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結局は対岸の火事…他人事だったのか、と思ってしまう!
福島の避難者は『風化が心配』と言っている。 『大飯原発再稼動』 3.11の大震災で壊滅的状況となった福島第一原発… そこで、日本国民は、放射能の怖さを思い知ったはず… 原発に絶対的な安心はない! いつ何が起きて、放射能が漏れるか、それは誰もわからないし、 日本全国の原発に起こりうる可能性はある。 しかしながら、立地都市の立場「生活のため…」ということもわかる。 立地都市の首長の考えもそれぞれ… 泉田新潟知事は今回の再稼動に断固として反対している。 政府はきちんと『原発仕分け』行い、再稼動はそれからでも遅くないと思うんだけど… 政府の危機感は、 再度の大災害が起きて原発が壊滅的状況になり放射能が日本全土を覆う… ということより、目先の、この夏の電力不足に向いているようだ… 3.11のような大災害は、もうしばらくは来ないと思ってるのか? 絶対に忘れちゃいけない出来事だからな!! |
東北地方太平洋沖地震 関連情報
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熊谷市の太平洋セメント熊谷工場 (40t)、 日高市の太平洋セメント埼玉工場(5t)、 横瀬町の三菱マテリアル横瀬工場(39t)、 にそれぞれ木くずが搬 入された。その木くずは被災住宅の柱材を岩手県で破砕したもので、セメント製造の燃料や材料として再利用される。 熊谷市の太平洋セメント熊谷工場では、周辺の自治会長や熊谷・深谷両市議会議員ら70名が立ち会う中、空間放射線量や放射性物質濃度を、埼玉県の担当者が測定した。 3工場とも、0.037〜0.058マ イクロシーベルト程度の空間放射線量 で、埼玉県が定めた基準の0.23マイクロシーベルトを大きく下回った。 考えてみれば、岩手県野田村は、福島第 一原発からは、埼玉県より遠 いので、この結果は、至極当然のことである。 埼玉県は、この結果を受けて、地元の理解が得られれば、新年度から本格的に受け入れる方針である。 その量は、2年間で4万2千tをこの3工 場で処理する予定である。 今年に入り、1月下旬〜2月中旬にかけて熊谷市、深谷市、日高市、横瀬町の4 市町議会と住民代表へ説明会を行い、 2 月20日ごろまでに、セメント3工場で 実証実験を行うことに対し、4市町の首 長が了解した。 そして、昨日、がれきの放射性物質検査などを行う実証実験を実施した。 今後、4月中旬までにセメント製造過程で発生する排ガスの放射性物質濃度などを測定し、5月に放射性物質が基準を下回ることが確認されば、地元首長、議会、住民が了解した場合において、本格処理を開始する予定だ。 これだけ低い基準であれば、地元も賛成することであろう。昨年の今頃は、『がんばろう日本!』とか『今こそ日本は一つに!』とか、昨年の流行語にもなった『絆』など、日本全国民が口にしていたはずだ! それが、今回のがれき処理について日本全国で広域的に処理を…ということにな ると、これまた話が正反対! いわゆる『正論賛成各論反対』となった。 今回、改めて実証実験を行うことで、危険性の低さを示したわけだが、今後怖いのが、『風評被害』である。 確かに農作物や育児等不安もあるかもしれないが、きちんと数字を示してくれたことを受け止めて、今また『日本は一 つ』になり、この難局を打開すべきではないだろうか? まだまだ岩手県の被災地には、14万tを超えるがれきの山がある。これを自前処理した場合、200年かかるという… これでは、復興には希望の光も見えない… まだまだ処理量が足らないと思うが、復興への希望の一筋の光…はっきりと見えた。 3月25日に、たまたま偶然に太平洋セメント熊谷工場の前を車で通ったとき、工場周りにはたくさんの警官が配置しており、工場内からは大型バスが出てきた。 きっと、このバスには実証実験の立会者の方々が乗っていたことであろう。 |
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今日であれから10年…
この『あれから』は、米ニューヨーク州で起きた自爆同時多発テロ。
もう10年経つんだね…
この事件に関しては、米国ということもあり、
ホントに『対岸の火事』程度にしか考えられなかった…
この10年間にアルカイーダの指導者オサマ・ビンラディン氏は殺害された…
これも対岸の火事にしか感じられなかった…
勝者のない戦争…いつまで続くのか… 今日であれから半年…
