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川越では昨日今日と川越まつりが開催された。 よそ者の僕にはどれくらい古いお祭りでどんないわれがあって、 川越の人がどれくらいこのお祭りを大切にしているのか、なかなか知る機会はない。 が、僕の故郷も古い町であって、古くからのお祭りがたくさんある。 だから“お祭りのある町”というのはいいものだなと身に染みている。 ただし、お祭りが古ければ古いほど、その町が古ければ古いほど、 そのお祭りを催すための“しきたり”というかローカルルールが厳しかったりする。 であるがゆえに外から来たものは本当の意味では入りづらい。 それは合理的とか不合理だというのを超越していて、 例えば「相撲の土俵には女性は上がれない」というようなものに似ている。 ともかく、昨日も今日も仕事があったので、夜の7時ころから、 次女以下三人の子どもをつれてお祭りに出かけた。 昨日から、長女のお友達が二人ほど泊りがけで遊びに来ている。 昨日は学校が終わってから川越祭りの見物、 そして今日は朝から、山車を曳くのに参加させてもらうことになっていた。 これは一緒に保育運動をやっている、古くからこの町に住む保育士のKさんのご厚意によるものだ。 どこの町内でもが、そうやすやすとよそ者を受け入れてくれるわけでもなかろう。 朝、その町内に三人を連れていき、夜から僕も合流することになっていた。 ところが夕方すぎてさすがに疲れたのか、三人ともリタイアしてしまったので、 結果的には次女以下総勢4人で“ひきっかわせ”に参加した。 まあね、天気もよかったし、昨夜は夜中まで起きていたようだったから 中学生たちはエネルギーが切れたのかもしれない。 参加して初めて分かったのだが、 昔から祭りに参加して山車を曳いているのと、 ぽっと列に入るのでは楽しみ方のレベルがまるで違う。 山車のすぐ近くで方向転換をしたり舞台を回したりしている人は別として、 曳いている人は力の抜き加減なども心得ている。 山車は止まっている時間が長いから、適度に列を離れてお酒を飲んだり、 ということも自由自在だ。 多少そういうことをしないと、初参加では気が張って体も堪えるかもしれないが、 周りが知らない人だらけではそれもしづらいかもしれない。 とはいえ、丸二日間、準備の時間を入れればもっと長い時間、 このお祭りに関わっている町内の皆さんも疲れないわけはなかろう。 そうではあろうが、それを含めてお祭りを楽しんでいるということでもあるのだろう。 若い人たちは思い思いに衣装に工夫を凝らし、 例えばそろいの着物の下には柄物の着物をあつらえたり、 自前の舞い装束をあつらえたりということもしているようだった。 提灯にも自分の名前が入っていたりする。 そういうのも、地元で同じ祭りに参加し、 同じ山車を曳く仲間だからこそ内輪で盛り上がれるということもあるのだろう。 老若男女、それぞれにお祭りを大切にし、楽しんでいる様子が見て取れた。 それはそうだろう、産まれた時からお祭りが存在し、 外から傍観する者ではなく、お祭りを作る側として参加することが運命づけられていたのだから。 さて、長女たちは参加してどういう感慨を持ったのか。 そのうちまた話題にしてみようとは思っているが。 それにしても川越まつりはわからないことだらけだ。 なぜ山車と山車がすれ違う時にわざわざ舞台を回して面を合わせ踊りあうのか。 山車と山車だけでなく、会所などを通り過ぎるときも同様だ。 囃子連として参加して道端の舞台で踊っているお囃子と、 山車の上で踊っているお囃子は同じものなのか違うものなのか。 そもそも、踊りも何かストーリーがあるようだが、どういうものなのか。 山車と山車が面を合わせて踊り合っている時に、 提灯を持った若者たちがワーッと騒ぐのはどういう意味があるのか。 そういう疑問も、参加してみれば多少は解消するかと思ったが、 少なくとも夜の2時間かそこら参加しただけでは何もわからなかった。 まあ、そういうことは何かパンフレットか何かに書いてあって 訳もなく解決する疑問かもしれないが、 これまで何年も外から眺めるだけの川越まつりとは全然違ったものになったのは確かだ。 子どもたちも(特に下の二人だが)、昨日とは全然違うはしゃぎ方をしていた。 疲れたので寝るとするか。 中学生のお友達二人は今日もうちに泊まっている。 明日、そろって三人で登校するということになっている。 お友達二人は川越まつりも初めてだったようだし、 うちのような、狭くいところに人がたくさん住んでいる潜水艦のような家も初めてだっただろう。 週末の異文化体験はどうだっただろうか。 どちらにしても、刺激的であったことは確かだろうが。 |
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2014年10月20日
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