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いよいよ今年も明日を残すのみ。 相変わらずの毎日だが、昨日よりガクッと仕事が減ってきている。 世の中、28日が御用納めで、御用が納まれば下々も、というわけなのだろう。 僕はといえば、この一月、というより議会が終ったくらいからだが、 仕事以外の時間を工面して倉庫の片付けに奔走している。 季節はずれのものや車のスペアパーツや、いろんなものをとりあえずしまいこむ為に倉庫を借りていたが、 身の回りのいろんなことをスクラップ&ビルド(まだ生きてる言葉かな?)するために、 12月いっぱいで返すことにしたのだ。 月々の賃料がなくなればかなり助かるし、 不要なものをなるべく身の回りから処分してしまおうという考えだ。 仕事の負担が軽かったおかげで、今日ですべて引き払って、予定通り返還できるようにはなった。 ただ、すべて要不要を判断して取捨選択したわけではなく、 大部分、とりあえず運んできただけなのでこれからが大変だが、 とりあえず断固としてリストラを進めていく。 先日、仕事で行田にある“さきたま古墳群”付近を通りかかった。 ちょうどお昼過ぎだったので、“さきたま古墳群公園”に車を止め、 お弁当を食べてから少し歩いてみた。 ここに来るの、15年ぶりくらいかもしれない。 ここらあたりには古墳がたくさん残っているし、 この“さきたま”というのが埼玉県の名の由来だと聞いたことがある。 真偽のほどを確かめたわけではないけれども、 それなりに由緒正しき場所柄のようだ。 それというのも、古墳というのはまさに何らかの国家的統一が図られていた証におもわれ、 しかもその地の最高権力者に近い者が埋葬されたに違いないから、 今でいうところの埼玉県あたりの中では、当時としてはそれなりに意味のある場所だったのだと思うのだ。 近畿地方にある巨大な古墳とは比べるべくもないけれども、 ここにある二子山古墳が、関東近辺の現存する前方後円墳では最大であるそうだ。 考えてみれば僕はこの古墳というものに小学校時代に魅せられ、 図書館で古墳の本を借りてきて萩あたりの古墳を訪ねたような訪ねなかったような記憶がある。 どうして古墳なんかに魅せられたかというと、 やはり前方後円墳のなんとも不思議な形状なのだろうと思う。 社会の教科書や副教材の写真で見た大きな前方後円墳。 これが円墳や方墳だけだったらそれほど魅せられることもなかったかもしれない。 こんな不思議なものが、古代のある時期、日本中に築造されたのだ。 これは、葬送の様式がある程度統一され、その当時の人々の祈りの共通感覚に合致し、 しかも労働力を使ってこんな巨大な築造物を作れるだけの権力者がいたということだ。 そしてその権力者のもとで統治がなされ、その権力者たちが全国的規模で、 何らかの形で結ばれていたということではないかと思う。 そうでなければこの形の墓を作る必然性というものが考えられない。 それほど不思議な形だと思うのである。 家に帰ってきてからウィキペディアをチラリとのぞいてみると、 前方後円墳の由来については諸説あるようである。 が、僕が古墳の上に立って思ったことは、やはりこの方形の部分で祭礼を執り行ったのだろうということだ。 ここの稲荷山古墳という前方後円墳は階段と遊歩道が設けられており、 方形の端っこから円形の頂上まで上がることが出来るようになっている。 そして円形の頂上には、埋葬の痕跡が保存的に展示されている。 基本的には円形の部分が死者の永眠する場所なのだ。 そうすると、墓という目的のみなら円墳で事足り、方形の部分は必要ないことになる。 にもかかわらず円墳と同じくらいの容積の方形部を築造したというのは、 やはりそれなりの理由のあってのことであり、だとすると祭礼を行ったと考えるのが素直ではある。 とまあ、真実の解明は考古学者に任せるとして、 古墳のてっぺんで古代人の生活に思いをはせるのは自由だ。 しかし、つくづく思うのだ。 現代のように科学技術が発達していると、古代人というのは幼稚で単純で、 迷信深くて何も知らなくて、というように思いがちだが、 決してそんなことはなかっただろうと。 組織化された支配被支配関係があり、土木技術もあり、当時なりの科学もあり、 人々の毎日の暮らしがあり、喜びがあり、悲しみがあり・・・。 現代とは環境も空気も食べるものも何もかも違うから「感覚」というものが全く異なったものだっただろうけど、 意外と人のあり方というのは現代と違わなかったのではないだろうか。 ただ、自然に対する畏怖や畏敬の念というのは今とは全く異なり、 よもや自然を征服できるなどとはおくびにも思わなかったであろう。 そこが現代人との決定的な違いであるように思う。 もちろん、現代人だって自然を征服できると思っていないという意見もあるだろう。 しかし、いつかはほとんどのことを科学で解明でき、いろんな不都合を知識や技術で解決できると、 そう思っている節はあらゆる場面で感じるのだ。 なにがどうとは、ここではいわないこととするが、 そういうエゴというか、人間最優先主義というか、 そんなものは大自然の前では通用しないのだということを、 僕たちは学ばなければならないように思う。 その日はそういう、悠久の時に思いを馳せた一日だったが、 夜は学保の会(川越学童保育の会)の役員有志の忘年会があった。 僕は仕事が終ってから駆けつけたのでもう一次会が終ろうかという時間で、 会長がすっかり出来上がっており、いきなり戯言を聞かされる羽目になった。 「鶏がダメだって言うからせっかく海鮮鍋にしたのに、早く来ないからなくなっちゃいましたよ。」 いやいいですよ、この際そんなことどうでも・・・。 というか、あんたが食べたんでしょう。 で、椎茸など頼みながらビールを飲んだ。 今日の眼目は海鮮鍋など食べることではない。 毎日神経をすり減らして保育料値上げ問題に取り組んでる最中から 「終ったらみんなで一杯やりたいですね」 と励ましあっていたということももちろんあるが、 指導員さん方とももっと話がしたいと、僕は考えていたのだ。 役員会などで顔を合わせる機会は多いが、 なかなかゆっくりと話をする機会はないのだ。 だが、実際に保育環境にしろ指導員さんの待遇にしろ、 指導員さんとの関係で決まることは思いのほか多いし、 諸問題解決のために話し合うべきことは多いと思っている。 そして、そのような話し合いというのはもう少し硬い場で行うのは当然であるとしても、 人間同士の付き合いや信頼関係がなければ、本当の意味での話し合いは難しいのだとも思う。 そんなわけで、限られた時間ではあったが、学童のことや学童以外のことや、 いろいろ話ができて有意義な忘年会だった。 保育料問題に端を発し、このブログを読んでくれている指導員さんも意外にいることがわかり、 その意味ではちょっと面映い気もするが、 何しろ書いているときはそんなことは眼中になく、歯に衣着せず書いているのだ。 まずい・・・。会長もときどき読んでいるのだ。 だけど会長は長い文章読むのがイヤだから、3行のうち2行くらいしか読んでないのだ。 この段のはじめのほうはきっと読み飛ばすだろう・・・。 |
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2011年12月31日
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