社会復帰したのが昨日。今日は久しぶりにパソコンを開きました。
で、風邪引いてる間、無為に寝ているのも腹が立つので、こたつ猫しながら本を読む・・・。
ブロ友から教えてもらった「哲学者とオオカミ」です。
気鋭の哲学者が子オオカミと出会い、共に生活しその死を看取るまでの報告です。
著者は台風のようなエネルギーの塊の子オオカミとほとんど24時間を一緒に過ごします。一緒に眠り、一緒にジョギングをし、職場である大学の哲学の講義にも連れて行く。日本ならば考えられない話で羨ましい限りです。絶えず一緒にいる事でオオカミの魂と深くコンタクト出来た著者がたどり着いた、人間についての深い思考。かなり読み応えのありますが、(哲学に詳しくない私にでもわかる)一般向けの哲学書になっています。
「サル」とは、世界を道具の尺度で理解する傾向の具現化だ。物の価値を、それが自分に役にたつかどうかで測るのだ。サルとは生きることの本質を、公算性を評価し、可能性を計算して、結果を自分の都合の良いように使うプロセスとみなす傾向の具現化だ。サルはこの原則を他のサルにも適用するだけでなく、さらには自然環境にある他者すべてに対しても同じように、いやそれ以上に適用する。
オオカミは私たちに、サルにとって価値あるものが愚鈍で無価値であることを教えてくれる。オオカミはわたしたちに、人生で最も重要なものは、決して計算づくで出来るものでは無い事を教えてくれる。真に価値があるものは、量で測ったり、取引できないことを思い出させてくれる。ときにはたとえ天が落ちようとも、正しい事をなすべきだという事を思い出させてくれるのだ。
一番大切なあなたというのは、策略を巡らせるあなたではなく、策略がうまくいかなかった後に残るあなただ。もっとも大切なあなたというのは、自分の狡猾さに喜ぶのではなくて、狡猾さがあなたを見捨てた後に残るものだ。もっとも大切なあなたというのは、自分の幸運に乗っているときのあなたではなく、幸運が尽きてしまったときに残されたあなただ。
なぜ私がブレニンをこうも愛したのか、そしてブレニンが逝ってしまった後、なぜ彼の事がこれほど恋しいのか長い間わからなかった。それが今、ついに理解が出来たように思う。ブレニンは私に、それまでの長期間の教育で学ぶことができなかった何かを教えてくれたのだ。私の魂のなんらかの古代的な部分には、まだ一頭のオオカミが生きていたということを。
人生で一番大切なのは、希望が失われた後に残る自分である。最終的には時間が私たちからすべてを奪ってしまうだろう。(中略)けれど、時間が決して私たちから奪えないもの、それは、最高の瞬間にあったときの自分なのである。
祖先は同じであってもオオカミとはかなり行動様式が異なる現代の犬たちと共にあっても、時々言葉にはできないほどの深い感銘を受けることがある。外に繋いで、義務的な散歩と餌やりだけを行っているような飼い方では、人は一生犬とは分かり合えない。大事なものを無価値なものと同じ土俵に置いて、振り返ることなく、やがて忘れて捨て去る。「犬と共に暮らす」ということは難しくはないが、決して簡単でもない。
なんて、熱で頭混乱してるかな、私(笑)。
さあもう家で寝てるのも飽きたぞ!!
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