|
金曜の夜にブログを更新したつもりだったがアップされておらず。 サーバーのせいなのか、それとも寝ぼけて最終的な処理を間違ったのか。 いずれにしてもせっかくだからアップしておいた。 というか、地域協議会に関するものなのでできれば書き留めておきたい。 ブログとは言え全くの個人的な日記とは異なるが、 自分にとってもよい備忘録となっている。 さて、土曜日曜と「モータースポーツジャパン」というイベントにオフィシャル(競技役員)として参加してきた。 このイベントは、スーパーバイザーの近藤真彦(マッチ)氏の言葉を借りれば、 都会から遠く離れたサーキットにお客様に来ていただくのではなく、サーキットで働いている僕たちが都会に 出て行ってイベントを開催することで、モータースポーツを身近に体感していただいて、今度はサーキットに 来てほしい、ということでモータスポーツの様々なカテゴリーの車両やドライバーを一堂に集め、 実際に走らせたり、デモンストレーションをしたり、各ブースではピット作業体験やトークショー、グッズ販売 等を行って一日楽しんでもらおうという趣向になっている。 開催場所は東京・お台場の船の科学館前の特設会場なので、まさにゆりかもめの駅を降りて目と鼻の先である。 一部有料観覧席以外、入場は無料なので、本当に誰でも気軽に立ち寄ってモータースポーツの一部を垣間見ることができるようになっている。 そんなすごいイベントのオフィシャルをどうして僕等が、という向きもあろうが、諸事情から僕が所属しているクラブにも依頼があって、僕も名乗りを上げて去年から参加している次第である。 去年、初参加してぶったまげたのは、F1やWRC(世界ラリー選手権)といった世界レベルのトップカテゴリーの車両が走行するだけでなく、モータースポーツの歴史を刻んできた過去の名車たちまで、動く博物館さながらに実走行し、かつての雄姿を再現してくれたことであった。 もちろん、走るといっても特設会場は日頃は船の科学館の臨時駐車場として使われている広場。 狭いし舗装は極端に悪いし、とてもじゃないけど300キロを超える速度で走るような車が走る場所じゃあない。 そこを各カテゴリーのトップドライバーたちが、力の限りを尽くして車のポテンシャルを引き出してパフォーマンスを見せてくれる。 去年で一番印象に残っているのは、マツダ787Bという、ル・マン24時間耐久レースで1991年、日本車として初めて優勝を飾った車を、これまた当時この車をドライブしていたドライバーの一人、寺田陽次郎選手がドライブしてくれたことだ。この車はロータリーエンジンを積んでいるのだが、あの年はル・マンでロータリーエンジンが使用できる最後の年だった。ずっとル・マンにこだわって参加し続けてきたマツダにぜひとも勝ってほしいと願っていたから、有終の美を飾れたことにとてもうれしい思いをした記憶があり、よく覚えているのだ。当時、僕等などは(というか大半の日本人のファンが)雑誌で写真を見、記事を読むくらいしかできなかったから、目の前で実車の走る姿を見れるとは夢にも思っていなかったのだ。 そのほかバトン選手のホンダF1の実走行があったり、日本人として世界に挑戦して実績を上げている新井敏弘選手が車を真横にむけて場内せましと走り回ったり、2日間、全く飽きることのないイベントで、オフィシャルとしての参加でも十二分に楽しめた。 そんなわけで今年も大いに楽しみにしていたのだが、今年は去年に比べると出走車両も参加カテゴリーもぐっと減って内容が薄くなった印象。どうやらこの不景気で、各メーカーのモータースポーツ予算が激減し、そのあおりでこのイベントへの協賛金も減ったことが原因らしい。参加者から入場料を取らないでこれだけのイベントをやるのだから、頼みの綱は各メーカーからのスポンサーマネーなのである。 そんなさびしくなった今年のイベントだったが、今年最も印象深かったのは89年のF1マシン、 マクラーレン・ホンダMP4/5のエンジンサウンドを聞かせるというイベントだった。 この頃はバブルに向かい、日本も景気がよかったから国内のいろんな業種がF1のスポンサーになっていたし、 F1ブームで鈴鹿には人がわんさか、フジテレビもテレビ中継をゴールデンタイムに行っていたりした。 僕も友人と鈴鹿でのF1グランプリを見に行って、河原の臨時駐車場だったか、とても寒いところで車中泊してグランプリを観戦した覚えがある。 で、このマシンだが、セナとプロストが同じマクラーレンチームに在籍して激しくバトルしていた年の、 まさしくプロストがドライブしていたマシンらしい。 前年まで1500ccのターボエンジン、この年から3500ccの自然吸気エンジンと車両規則が大きく変わった年で、 各メーカーエンジン開発にしのぎを削ったことだろう。中でもホンダは、いちはやくスイッチしてプロストを シリーズチャンピオンにまで押し上げた。 そんな20年近く前の車もホンダのミュージアムで大切に動態保存されていて、今回は路面が悪いので走行こそ 出来なかったが、そのかわり実際にエンジンに火を入れてサウンドを楽しんでもらおうという趣向なのであった。 そればかりか、当時このエンジンの開発責任者だった白井さんという方と、当時日本人で初めてF1に参戦し、 91年にはこのエンジンの改良型を積んだマシン(ティレル・ホンダ)をドライブしていた中島悟さんのお二方とともにエンジンサウンドを聞き、そのあとご両名からお話を聞くという、粋なセッションだった。 迫力はあるのだが、最近のF1マシンと比べてどこかはかなげでメロウで、甲高く澄んだサウンドを聞いていると 確かに鈴鹿のストレートを走り抜けていくセナやプロストのマシンが脳裏に浮かぶような気がした。 丸二日間、コースサイドに立っていてアスファルトの照りかえしも厳しかったせいか、真っ赤に日焼けして 帰ってきた。 オフィシャルとは難儀なもので、役務があるからブースに展示されたマシンや催される様々なイベントには 全く参加できず、休憩時間といえど赤いツナギをきて観客まがいの行動もできないので、写真を撮るのさえ 遠慮しながらであった。 その代り、どんな最前列のお客さんよりももっと近く、ほんとに手を伸ばせばマシンに届くような距離で ドライバーたちの熱いパフォーマンスを感じることができたのだ。 得難い経験だと思う。 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
|
車・モータースポーツ
[ リスト ]





