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僕が大学3年のときに入っていたゼミは 3年生が僕一人、4年生が二人の小規模なものだった。 先生も若くて柔軟で、専門分野以外のことも広く学びあった。 開催場所もゼミ教室でなくても、喫茶店でもどこでも出来るのだった。 ある時「理想の政治体制はどんなものか」が話題になった。 僕は、なんだかんだいっても少数意見でも多数意見になりうる民主主義がいいのではないかと主張した。 一人の先輩は「哲人政治がいい」と主張した。 それは僕にとってはとても意外な主張だった。 哲人政治・・・古代ギリシャにそんなものがあったっけ? その議論がその後どのような顛末になったかは全く覚えていないのだが、 もう、そのことだけで僕はその先輩のことを印象深く覚えている。 そして今も時々、そのことを思い出すのだ。 確かに、ものすごく徳の高い、知識も経験も指導力もある哲人がいて、 全体を見渡しながら大鉈を振るってくれたらどんなにいいだろうか。 下々の生活も十分わかっていて、そういう人にも辛いことにならないように、 甘い汁を吸っているところには容赦なく、将来を見据えた政治をやってくれればいうことはない。 今になればそう思う。 あの先輩・・・。 ただ現実には、人間にそんな全知全能は期待できないから、 それどころか人間なんて欲にまみれたちっぽけな存在だから、 常に誤謬を相互監視して修正しうる民主主義に期待してきたわけだけど。 さて、この間、大阪の橋下市長の言動に注目している。 注目しているというより、ああいうタレント首長の動きはマスコミも 面白がって報道するものだから、今はどうしても彼の動きが突出して見えてしまう。 特に主催する私塾に3000人もの希望者が殺到して、 中には民主党の議員も含まれているというのには反吐が出るのを感じた。 彼の主張云々以前の問題として、長いものには巻かれろ的な、 時流に乗って生き延びようという、他力本願ないやらしさを感じないわけにはいかない。 そのほか、職員の組合活動アンケートにしろ小中学校の留年発言にしろ、 次から次にいろんなことを言うものだから、 こちらも反論のタイミングをつかめずにいたのであるが、 彼が時流に乗っているかに見えるからこそ、 やはりきちんとした反駁を草の根から行っていかなければならないだろうと思っている。 一つ一つの言動についての反駁は今日はおくとして、 僕が気になっているのは彼のやり方と人権感覚だ。 まず、組織内部(大阪市なり維新の会なり)でどれくらい議論を積み上げているのか知らないが、 マスコミで報道されるときには、いきなりボンと自分の価値観を押し付けてくるかに見える。 有無を言わせない形で、踏み絵を踏まないのはキリシタンだといわんばかりに。 そしてその価値観が、弁護士出身とはとても思えないような人権感覚である。 恐ろしいことに、組合活動アンケートは特別顧問の弁護士により実施されたということだし、 どういうブレーンを揃えているのだろうかと思ってしまう。 大阪府労働委員会から異例の中止勧告、 弁護士会も「基本的人権を侵害している」と表明したらしいから、 やはり突出しているのだろうと、僕は思う。 つまり、僕のほうがズレているわけではないと思う。 昨日ラジオを聴いていると五郎さんとかいうコメンテーターが 「大阪人はそもそもオカミなんて信用してないから、おもろいならやらしとけ、位の感覚だ」 みたいな発言をしていて、本当にそうならまあ、一安心というか、 彼に絶対的な支持が集まっているわけでないのなら不幸中の幸いだが、 現実的に彼は市長なのだし、行動派であることは確かなので、 どんどんどんどん、これまで積み上げてきたものが切り崩されていくように感じる。 もちろんそれは、大阪市民の決めることであるから仕方のないことではあるが、 彼のやっていることがこれからの流れであるかのように人々が勘違いし、 国政レベルでも、あるいは彼のやり方をまねるような地方の首長がたくさん現れたりしたら、 やっぱり世も末だといわざるを得ない。 というわけで、 僕などがこんな場末でこぶしを振り上げたところでどうなるものでもないかもしれないが、 僕は僕で今出来ることをやっていこうと思う。 そして、彼のやり方が時流にならないように ほかのところで同じように発言をしている人もいるであろうことに希望を持ちたいと思う。 彼のやり方は全然民主的ではないし、 かといって哲人政治とは程遠いものなのだ。 |
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2012年02月24日
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