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今日はびっくりした。本当に。衝撃。 というのも仲の良いアメリカ人の友人に、9.11の陰謀説について聞いてみた。 彼女がどう思うかについて。 陰謀説をご存じない方はこちらをどうぞ↓ 個人的にはアメリカ政府による完全な自演自作のテロ行為だったとまでは言い切れないものの、 どちらかというと、ビン・ラディンを長とする、イスラム過激派のテロ活動に乗っかった、 というか見過ごしたことで、イラク・アフガニスタンへの攻撃の口実を作りたかったのだと 思うという事を伝えた。 そしたら彼女、ご立腹!! (というか明らかに嫌そうな顔をした・・) びっくりしたよ、本当に。だって、立派に教育も受けている彼女。優秀な彼女。 ロンドンに留学している彼女=アメリカ以外の国での生活経験もある彼女。 そんな子が国際的に広まっている半ば常識の「噂」について露一つ知らないうえに ムッとするなんて。 怖いなー。と正直感じました。知らないということ、知らされていないということ。 そして信じ込むということ。 例えばゴッホとゴーギャン。 Van Gogh "Portrait with Bandaged Ear" Gaugian "Where do we come from? What are we? Where are we Going?" この二人が1888年、南フランスのアルルで共同生活をしたのは有名な話。そして、自我が二人とも 非常に強かったために言い争いになることがしょっちゅうで、この二人の険悪な関係の末に ゴッホが自ら耳を切ったのも有名な話。 でも、美術史研究家の中には、泥酔した後に、いつものごとく激しい言い争いとなった ゴッホとゴーギャンだったが、ゴーギャンが激情しゴッホの耳に切りかかったという人もいる。 ゴッホは先輩画家のゴーギャンを心から尊敬していたために、遂にはこのことを誰にも 口外しなかったために、自害行為とみなされている。とのこと。 この話を聞いた後に、上のゴッホの自画像を見て、聞いた前と後で見方は変わるもの? 感じ方は変わるもの? それは人それぞれだと思う。 でも、そういう様々な話を踏まえた上で、自分なりにたどり着いた見方、考え方がその人の 「エスプリ」なんじゃないかなと思う。 うーん、フランス語でいうとかっこいいけど、ここで言いたいのは、その人の「哲学」とか 「精神」とかそういうこと。 アートというのは「エスプリ」そのもの。 21世紀、アートには国境も宗教もない。すべてはそのアーティストと、それを鑑賞する人の 「エスプリ」がすべて。 そう思うと、美術史を勉強する、優秀な彼女が、自国で起こった9.11事件の、
陰謀説に対してムッとすることは、「アート」から最も離れたエスプリだと思い、 ちょっと恐ろしい気持ちにならざるを得ないのでした。 |
いろいろな街・国
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ヴェネツィアへ移動。 ヴェネツィアといえば、イギリスで最も有名な画家の一人、ウィリアム・ターナーが 好んで取り扱った題材。 このターナーの作品は、のちに印象派に大きな影響を与えた。 その一人、シニャックによるベネツィアを題材にした絵。 それは水と、そこに反射するまばゆいがかりの光の街。 高校時代の文化祭で、シェイクスピア作・「ヴェニスの商人」の劇をやった事が あったこともあって(なつかしい・・・)、街中をそぞろ歩きながら、アントーニオや シャイロックやジェシカはこんなところに住んでたのかあ、と感慨深い気持ちに なりました。 (なんのことがサッパリわからないと思いますが) 2004年に映画化もされてます。アル・パチーノ主演。 ちょっと面白いので、ストーリーを語りながらヴェネツィアの町並みを拝見。 物語はイタリアのヴェニス。バサーニオは富豪の娘の女相続人ポーシャと結婚するために 先立つものが欲しい。そこで、友人のアントーニオから金を借りようとするが、 アントーニオの財産は航海中の商船にあり、金を貸すことができない。 アントーニオは、当時の人たちの中でも親切で気立ても優しく、礼儀を尽くそうと努力する心を 持ちあわせていた。 まったくもって彼は、イタリアに住む誰よりも古代ローマ人の名誉心をよく体現していた。 「これから金持ちの金貸しであるシャイロックのところへ行こう。船に積んでいる商品を 抵当にして金を借りることにするよ。」 アントーニオは悪名高いユダヤ人の金貸しシャイロックに金を借りに行く。 