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昨年の10月に学童の全国研(全国学童保育研究集会)に参加したが、 これは個人的な参加の側面と、学保の会(川越学童保育の会)を代表してという側面があり、 後者の観点からは何らかの形で学保の会ないし川越の学童に還元することが望ましい。 もちろん僕は、役員としての活動を通じて、すでに還元をしてきていると考えてはいるが、 形式としては「報告」というものを上げなくてはならなくて、 もう随分前からせっつかれていたのでもある。 しかし保育料値上げ問題が突然降ってわいたこともあり、 参加者も事務局も手一杯となっていた。 それも一段落したので何とか年度内に、ということで、事務局から期限を切られ、 昨日の締め切りに合わせてレポートを完成させた。 これはいずれ冊子になって配布されるのだろうか。 せっかくなので分科会の講演の部分のみを、少し内容を敷衍して紹介しておこうと思う。 冊子の配布範囲とこのブログの読者の範囲は異なるが、 講演の内容は結構いいものだったのだ。 にもかかわらず、ブログでの報告も当初中途半端に終っており、 いい機会だと考えるからだ。 僕が参加したのは「子どもの生活と地域・文化」という分科会。 当時の僕の問題意識として、若者をめぐる今の社会状況があまりにも悪すぎるのでは? ということがあり、若者文化への理解みたいなことをふくめて、 僕たち大人がやらなければならないことがあるのではないか、 そう考えていたことに端を発している。 結果として、この分科会がその問題意識に正面から合致したものだったわけではないが (それは当然だろうな、学童の対象年齢の点からして・・・)、 僕たち大人がどういう仕組みを作っていけばいいのかについては大いにヒントを得ることが出来た。 というか、考えていたことにたいして背中を押してもらえたような気がしたのであった。 講師は地元金沢大学の諸岡康哉先生。 ご自身の研究活動のほか金沢大学付属小学校の校長先生もされていたそうだ。 そんなこともあってか、子どもたちを見つめる視点が慈愛に満ちたものであったように感じられる。 まず講師は、1970年代以降、子どもたちの発達の三つの側面に大きな変化が生じたと指摘する。 知的発達面(かしこさ)において、「おちこぼれ」が指摘されるにいたるのが1971年。 それまでもよく出来る子や勉強をしない子はいただろうが、 「受験」という方向に向かって横並びに進む隊列から 「おちこぼれ」という概念が生まれるように僕は思う。 少なくとも「ほかの子どもたちについていけない」ということが社会問題になったということだ。 また、学習指導要領の改訂も、この問題に大きく関わっているということである。 人格的発達(心ゆたかに)に即していえば1978年〜1982年が「非行第3のピーク」といわれるそうだ。 マスコミでも「荒れた学校」が盛んに報道された時代でもあっただろうし、 少年刑法犯の検挙人数が過去最高になった時期でもある。 また、小中学生の不登校もこの頃から増え始めるようだ。 身体的発達(元気に)の変化の象徴として、NHKの報道番組「警告!子どもの身体は蝕まれている」 が放映されたのが1978年。例えば朝礼でバタリと倒れる子どもが続出したり、 転んだらすぐに骨が折れるなど指摘され始めた頃だ。 講師の資料では防御反射活動の低下、直立歩行のおかしさ、老化・原因不明の疾病、大脳の興奮水準の低下が、特徴的な傾向として指摘されている。 その発達の三側面の変化を豊富な資料で裏付けておいて、今度はその変化の背景の分析に進む。 講師はそれを生活様式の変化に求める。一言で言うと「職住一体型生活から職住分離型生活へ」の変化だ。 日本は戦後の荒廃から朝鮮戦争をステップに大きく経済成長を遂げ、 その象徴が1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博だろう。 当時、オリンピックと万国博覧会を行って初めて先進国の仲間入りという風潮があったようだ。 その間、産業構造は農林漁業という第一次産業から 工業やサービス業の第二次・第三次産業へと中心が移ってくる。 