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昨夜、新聞をぱらぱらとめくっていたら読者の投稿欄に早乙女勝元氏の名前があってびっくりした。 (作家)となっているしお歳も83なので、あの早乙女氏なのだろう。 「忘れてはならぬ 3・10と3・11」というタイトルだ。 作家としてはもちろん、一人の市民として発信し続ける姿を見せつけられた思いだ。 と同時に、やっぱりこうやって執念で伝えていくべきものなのだろうと思う。 今朝は「大沢悠里のゆうゆうワイド」を聴いていて、 東京大空襲について、悠里氏が実のお母さんにインタビューした録音を聴いた。 これは2003年の3月に放送され、その数か月後にお母さんは亡くなったらしい。 その後、毎年この日に流しているようだ。 長らくこの番組を聴いているが、この録音を聴いたのは今日が初めてだった。 車から離れている時間もあるから、そういう時に放送されていたのだろうか。 話は3月10日の夜から翌日夕方までの24時間足らず、 当時、浅草に住んでいた悠里氏の一家(お父さんとお母さん)が空襲に合い、 お母さんは幼い悠里氏をおぶって混乱の中逃げ惑う。 橋の上で一夜を過ごし、自ら両足に大やけどを負い、 死骸を乗り越えて実家のある市川まで歩いて逃げた。 それだけの短い話だが、やはり涙なしには聴けなかった。 何というのだろうか、なんとかわが子だけは守りたいという親心、 降ってわいた沸いた困難、たくさんの人の死、無残な光景、 なによりも「戦争は良くないよ」という実感のこもった吐露、 江戸っ子でカラッとした口調なのに、そこにこもったリアリティが訴えるのだ。 多くの日本人が、同じような体験をしたのだろう。 それでも「時間が経って記憶が薄れてきた」とおっしゃっていた。 こういう人たちが元気でいた間は、「戦争は良くない」という実体験に基づいた共通認識が、 この国を極端な方向へ走ることへの重石となってきたのではないだろうか。 そんな重石が、また一つ、また一つと外れてしまっているのが今ではないのか。 もちろん、安倍首相だって「戦争は良くない」と思っているに違いない。 しかし、それを達成する手段がもはやかつての記憶からかけ離れてしまっている。 “戦争を防ぐためにはこちらが強くならなければ” 、 むしろ、そんな信念に駆り立てられているのではないのだろうか。 僕は軍隊が強大か貧弱かが重要な問題なのではないと思っている。 つまり、我が国の問題としては、防衛費が増えているかどうかが主要な争点なのではないと思う。 むしろ、その防衛力(という名の軍事力)を行使するための環境が主たる問題なのだと思う。 防衛に関わることを「秘密」として国民の目から見えなくしたり、 首相はじめ政府のトップのいうことをきかない者を主要ポストから外したり、 政府に批判的な報道に制約を加えようとしたり、 国民の自由な発言や意見交換をやりづらくすることは、 結果としては政権批判ができなくなって国民による政府のコントロールが著しく困難になってしまう。 そういう社会は国民にとって非常に息苦しい社会であるが、 例えば政府が対外的に軍事力を行使しようとしていたとしても、 そもそもその適否を判断する情報を得ることができず、 それに関して自由な意見交換ができず、 政府に対して異議を唱えることもできない結果として、 その軍事力の行使を止めることはできなくなるわけだ。 特定秘密保護法にしろ安保法にしろ、 安倍首相がこの間血道をあげてきたことは、 本人の真意がどこにあるにせよ、 そういう息苦しい社会を作る方向に大きく舵を切ったということだ。 ちなみに、こういう危惧は僕とか、一部の人だけが感じているものではないと思う。 昨日の新聞の書籍広告欄にはニューヨークタイムス前東京支局長マーティン・ファクラー氏の 『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』という本が広告されている。 また、ワシントンポストには「日本が戦後から今日までで得たもっとも価値あるものは、 経済的繁栄などではなく自由に意見を言える社会だ。しかし今、それを手放そうとしている」 といった趣旨の社説が載ったということだ(ラジオで聴いたものなので表現は不正確だが)。 冒頭の早乙女勝元氏の話に戻ろう。 僕はお恥ずかしながら意識して氏の著作を読んだことはない。 しかし、記憶にあるのは幼い頃読んだ『猫は生きている』という絵本だ。 これが早乙女氏の文だったのではないかと思うのだ。 もう内容すらまともに覚えていないのであるが、 猫が戦火をくぐり抜けて生き延びたという筋の話だったと思う。 僕の父も母もギリギリ幼くして戦争を体験している。 たくさんの本の中に、こういう絵本を混ぜて与えてくれたというのも、 やはり父なり母なりのメッセージだったと思う。 そんな両親から比べると、やはり僕などは、 戦争の記憶という意味では全く間接的なものになる。 それでもやはり、子どもたちには伝えていこうと思っている。 そのメッセージをどう受け止め、どう判断し、最終的にどう行動するか、 それは子どもたちが決めることだ。 もしかしたら僕とは逆に、「戦争をしたくないからアメリカともっと緊密に」 という判断をするかもしれない。 そうであっても、やはり僕の考えは考えてとして伝えていくつもりだ。 |

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