この『あれから』はご存じのとおり、『東日本大震災』のこと…
死者、行方不明者合わせて約2万人…
『記憶 忘れてはいけないこと』
というお題で被災地パネル展(日本経済新聞協力)をやっていた…
これを見て改めて、この震災の恐ろしさを痛感した。
何度か被災地に足を運びボランティア活動も行ったが、
ゆっくりゆっくりとの復興しか望めない…
しかし一歩一歩確実に復興している…
(写真は「イーティーズ・プレイス」からお借りしました) あれから半年たって、その記憶も薄れ始めているが…
決して『忘れてはいけないこと』なんだろうなぁ…と思う…
もしよかったら、そのパネル展と同じ写真がこちらのHPで見られます。
ぜひ見て、忘れないでください。
今日、午後2時46分…黙とうをしましょう…
PS.先日の台風12号でも多大な被害を受けられた方々もいらっしゃいます。
その被災者の方にもご冥福をお祈り申し上げます…
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被災地復興支援ボランティア…
宮城県南三陸町、岩手県陸前高田市にそれぞれ行ってきました。 被災地の復興へちょっとでも弾みがつけば…と思って、 自分の体力はもちろんのこと、東北でのお土産をたくさん買ってきました。 毎度おなじみのずんだもち!これをつまみにビールを飲むのがよかった…
途中のSAでは… さらには… ずんだのだんご&ごまだれのだんご♪ で、牛たんジャーキー!
これ、夕飯代わりにしちゃった!! これがビールに合うんだよ!! 自宅には… さらにさらに… 妻と長男坊がとっても好きみたい! ちょっと、南部煎餅汁にしたい♪ そして面白いやつ!!昨日見つけた! そして…順番バラバラだけど… いろいろ買ってきて、かなりお金遣っちゃった! ボランティアに行って、たくさんのお土産なんかを買って… 『被災地のため!』と自己満足に浸ってた… 実際、被災地にボランティアに行くことがいいことなのか?? 自分の考えを根本的に覆すブログを見つけた… ボランティアが被災者の自立を阻害する?! 〜震災5ヵ月後のボランティアのあり方を問う しばらくは開いた口が閉じなかった…というより、かなりの衝撃を受けた… この内容が、本当に被災地の方が書いたという保証はないけれど… 被災地の『人は復興できないかも…』 ちょっと、つらいね… でも、この賃金…どうやって払うのかなぁ?? もう、被災者じゃない自分が、何書いても説得力はないな… 被災地の方々の思い… みんな、知ったふりしてただけ…だったりして… |
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今回の行き先は岩手県陸前高田市!
ニュース等でご存知だと思いますが、陸前高田市も壊滅的な被害を受けました… 国の名勝にも指定されている『高田松原』の数万本の松が、ほぼすべてなぎ倒されました… しかし、そんな中、奇跡的に1本だけ生き残った。 市民らは「街を復興に導く象徴だ」と、新たな希望を見出していました。
その証拠がこの写真! ボラセンの方々は『希望の一本松』と名づけ、復興へのシンボルとしてました!! そんな陸前高田のボランティアセンターは活気にあふれてましたよ!! わかちゃん!のみさん!新潟市からも来てたよ!! 千葉県柏市、佐倉市… 東京都世田谷区、遠くは島根県から団体、個人の方は広島のほうからも来てました! 市街地の現状です… 橋も道路部分は落ちてピアだけが残ってました… 海岸沿いの堤防も部分的に崩れ落ちてました!この堤防…高さ5mくらいあったのに… ひまわり…あちらこちらに咲いてました! みんなの希望を背負うかのように咲いてました… そして、その希望はあちらこちらにあります!! トンボや花…生き物たちも元気です! 海も…空も…青かったです! 下段右端…『南さんお帰りなさい!』 よくわかりませんでしたが、作業終了後にボラセンによったら、こんなセレモニーをしてました! 南さん…長崎から陸前高田まで義援金を集めながら自転車で走ってきたそうです!! ごらんのように絶好の作業日より! 暑くなっちゃったけどねww ホント、作業中はいい天気でした! 朝夕は曇りでしたが… 作業を終えて、ボランティアセンターに戻る途中に… 遠くに車窓から見えました! そして、被災地には確実に秋の気配を感じました! 本格的な冬が来る前に、可能であればまた行きたいと思ってます! 帰りのバスの中からみた看板に… 『ありがとうございました 私達は負けません!!』 と、ありました! なんか… ものすごい感動した!! |