農業が最も特徴的だが、ここでは働く場と棲むところがほとんど一致していて、 大人が働く周りに子どもがいる社会だ。 生活のほとんどがその集落の中で完結している社会の中にあって、 子どもたちは「ゆりかごから墓場まで」つまり、出産も、日々の飲み食いも、人の死も、 大人とともに身近に体験することができた。 地縁・血縁を中心とした社会だから、大人の中に子どもたちがいるのは当たり前。 子どもも多かったから、子どもだけでも大規模な異年齢の子ども集団が存在していた。 そういう中で、子どもたちは自然に育っていったし、 さまざまな「人生モデル」を身近に見ながら、それを「まねる」ことで「学ぶ」ことができた。 ところが第二次・第三次産業というのは、職場と住居が離れてしまい、 親が働くところに子どもがいることが認められない社会だ。 生活諸機能も専門分化し、以前は生活と隣り合わせであったことが医者、料理人といった専門家の手に ゆだねられることになる。 核家族化し子どもの数も減り、地域社会はその意味合いを大きく変える。 大人の人間関係も地縁・血縁ではなく職縁関係となっていく。 もう、子どもが「人生モデル」を見つけようにも、自分の周りからいろいろなものが失われているのだ。 子育てをする母親の立場から見れば、子育ての負担を自分ひとりに押し付けられることになり、 地縁・血縁も無い中での孤独な子育てを強いられることが多くなる。 虐待の問題も、このような状況と無関係ではないだろう。 社会の変化が私たちのライフスタイルを変え、 ライフスタイルの変化が子どもたちの育ちにも大きな影響を及ぼしている。 しかし、だからといって今さら昭和30年代に戻れるわけもないだろう。 講師は、そのような分析からさらに、課題克服のための処方箋を提案しておられる。 まず大人のネットワークの再構築(擬似血縁関係)。 いろんな大人がいる中に子ども連れでいられる関係、あるいは雑多な人の中で子どももいられる部分社会。 孤立的子育てから共同的子育てへ(多くの人をまきこんで)。 そのような中で子どもの世界に「人生モデル」を復活させる。 そして比較競争的子ども観から自己肯定感の取り戻し。 これまでは学校も家庭も、「いい学校に入ること、いい会社に就職すること」を至上の価値としてきた。 そういう価値観の中ではなかなか「自己肯定感」は育たない。 その価値観を転換し、社会のなかでそれぞれが大切な役割を担っているし、 一人ひとりが大切なんだということを社会的な合意にするところから、 自分で自分を大切に考える価値観も芽生えるのではないか。 そして生育環境の整備を(マスコミ分化、バーチャル化を超えて)。 ここは「からだことば」「五感力」という大切な指摘もされた。 モニターやゲーム機の中ではなく、自分の感覚で言葉を覚え、 自分の体を使ってコミュニケーションをとることの大切さ。 そういうことが非常に出来にくくなっているのが今の社会である。 さあ、どうだろう。 僕は先生の処方箋を見ていると、保育園や学童のざわざわとした子ども集団や、 いろんな年齢の保育士や指導員、そして保護者会を中心とした雑多な大人集団に、 大きな可能性を感じるのだ。 失われた地域社会はそうそう取り戻せるものではないが、 保育園や学童では恒常的にそういう人間関係が形成されている。 それを単にサービスの提供者と受け手の関係にしてしまうのではなく、 ひとつの人間集団として子どもが育つ環境にしてしまう。 そういう努力を、僕たち大人が敢えてやっていかなければならないのではないか。 少なくとも、役員や行事の負担が大変だからという名目で学保の会を潰す、 そういう教育財務課の方向性が、時代の要請に全く応えるものではないということはいえそうである。 |
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豊かさの背景に・・・。
ちょうど変化の激しい時代の子どもが大人になり、子どもをもち。
局面に立ち振返る幼少期。思い出す事は・・・。
2012/2/22(水) 午前 5:51 [ forestgreen ]