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東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」から大阪の 「箕面国定公園」を結ぶ、全長1347kmの長距離自然歩道です。 この道を、1日行程を単位に、紹介します。 6年にわたり完全踏破した記録です。 当時の記録(文章)ファイルからそのまま載せていきます写真より文章が主になります。 徳川家発祥の、三河に入った東海自然歩道は、宇連川を渡り、 家康ゆかりの鳳来寺山に登る。ここから、設楽まで棚山高原をはじめとする難所の山歩き。 設楽から段戸高原を縦断し紅葉の名所の香嵐渓へ出る。 徳川の三河から、織田信長の尾張へ、のどかな里山歩きが続き、 猿投山を越えると瀬戸の町。濃尾平野の外周を歩いていくと、道は尾張徳川家の 廟所の定光寺に達する。ここから又、山を越えると、入鹿池を見てやがて犬山に至る。 犬山からは、美濃との国境の長良川も、もう近い。 入鹿池ー善師野 【1994.3.19】 コース(逆) 善師野 ⇒入鹿池 3時間05分 里山、住宅地、山道、舗装道路の繰り返し 善師野→四谷----1H05--- ため池を見ながら山道に入り道路をくぐると四谷 四谷→入鹿池----2H----- 県営農場から山道になり下ると大きな入鹿池 前夜宿泊した、厚生年金サンピア岐阜を朝早く出て、8時頃には昨日と 同じ善師野の無人駅にたっていた。今日も天気がいいハイキング日和。 畑の中の道は、やがて、名鉄の線路と道路を越えた。だんだん人家が 少なくなり、ため池が、右に見えてくると、山道に変わる。 大きな道路をトンネルで潜ると舗装道路に出る。その道を下ると四ツ家だ。 再び、道は登山道になり、県営パイロット農場を目指して登っていく。 この辺りは登山道ではあるが、車もなんとか走れるようになっている。 県営パイロット農場からは、細い登山道になった。道をアップダウンすると、 鞍馬教会の修行寺がある。道をどんどん下ると大きな道路に合流する。 少し舗装道路を歩くと、入鹿池が見える。新入鹿大橋から自然歩道と別れ、 予約してある人鹿荘を目指して、入鹿池を右回りで周回する。 新入鹿大橋から歩くこと約20分でやっと入鹿荘を見つける。 まだ昼だったので部屋には入れず、荷物だけあづけ、明治村にいくことにする。 池の周囲に、貸しボート屋や食堂が沢山あって、土曜日ということもあって結構な人出。 この中の一軒に入り昼食にする。食べ終わって、歩き始めると、後ろから大声で 「お客さん!どこに車を止めてるんですか!」と抗議の大声。 貸しボート屋の駐車場に車を留めて明治村に行くと勘違いされため。 確かに今の世の中、歩いて旅行する人は稀有ですが、固定観念はだめです。 ドライブインに歩いて入るひとは絶対にいないと思ったらだめです。ハイ。 明治村は全国各地から、明治時代の貴重な建物を移築した名鉄の施設。 どっしりした風格めある建物や由緒ある家など沢山あり、一見の価値あり。 しかし足が痛くて、見たいものの半分ぐらいしか回れなかった。 朝の歩きと、明治村見物で疲れはてて、入鹿荘に電話してマイクロバスで迎えにきてもらう。 次回はいよいよ岐阜県に入ります。
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東海自然歩道☆☆☆ 【愛知編】
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久しぶりに東海自然歩道の更新です。 長かった愛知県もそろそろ終盤です。 東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」から大阪の 「箕面国定公園」を結ぶ、全長1347kmの長距離自然歩道です。 この道を、1日行程を単位に、紹介します。 6年にわたり完全踏破した記録です。 当時の記録(文章)ファイルからそのまま載せていきます写真より文章が主になります。 徳川家発祥の、三河に入った東海自然歩道は、宇連川を渡り、 家康ゆかりの鳳来寺山に登る。ここから、設楽まで棚山高原をはじめとする難所の山歩き。 