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昨日は予報以上の降雪だったが、 幸い今日は晴れて観劇日和になった。 川越保育をよくする会文化行事 「オペレッタ劇団ともしび おもしろどんどん」 の公演を行った。 毎年、参加者がたくさん来てくれるか、 来た人は満足して帰ってくれるか、 終わるまで今一つ息の抜けない気持ちでいるが、 今年も終わってみれば大成功だったかなと思う。 ありがたいことだ。 アンケートにも目を通したが皆さん楽しんでくれたようだし、 主催の悲しさで前半部分見られなかったが、 前半の歌や手遊びもよかったようだ。 参加型というのか、大人も子どもも自然と声を出してたようだ。 まあね、劇中、子どもたちがどんどん引き込まれて、 ステージ向かって声を上げていたのがなによりの証だ。 ステージは今日は四人、一人がアコーディオン、一人が小太鼓、 残りの二人が劇をするという構成。 おじいさんが丹精込めて作ったスイカ畑から泥棒がスイカを盗んでいく。 おじいさんが知恵を使って泥棒を懲らしめて、 最後は二人で隣村のお祭りに向かうという、絵本にもありそうなお話だ。 そんなシンプルな話を、面白おかしく、 しかも、観客もその畑の中にいるかのように作り上げていく。 舞台の幕もかわらず、情景描写は音楽だけだ。 こういうのを本物の舞台というのだよな…。 ステージを見ながら何度も思わされる。 「泥棒が盗っていったよ!」 「うしろうしろ!」 子どもたちがおじいさんや泥棒に思い思いに感情移入して声を上げる。 こういう様子を見ていると、“しらけ”世代といわれてたり、 日頃、友達といてもゲームに埋没している子どもたちが嘘のように思えてくる。 実は、毎年終了後に劇団の人たちと簡単な座談会をやるのだが、 今日はこんなことを訊いてみた。 学校や幼稚園などを回っても同じように子どもたちの反応があるのかと。 つまり、保育園である程度集団遊びができている子どもたちだから反応しているのか、 それとも一般的に子どもたちに反応があるのか、知りたかったのだ。 ほかの会場でも同じように声が上がるらしい。 というか、そのように持っていく努力をしているのだろう。 今の時代だからこそ、あえて一体感を持つように仕掛けていきたいともおっしゃっていた。 子どもが持っている感動する力とか共感する力とかは、 現代社会ではなくなっているということは全くないのだ。 そういう心が働きやすいように、 僕たちがあえて働きかけていかなければならないとは言えるかもしれないが。 そういう機会として、やっぱりこの行事は重要だなと実感した次第だ。 もちろん、日々の保育の中でもいろんな取り組みがなされている。 でも、お父さんやお母さんと一緒に、保育園の先生も一緒に、というのは格別だ。 帰りの車の中で、あるいは夕食の団欒の中で、 また劇の話でもしてもらえるとうれしい。 文化行事自体についても、いろいろと改革が必要なのではないかとは思っている。 日曜にしてほしいという声もあるし、午前中がいいという声もある。 また、会場についても駅が遠いとか、西文化会館でもやってほしいとか、 そういう声も少数ではあるが上がっている。 あるいは冬はインフルエンザがはやるので他の時期に、などという意見もある。 会場に関しては1年前から予約しておかなければ取れないということと、 土日に関してはかなり各種団体の恒例行事でだいたい棲み分けが決まっているので、 会場を変えるとそう簡単には予約できないということがあったり、 時期も保育園行事や学校の行事と重なりづらい時期となると、 ある程度限定されてしまうということもある。 そういうことを考えながら、いかにしてこの行事を成功させていくか。 実は僕たちにとっては通年の悩みであったりする。 全般的に公演料も値上がりしている傾向だし、 よくする会の会費は消費税などなかったころに決めたものだから、 8%とか10%とかになってくるとかなりこたえる。 そうやって頭を抱えながらやっていることではあるが、 今日みたいに参加者の皆さんのいい笑顔を見るにつけ、 ああ、やってて良かったなと実感するのだ。 うちも、もう四女が卒園だから、 こういう形でお芝居や人形劇を見たりという機会は少なくなるだろう。 今、現役の保育園の保護者の皆さんには心から言いたい。 大変だろうけど、今の子育てを楽しんでほしいと。 今、この瞬間のかわいさというのは今しかない。 1年後には確実に1年分の成長をしている。 それはそれで楽しみではあるが、 その時のかわいさというのは今のそれとは違うし、 時間をさかのぼって味わうということはできないのだ。 |
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