アントーニオは、金を借りるために、指定された日付までにシャイロックに借りた金を返すことが 出来なければ、シャイロックに彼の肉1ポンドを与えなければいけないという条件に合意する。 アントーニオは簡単に金を返す事が出来るつもりだったが、彼の商船は難破し金を返す事が出来なく なる。 シャイロックは、日頃から快く思っていなかったアントーニオに復讐できる機会を得た事を喜ぶ。 その間に、何も知らないバサーニオは、ポーシャと結婚するためにベルモントに向かう。 ポーシャの父親は金、銀、鉛の3個の小箱から正しい箱を選んだ者と結婚するよう遺言を残していた。 バサーニオはポーシャの巧妙なヒントによって正しい箱を選択する。 バサーニオはポーシャから貰った結婚指輪を絶対はずさないと誓う。 晴れて結婚することになった二人の元にアントーニオがシャイロックに借金返済が 出来なくなったという報せが届く。 バサーニオはポーシャから金を受け取り親友を助けにヴェニスへと戻る。 一方、ポーシャも密かに夫を追うため、ベルモンテを離れヴェニスへと向かう。 シャイロックはバサーニオから厳として金を受け取らず、契約通りアントーニオの肉を要求する。 若い法学者に扮したポーシャがこの件を担当する事になる。 ポーシャはシャイロックに慈悲の心を見せるように促す。しかし、シャイロックは譲らないため、 ポーシャは肉を切り取っても良いという判決を下す。シャイロックは喜んで肉を切り取ろうとするが ポーシャは続ける。 「肉は切り取っても良いが、契約書にない血や髪の毛など他の物は何一つ切り取っては いけない。」 仕方なく肉を切り取る事を諦めたシャイロックは、それならばと金を要求するが 一度金を受け取る事を拒否していた事から認められず、しかも、アントーニオの命を奪おうとした 罪により財産の半分は自分の娘ジェシカに与えることとなり、 また、キリスト教に改宗させられる事になる。 バサーニオは親友の命を救ったポーシャに、ポーシャの変装に気付かずにお礼をしたいと申し出る。 バサーニオを困らせようと結婚指輪をお礼として要求するポーシャに、バサーニオは結局指輪を してしまう。 ベルモンテに戻ったバサーニオは指輪を失った事をポーシャに責められる。謝罪し許しを請う バサーニオにポーシャはあの指輪を見せる。 驚くバサーニオにポーシャは全てを告白し、すべてお見通しだったポーシャは
夫の狼狽ぶりを面白可笑しく笑うのだった。 |
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しばらくブログをお休みしてました。 というのもここ9日間ほど、イタリアに行ってまいりました。 ローマ6日、ベネツィア3日の旅。 イタリアって濃いなあ・・・ いろいろ思ったことを書きたいところですが、いきなり深く突っ込んでも しょうがないかなと思うので、まずは「序章」ってことで町並み拝見。 まずはローマ。 街中に並ぶ黄色の壁に緑色の窓縁。 この黄色、緑と晴れた空の青の3原色が本当にきれい。 石造りの壁には、八百屋さんのディスプレーさえも絵のように映える。 そしてローマには、イタリアを代表する「木」が街中にありました。 まずは一本杉。 太陽に向かって真っ直ぐに伸びる一本杉の姿が印象的でした。 写真はコロッセオ前、フォロ・ロマーノ内の一本杉。 そしてローマ中にある「松」の木。 これはボルゲーゼ公園内の松。 「傘松」とも言われる松の種類で、シチリアから南仏、スペインと地中海沿岸によく見れる松 らしいのですが、個人的にはどうみても「ブロッコリー」に見えた・・ 笑 でも、不思議と街中にあるこの木は、とても良い味を出していて、ローマの風景には 欠かせないものだと思いました。 松っていうのは不思議な木ですね。 堂々としていて、尚且つ形が芸術的で美しい。 ものすごい存在感。 日本の松も日本になくてはならないもの。 そして、なんといってもローマは青い空がよく似合う! 晴れた日はまるで街が息を吹き込まれたかのように生き生きとします。 最後に、ローマにはたくさんの広場、"ピアッツァ"がありました。 そこは市民の憩いの場。 そして、大道芸人の場です。 ポポロ広場にて大道芸の準備をしている人を発見! ローマは歴史が街中に散らばっていて、欲張ってすべてを飲み込もうとすれば 息切れしてしまいそう。 でも、青い空や緑豊かな自然。それにピアッツァでのんびり休憩しながら 調子の良い大道芸人の芸を眺める。 "Do in Rome as the Romans Do"ー郷に入ったら郷に従えー そこに居るだけで、ローマの一部になれた気がした。
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