設楽から段戸高原を縦断し紅葉の名所の香嵐渓へ出る。 徳川の三河から、織田信長の尾張へ、のどかな里山歩きが続き、 猿投山を越えると瀬戸の町。濃尾平野の外周を歩いていくと、道は尾張徳川家の 廟所の定光寺に達する。ここから又、山を越えると、入鹿池を見てやがて犬山に至る。 犬山からは、美濃との国境の長良川も、もう近い。 入鹿池 ⇒定光寺 7時間45分 多くの山を越える自然歩道有数の長距離区間 入鹿池→内津峠-----3H20----- 犬山八曾自然休養林の林道、山道の歩き 内津峠→道樹山-----2H10----- 登山道を弥勒山へ、ここからアップダウンで道樹山 道樹山→ 定光寺----2H15----- さらに二山越えて下りになると玉野園地 少しでも早く出発しようと、宿の食堂に降りていくと団体客は朝からど一ルで 盛り上がっていた。ビールを我慢して、早々に朝食を済ませた。 公営施設とは思えないほど料理も設備も良かった人鹿荘を7時半頃には出発する。 新入鹿大橋までトボトボ歩いて戻る。 昨日、明治村まで歩いたから池を半周したことになる。 橋から林道になり、山に入っていく。沢沿いにくねくね曲がった林道を 歩いていくとだんだん森が深くなってくる。 八曽キャンプ場を過ぎ、名大地震観測所の前を歩いて行く。檜の森の中は静かで、他に誰もいない。 林道をひたすら歩くこと1時間で丸山橋。ここもキャンプ場。 ここから自然歩道は林道と一端別れて細い登山道のきつい登りになる。 マウンテンバイクの団体が下って来た。今日のコースで初めて人間を見た。 すぐに尾根に入り、林道になり、やがて車道に出た。 山の中で中央高速道を跨いだ。この道で東京-名古屋など数時間、 ずっと歩いていると車の速さをいまさらながら感じる。 小さな山を越えると内津峠だ。国道19号線と交差している。 やがて自然歩道は弥勒山への登山道に変わる。連休なのでここにきて、 かなりのハイカーに出会うようになった。弥勒山は436mの山だが、 最後の登りは結構きつい。頂上は数組の登山者がいて、展望台があり、 歩いてきたコースがよく見える。道はアップダウンを繰り返して道樹山に向かっていく。 道樹山で道標にやっと定光寺の文字が現れる。 目的地が近づくと遠く感じられる。玉野園地に出るとあと少しである。 ここからは峡谷に下って行く。尾張徳川家初代藩主徳川義直公がその風景 に感動してここあった定光寺を菩提寺として保護したそうである。 どんどん道は峡谷に降りていき薄暗くなってくる。 庄内川までりた所に大きな東海自然歩道のアーチがあった。 午後3時55分、入鹿荘を出発して8時間半、ついに到着した。
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東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」から大阪の 「箕面国定公園」を結ぶ、全長1347kmの長距離自然歩道です。 この道を、1日行程を単位に、紹介します。 6年にわたり完全踏破した記録です。 当時の記録(文章)ファイルからそのまま載せていきます写真より文章が主になります。 徳川家発祥の、三河に入った東海自然歩道は、宇連川を渡り、 家康ゆかりの鳳来寺山に登る。ここから、設楽まで棚山高原をはじめとする難所の山歩き。 設楽から段戸高原を縦断し紅葉の名所の香嵐渓へ出る。 徳川の三河から、織田信長の尾張へ、のどかな里山歩きが続き、 猿投山を越えると瀬戸の町。濃尾平野の外周を歩いていくと、道は尾張徳川家の 廟所の定光寺に達する。ここから又、山を越えると、入鹿池を見てやがて犬山に至る。 犬山からは、美濃との国境の長良川も、もう近い。 岩屋堂→定光寺【1995.1.1】 岩屋堂 ⇒定光寺駅 4時間50分 のどかな里山と快適な雑木林の旅 岩屋堂→白岩-------1H40-------瀬戸の市街を眼下に雑木林の尾根歩き 白岩→中平橋 --------40-------神社のある小さな山を越え隣村へ 中平橋→稚児橋-------35-------名古屋学大があるのどかな里山の歩き 稚児橋→定光寺-----2H25-------定光寺自然休養林の歩き。