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今日は午前中に休みを取って倉庫から服を取り出したり洗濯をしたりした。 この間、ちょこちょこと長袖のシャツを出したりはしていたが、 どうしてもジャケット類が必要になったからだ。 実はこの土日、金沢で開かれる「全国学童保育研究集会」に参加することになっていて、 多分、金沢はこちらよりは寒いのではないかと思うのだ。 今日あたり、金沢の気温など調べてみようと思っているが、 まあ、こちらと同じ気分でいたら痛い目にあうだろう。 それにしても、これまでは保育合研といい給食セミナーといい、 参加するとなれば一日余計に休みを取って観光と勉強の機会としてきたが、 今回は忙しく、また金欠の折の参加で全く下調べもなにも出来ていない。 休みも余分には取らず、本当に研究会だけの参加となってしまい、 ちょっともったいない気もする…。 来年は埼玉でこの集会が開催されることになっていて、 だからといってこれまでの合研や給食セミナーのように僕が率先してやることはないのだが、 まあ、川越の学保の会としても県に協力して何かはやるんだろうし、 そうなれば僕も何もしない訳にもいかず、で、下調べを兼ねての参加という訳だ。 それにしてもまだ何も準備をしていない。 明日の夜も学保の会の保護者会で夜遅いというのに…。 午後からは車で仕事で、ラジオがつまらなかったからCDを聞いた。 最近買ったCDの中に森山良子の「さとうきび畑(1969年バージョン)」というのが入っていて、 (このCDについては日をあらためて書いてみたい) ちょっと歌ってみようと思った。 というのも、街頭署名イベントの後の打ち上げの時に歌さんが 「ギターを取り出して歌ってみた」と言っていた曲の中にたしか「さとうきび畑」があって、 まあ、一緒に歌うことがあるかどうかは分からないが、 キーはどんな感じかな、声は出せるかな、など思って歌ってみたのだ。 オリジナルの森山良子バージョンで十分声は出るんだけど、 肝心の歌がうまくいかない。 歌詞が重すぎてしまって、声が詰まってしまう。 聴いているだけならまだしも、歌おうとすると感情移入するためか、どうもいけない。 「ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ」 静かに繰り返されるリフレインの間に逸話が挿入され、物語が紡がれていく。 「あの日鉄の雨にうたれ 父は死んでいった 夏の日差しの中で」 「そして私の生まれた日に いくさの終わりがきた 夏の日差しの中で」 「知らないはずの父の手に 抱かれた夢を見た 夏の日差しの中で」 「父の声を探しながら たどる畑の道 夏の日差しの中で」 反戦の歌ではあるけれど、もう、たたみかけるように父を慕う歌なのだ。 子を持つ父親なら、やはりこみ上げてくるものを押さえられないのではないか。 すごい力を持った歌だ。 そしてまた、若くしてこの歌を歌いきった森山良子もすごい歌い手だと思う。 この歌に出会ったのはまだ子どもの頃、NHKの「みんなのうた」だったと思う。 その時も子どもながらに感じるものはあった。 そしてその後も、盲目の歌手(新垣さんといったか?)がリバイバルさせたり、 森山良子自身がリバイバルさせて紅白に出たこともあったり、 僕の人生のところどころで立ち止まる機会を与えてくれた歌でもある。 今、あらためて父親となって聞いてみるとまた、これまでとは違った感慨がある。 何度も何度も歌って詰まらずに歌えるようになったら、どこかで歌う機会を作ってみよう。 僕もまた、森山良子のようにはいかないが、やはり伝えて行きたいのだ。 仕事が押して帰宅が結構遅くなったのだが、 家族でファミレスに出かけた。 今日は三女の誕生日で、本当なら仕事を休んで料理を作ってやるとよかったのだが、 この土日も休むことになっているし、今年は我慢だ。 たかがファミレスでも、たまにだから子ども達も大喜びだ。 そして子ども達を見ていると、今本当に大切にしなければならないことが いろいろと見えてくるのだった。 もちろん、単純な目の前の幸せだけではなく、 平和を守っていくということもそうだ。 そのファミレスの片隅で本を読んでいる人がいた。 学保の会の事務局長に似ているなと思って見ていたら、やはりそうだった。 彼とは明日の会議も、明後日からの旅行も一緒で、おまけに相部屋なのだが、 今年度になってから結構話をするようになった。 子育てのことにしろ学童のことにしろ共感し合えることも多く、 運動の中でこそのいい出会いだったと思う。 旅行中、話をすることも多いだろうから、 「さとうきび畑」のことも話してみようと思う。 |

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