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昨日今日と、ここ川越では「川越まつり」が催された。 といっても僕のようなよそ者には地元のお祭りとはおよそいい難く、 見知らぬ観光地で催されるお祭りと何ら変わりはない。 古くから川越に住んでいる地元っ子のお祭りである。 古い街、古い祭りにあってはこれは致し方のないことである。 もっとも最近は、街の中心部から若者が減っているためか、 地元民がどんどんサラリーマン化しているためか、 祭りの担い手が減ってきているという悩みはあるようで、 よそ者でも参加の方法はあるようだが、 今のところ僕にとっては観光地のお祭りであり続けている。 僕のほうは昨日も今日も仕事で、昨日などはちょっと夜にのぞいてみようかとも思っていたのだが、 あいにく雨が降っていたのでその計画は取りやめた。 自分ひとりなら雨の中の夜祭りも風情があっていいが、 子どもを四人もつれてというのは、翌日が仕事ということを考えると躊躇してしまう。 で、日曜の夜だと、次の日が学校もあり保育園もあり、では辛いかなと思い、 今年はなかったものと思ってやり過ごそうと思っていた。 ところが仕事の帰り道、横断歩道を渡る、祭りに向かうと思しき親子連れなどを眺めていると ちょっと出かけてみてもいいかなと思い返して家路に付いた。 家で少しそういう話をすると、やはり子ども達も行きたかったらしく、 どうにもこうにも行かなければ収まりがつかないような状態になってしまい、 夕食後に少しだけ出かけることにした。 三女と四女はもしかしたら初めてかもしれない。 駅の改札を出て雑踏の中を手をつないで進んでいく。 最初はただただ人が多いだけで、そして夜店がたくさん出ているだけで何のことかわからなかっただろうが、 やがて会所前にたどり着くとお囃子が流れ、変な顔をした人が舞を舞っている。 「変な顔」とはもちろんお面なのだが、笑っていてもどこかおどろおどろしい風情に、 三女も四女も顔をこわばらせている。 舞を舞いながらも、時々、お父さんの肩に乗せられて泣きながら握手をさせられた子ども達に、 変な顔のおじさんが柿を手渡し始めた。 すかさず、長女も次女も前に進み出て、なんとか手を伸ばして握手して柿を手に入れた。 それでも三女と四女は断固としてそれ以上近づこうとしなかった。 そうこうしているうちに山車がやってきて、 会所前まで来るとクルッと向きが変わり、山車のおカメと会所の変な顔が出合い頭で踊りあっている。 付近の若い衆がワ―とかいいながら提灯を高く掲げて入り乱れている。 「曳っかわせ」という儀式らしく、僕等には何のことかわからないが、 このお祭りの中で育まれてきた習慣らしいのだ。 山車と山車がすれ違う時にもやはり同じように正面を突き合わせて踊りあうのだ。 山車も基本構造は変わらないのかもしれないが、きらびやかなのがあったり、 木彫りの渋いのがあったり、それぞれ、その町内が大切に祭りを育ててきたことがうかがわれる。 山車はたくさん出るので、前が「曳っかわせ」で止まっていたりするとすぐにつっかえて 当分動かなくなったりして、みているだけの知らない者にはまどろっこしく感じたりもする。 が、その「間」も含めての祭りなのだろう。 それにしても二日間、山車を引く人間もお囃子を奏でる人間も舞を舞う人間も、 交代しながらとはいえ大変なエネルギー消費だろう。 今夜は最後の最後だし、鉦の音も笛の音もところどころもつれているように聞こえた。 ここからは余談だけど、 そろそろ仕事を変えようかな、なんて思っている。 これまでも仕事ジプシーのように中途半端な仕事を中途半端に掛け持ちして中途半端にやって来たけど、 今のパターンは実入りの割に密度が濃すぎて、朝から晩まで、一週間休みなく働いている感じだ。 このままでは何も生産的な事が出来ずに自分を消費するだけである。 どこかで踏ん切りをつけないとな、とは思いながら来たが、 いろいろあって、かなり割り切って考えるようにした。 夜のバイトもひと月前くらいでけりをつけたし、 仕事だけじゃなく、自分の人生のあれこれをリストラクチャしないといけないなと思っているのだ。 尤もこの年になると転職も容易じゃないけど、 今の待遇が悪すぎるという点からするとまだまだ展望はある、かな。 |
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2011年10月17日
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