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今日は天気予報が見事に的中して午前中は雨。 ちょっと残念だったが自由の森の「森のフェスティバル」に参加してきた。 なかなか、仕事優先で自由の森の行事やイベントや運営などに関われないでいるのだが、 今日は自分がパフォーマンスに手を上げて時間をいただいていたのでこちらを優先したわけだ。 「仕事優先」というのも、もちろん僕が仕事の虫だからではない。 子どもたちを自由の森に通わすにもお金がかかるし、 自分も音楽活動や発信活動、学習活動など行っていきたいから、 単にカツカツ生活できるだけの収入に甘んじるわけにいかないからである。 そう、世の中はなかなか難しいものだ。 自分がやりたいことをやるには、本当はお金と時間と両方必要だ。 だが、両者はなかなか天秤の上でうまく釣り合ってはくれないのだ。 だから、多少無理をして帳尻を合わせながら生きていくほかはない。 もちろん、貧乏人は貧乏人なりの知恵を働かすということも必要だ。 例えば半額に値下がりした食材を買うとか。 今日はものすごくうれしいことがあった。 演奏を終わってギターなどを仕舞っていると 「○○ちゃんのお父さん!」 と声をかけられた。 次女のクラスのお父さんとお母さんだった。 入学式以来、このクラスには全く関われていないので、 保護者の皆さんの顔もほとんど覚えていないままだ。 でも、このお父さんには見覚えがあった。 クラスの役員決めで真っ先に手を上げてくれたからだ。 僕は手を上げてもどうせあまり関われないだろうと思って手を上げなかった後ろめたさもある。 今日は、このイベントに参加するという目的はもちろんだが、 僕が自由の森に来るというので会いに来てくれたということだ。 それというのも、このブログを読んでくれていて共感することも多く、 「ぜひ話してみたい」 ということがあったからだそうだ。 僕が自由の森の行事には出不精だったので、 この半年間会えずにきたということだろう。 僕としてもこれほどうれしいことはない。 ブログを読んでくれているということももちろんだが、 今のところアウェーになってしまっている次女のクラスで保護者の友人ができたのだ。 今日をきっかけに、また楽しい自森ライフを作っていけそうだ。 自由の森でいつも思うのは、親が全然ギスギスしていないということだ。 個性的な人も多い。そう、「この人芸術家なのかな?」と思うようないでたちの人とか。 が、そういうひとも全然奇をてらってやっているのではなく、 「これが私のスタイルなの」 といった感じで自然体なのだ。 そういう人だから自森を選ぶのか、 それとも自森の敷地に入ったとたんにそういうゆとりが生まれるのか、 それは今のところわからない。 僕は「たった一度の人生なんだから、あまりギスギスしないで生きようよ」 と思っているので、こういう環境は心地よい。 多分、子どもたちにとっても同じではないかな、と思っている。 親や学校や先輩からギッチギチに制約されると、 やっぱり人間として十分に開花できないのではないか。 たとえ「いい」大学や「いい」就職先に入れたとしても、 それは人間としての開花とは違うことではないかと思う。 まあね、そんなことを言っても連中からは「負け組」の烙印を押されるんだけどね…。 半額の食材を漁っているようでは。 そのほか、結構いろんな知人にばったり会って話しをしたり情報交換したりと、 久々にキャンパスに足を運んだだけのことはあった。 それから「自由の森9条の会」のコーナーでは寄せ書きをやっていたのでそれに書きこみをしたり、 ビデオ上映のコーナーでは国会前のアピールの映像や長女のサンバカーニバルの映像を見たり、 ピザを食べたり焼きりんごを食べたりカレーを食べたりコーヒーを飲んだり。 鉄道研究会の電車にも乗った。 帰り際には役員さんから声をかけられて「炭焼き」イベントに誘われた。 これは理事長の鬼沢さんの発案らしく、 キャンパス内の枝を払い、 それを48時間かけて焼いて炭にして、 それで春先に河原でバーベキューをしようという、 ほぼ半年がかりのイベントらしい。 結構、いろんなイベントが開かれているのだ。 星を眺めるイベントとか、草取りをしてカレーを食べるイベントとか。 だから親も楽しめるのだが。 炭焼きイベントは面白そうなので参加してみようかなと思っている。 |
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2015年10月11日
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