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う〜む、暑いさなかではあるが昨日今日といい風が入ってくる。 ほんのちょっと、秋の気配も混じってるな。 とはいえ、まだまだ暑さはこれから。 暑さついでにアロハシャツの話題なども書こうと思っているのだが、 ちょっと時間が足りない感じだ。 ここ数日、高齢者の所在不明問題が世間をにぎわしている。 さすが情報化時代だなと思う。 要するにコンピュータに登録さえしておけば、日本一高齢者が誰とか何歳とか、 検索するのは容易だし、その情報に変更を加えない限りは自動的に歳をとってくれる。 問題はそこに人の要素が加わらないところだろうな。 直接会って確認しないで表彰したりお金を振り込んだり。 もちろんこれは、比較的近い過去まで(あるいは現在でも地方によっては)、 事実上、居住地域がその役割を果たしていたのだ。 亡くなれば近所総出で葬式のお手伝いもするのだから間違いなど出ようはずもない。 (逆に地域が口裏を合わせれば白も黒になっただろう。) 他方、行政のほうだって、一人ひとり、いちいち本人確認をしないと何もできないということでは、 とてもではないが今日の行政需要には応えきれない。 子ども手当だって、一応は本人確認のようなハガキが来たようだが、 よほどのケース以外は形式的な審査手続きで済ませざるを得ないだろうから、 間違いや若干の不正が入り混じることは避けられないだろうと思う。 さあ、今後どうやって克服していくか。 なんらかの制度的な安全弁(チェックポイント)を設けざるを得ないだろう。 それにしても今回は、行政による自己同一性確認ってなんだろう、 行政に確認してもらわないと自分の同一性って確認されないのだろうか、 行政によって確認される自分ってなんだろう、 その意味における国家(行政)の役割ってなんだろう、自分と行政の関係って?と、 いろいろと余計なことをあらためて考えさせられてしまった。 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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