檜林と雑木林が交互に 定光寺→定光寺駅-----15-------寺からJRが走る谷間に降りる 尾張から美濃に広がる濃尾平野。この肥沃な土地が、斉藤道三や織田信長を生み やがて尾張、美濃を統一した信長が、この土地の生み出す経済カを背景に、 天下統一を目指していく。 自然歩道は、この広大な濃尾平野の外周を取り巻いてつながっている。 去年から3回にわたって岐阜県、愛知県を歩いてきたが、今日、定光寺までたどれば、 豊田から関が原まで路破したことになる。 岩屋堂は花崗岩でできた洞窟。中は暗かったが、かなり広く行基菩薩の像が祭られている。 急勾配の道を登って行くと、元旦の穏やかな天気の下に瀬戸の市街地を一望する。 太陽がよく差し込む、明るい雑木林の尾根がしばらく続き、やがて道は急降下して、 白鳥町に着く。バス道路を横切り、対面の山に入る。 小さな山を越すとすぐ隣村。左に名古屋学大を見ながら県道を歩く。 川の右側の歩道を歩いていくと家から放し飼いの犬がでてきて−緒に歩き始める。 しばらく、2人と1匹の同行になる。やがて犬は自分の家が遠くになったせいか、 立ち止まって見送ってくれた。 道は再び山に人る。ほとんど雑木林の中で風がなくポカポカ温かい。 時折、松や檜の林間になる。常緑樹の中は太陽がさえぎられ、昼間も暗い。 定光寺自然休養林の中を定光寺に向かう。労勧者研修センターにいきなり出た。 若者や家族連れの車がここまで来ていた。だんだん下界の雰囲気になってきた。 車道を下っていくと、山の谷間を走る中央線の向こうに玉野園地の公園や 後ろの道樹山に続く山系が姿を見せる。 去年、ふらふらになって歩いた道で、懐かしい思いにかられる。 コースを外れ定光寺で初詣をする。参道の長い階投を多くの老若男女が 登っている。定光寺は建武3年(1336)、覚源禅師が創建したと伝えられ 尾張徳川家の始祖、徳川義直に保護され、菩提寺となった。 定光寺は、広大な濃尾平野が、庄内川沿いに渓谷に変わる場所にあり、 細い谷合いを縫うようにJRの中央線と道路が走っている。その谷間を歩き 道樹山への登山ロの前に出た。これで、美濃と尾張の国に広がる濃尾平野の縁を ぐるりと回った自然歩道のコースがつながった。
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東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」から大阪の 「箕面国定公園」を結ぶ、全長1347kmの長距離自然歩道です。 この道を、1日行程を単位に、紹介します。 6年にわたり完全踏破した記録です。 当時の記録(文章)ファイルからそのまま載せていきます写真より文章が主になります。 徳川家発祥の、三河に入った東海自然歩道は、宇連川を渡り、 家康ゆかりの鳳来寺山に登る。ここから、設楽まで棚山高原をはじめとする難所の山歩き。 設楽から段戸高原を縦断し紅葉の名所の香嵐渓へ出る。 徳川の三河から、織田信長の尾張へ、のどかな里山歩きが続き、 猿投山を越えると瀬戸の町。濃尾平野の外周を歩いていくと、道は尾張徳川家の 廟所の定光寺に達する。ここから又、山を越えると、入鹿池を見てやがて犬山に至る。 犬山からは、美濃との国境の長良川も、もう近い。 猿投神社→岩屋堂【94/12/30】 猿投神社 ⇒岩屋堂 5時間30分 猿投山登山がメインのハイキングコース。 猿投山→雲興寺-------2H05---- 急なくだりに続き小高い山を越すと雲興寺 雲興寺→岩屋堂-------2H ------寺の裏から暗い登り。もう一山越すと岩屋堂 東征で有名な日本武尊命の父、景行天皇と、双子の兄大碓命と祖父垂仁天皇が この猿投神社に祭られている。大碓命は毒蛇に噛まれて死んだといわれ、 その墓が頂上の西の宮近くにあるそうだ。 陶器に使用する、硅砂を練る水車を見ながら林道を登って行く。 頂上付近まで車道が続いているが、自然歩道は途中から山道を通るようになっている。 白っぽい粘土質の山肌が露出した所を登る。 登山道は車道を横切り、東の宮への檜林の中のきつい登りになった。 泉の宮を過ぎると明るい雑木林の道に変わる。 天気予報が思わしくなかったが、だんだんと雲が多くなる。 