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今夜はよくする会(川越保育をよくする会)の事務局会議だった。 一応、9月末のイベント&街頭署名の反省を行い、 対市交渉の主張のポイントを絞り込んだり、 今後の学習会や文化行事についての打ち合わせを行った。 会議前までかなり降っていた雨も帰る頃にはすっかり上がって月が出ていた。 そういう事情で結構遅くなったので何も書かないでおこうとも思ったが、 やっぱり一言くらい触れておこうと思った次第である。 それというのも、相変わらず、警察や検察の公務執行がずさんで黙ってられないからである。 例えばいわゆる「PC遠隔操作誤認逮捕事件」。 横浜の大学生の例では警察が上申書を書かせ、それを鵜呑みにした検察が 大学生を家庭裁判所送致にして処分が行われている。 大学生が自分から自分に不利な嘘の上申書を書くわけないから、 不適切な誘導があったことが強く推測される。 つい最近の新聞記事では、山梨の殺人事件における裁判で目撃証言を男性が 「実は検察の意向でうその証言をした」旨の告白をしているという。 こういう話が出てくると、やっぱり権力機関というのはそういうことをしているのだなと、 改めて実感する。恐ろしいことだ。 もちろん、この男性の言っていることが100%真実であるという保証はないが、 被告はこの証言を含むいくつかの証言が有力な根拠となって一・二審で死刑判決を受けているという。 東電OL殺人事件では被害者の胸に付着した唾液がマイナリさんのものではないとして マイナリさんが釈放されたことは記憶に新しい。 つい最近になって検察が、マイナリさんが無罪であるとの意見書を提出した。 被害者の爪に付着した微物と女性の体内に残された「第三者」の精液とはDNA型が一致するが、 マイナリさんのとは一致しない。この微物を残した「第三者」が真犯人である可能性が高いというわけだ。 いかにも最新のDNA鑑定で初めて明らかになったような体裁をとっているが、 そもそもマイナリさんを起訴した時点で胸に付着した唾液がマイナリさんのものではないことは 検察も知っていたわけだし、女性の体内の精液しかりだ。 こうなってくると刑事訴訟の目的である「真実発見」とはなんなのだ?ということだ。 警察や検察は刑事手続のプロだから、 どういう証拠が揃えば有罪となるかをよく知っている。 だから、被疑者が真犯人と思えば有罪となるようなストーリーを描き、 都合のいい証拠だけをそのあらずじにそって並べていく。 そうるすと、強大な権力機関の前では一介の市民に過ぎない弁護人がこれを覆すのは容易でなく、 予定調和のように裁判官が有罪判決を下す・・・。 現行刑事訴訟法は、戦前の旧刑事訴訟法下における刑事裁判手続きが 「有罪へのベルトコンベアー」であったことの反省に立って制定されたのではなかったか。 そこでは憲法の人権保障の規定と帰一して、慎重にも慎重な手続きを、 警察にも検察にも裁判所にも課している。 間違っても思い込みと恫喝による犯人のデッチ上げは予定されていない。 僕が子どもの頃、「日本の警察の犯罪検挙率は世界一だ」みたいな話を聞いた覚えがある。 そして、起訴された場合の有罪率も、先進国でも群を抜いて高いと記憶しているが、 これは要するに「捕まったらおしまい」ということでもある。 もちろん、無罪なのに有罪とされているというのは、全体から見たらごくわずかだろうが、 この、いまだに「有罪へのベルトコンベアー」状態の刑事手続が恐ろしい。 これでは戦前の刑事手続どころか、中世の「魔女裁判」といくらも変わりがない。 魔女裁判では、何の根拠もなく無実の市民が「魔女」の疑いで審問にかけられ、 「自白」するまで拷問にかけられた。その「自白」の過程で「他に誰が魔女集会に参加したか」問われ、 拷問苦しさに言われるままの名前を「自白」するのである。 その無限の連鎖で次から次へと「魔女」が生み出され、審問で「自白」させられた。 「魔女」といっても女性とは限らず、老若男女の区別はなかった。 というよりむしろ、政治的な思惑や財産没収による利益を目的に有産の地位ある男性こそ狙われた。 それはともかく、魔女裁判でもやはり、一度疑われたら無罪放免となることはまずなかったらしい。 「自白」をしてもしなくても死刑を免れることはできず、 「自白」をすればいくぶん、死刑の方法の残虐性が軽減されるのみである。 そんな魔女裁判の記録をみていると、 「よくもまあ、こんな非科学的なことをしてきたな。よくもまあ、人間が人間に対してこんなことができるな」 と驚くばかりなのであるが、今、警察や検察がやっていることとこの魔女裁判とで なにか本質的な違いがあるだろうか、と疑う。 今のように科学が発達し、自由も認められ、情報公開も進んでくると、 「まさか警察がそんなことしないだろう」 と信用しがちなのである。 が、人間に誤謬はつきものだし、 それが人権を束縛する権力を有していればなおさら、これほど恐ろしいことはない。 僕たち市民は常に権力に対し、猜疑をもって監視をしていかなければならない。 そして、権力の横暴に対しては断固として抵抗していかなければならない。 |
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