猿投山の頂上は風がきつく、昼食をとる間も寒い。反対側から登ってきた登山者も寒そうだ。 猿投山は有名な山で、この日も十組ぐらいのハイカーに会うことになる。 猿投山からは急な下りになり、車道に出てしばらく歩き、左に折れると アップダウンの続く小高い山に入り、その山を越えると、雲興寺がある白坂町が見えてくる。 盗難除けの御利益で有名な雲興寺は、大勢の人が正月の準備で忙しそうに働いていた。 自然歩道は寺の裏山に向かって続いている。暗い急斜面を登っていく。 道はすぐ下りに変わり、檜林の中にキャンプサイトが見えてくる。 ここから岩屋堂まではもう一山越えないといけないが、 入り口になんとも立派な通行止めの標識。それには大きく迂回するよう指示してあり、 途方にくれる。岩屋堂はこの小高い山の向こう側で、やはリコース通り行ったほうがかなり近いのだ。 標識の「でもとおれるよ」という落書きを信じて、ともかく行ける所までいってみよう。 道は谷間の急坂だった。増水の時の名残りか、自然歩道の標識が流されたままになっていたが、 通行止めを感じさせるのはそれだけで、道はその後は快適。 登りきると暫く穏やかな尾根道が続く快適な道だ。道が下りになって車道に変わると、 終点の岩屋堂温泉に近づいたのを感じる。 温泉街の公園を通りすぎて、岩屋堂前の定光寺方面への入山ロで写真を撮りバス停に急いだ。 数少ないバスはもう走り出していたが、手を振ると止まってまってくれた。
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東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」から大阪の 「箕面国定公園」を結ぶ、全長1347kmの長距離自然歩道です。 この道を、1日行程を単位に、紹介します。 6年にわたり完全踏破した記録です。 当時の記録(文章)ファイルからそのまま載せていきます写真より文章が主になります。 徳川家発祥の、三河に入った東海自然歩道は、宇連川を渡り、 家康ゆかりの鳳来寺山に登る。ここから、設楽まで棚山高原をはじめとする難所の山歩き。 設楽から段戸高原を縦断し紅葉の名所の香嵐渓へ出る。 徳川の三河から、織田信長の尾張へ、のどかな里山歩きが続き、 猿投山を越えると瀬戸の町。濃尾平野の外周を歩いていくと、道は尾張徳川家の 廟所の定光寺に達する。ここから又、山を越えると、入鹿池を見てやがて犬山に至る。 犬山からは、美濃との国境の長良川も、もう近い。 猿投神社 ⇒広瀬【94/12/29】コース(逆) 猿投神社 ⇒広瀬 2時間30分 昭和の森の遊歩道と快適な雑木林ハイキング 猿投神社→西中山----- 25----- 神社前から貯水池の周りを歩く 西中山→広瀬 -------2H5---- 広大な昭和の森を超え、雑木林を抜けると西広瀬駅 新豊田から猿投神社行きのバスは、本数が少なく、西中山行きに乗る。 西中山から一度、猿投神社まで歩き、再び西中山に歩いて戻った。 出発点に戻ってから、予定の広瀬を目指して歩きだす。 道路を左に昭和の森公園の中に入り、広大な公園内を何度も方向を変えながら歩いていく。 よく整備された公園の中は年末のせいか誰もいない。 道路を横切り小さな山に入る。雑木林の中の細い道を、緩やかに登っ ていくと、キャラメルの丘に着いた。このあたりは西広瀬小学校の生徒が 看板や標識を立てて整備している道だ。 休憩所に、ノートが設置されてありここを通り過ぎる人達がいろんなことを書いていた。 卒業を控えた記念に自然歩道を歩いている女子大生、 グループで何年も東海自然歩道を歩いているオバサン達、 −気に踏破を目脂す青年と、ちょっと気障な文を書いている中年。 いろんな人がいろんな動機で旅に出て、同じ道を歩いていることを実感させるノートである。 それに「私達も東京から大阪を目指します」と書き、先に歩いて行った人達の後を 追うことにする。 小山を下りると谷間ののどかな農村に出てその谷が矢作川に合流すると広瀬である。 橋を右に折れると小さな三河広瀬駅に着いた。
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