会長うたかた記

日々の子育てを楽しく、日々の生活を快適に

保育や給食に関すること

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今日は保育園の夕涼み会。
朝からどんよりと曇っていたところ、昼ごろには太陽が照りつけ、
3時には子ども達のお迎え。
「今年は何とか持ちそうですね」と先生方と話したのも束の間。
ちょうど夕涼み会が始まる直前、4時半ごろにポツポツと雨が降り始め、
ゴロゴロと雷が鳴り出した。

去年も雨だったのだ。
やはり時期が悪いのだろうか、毎年まず梅雨が明けていない日取りである。

オープニングの荒馬踊りは園庭で行い、そのあと出店や飲食は屋内で行うこととなった。
結果的に雨は降らなかったので全部外でも出来たのであるが、それは結果論で
いつ落ちてくるともわからない大粒の雨を考えての処置である。

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出店は子どもたちや職員が作ったおもちゃを並べた店がいくつも出て、
子ども達には色とりどりの引き換えチケットが配られている。
それからパンや駄菓子、飲み物などはあらかじめ各家庭で注文してチケットが配られている。

年長の子どもたちは荒馬踊りでも顔に化粧をしてカッコいいところを見せ、
出店でも交代で店番をする。
保育園ではいわば羨望の的だ。子どもたちは物心がつくにつれ年長(ライオン組さん)に憧れるのだ。
子ども達から見ると自然と上の年齢に憧れるのだが、当然、そのような目標を持って保育が行われる。
保育園のことをよく知らない人は子どもたちがただ群れて遊んでいる場所のように思うかもしれない。
また、小学校入学前の時期を「幼児教育」と過度に強調する最近の傾向からは、保育園における幼児教育が、
なにか物足りないもののように感じるかもしれない。

しかし、そうではない。保育というのは毎日の生活のなかで年齢に応じた発達を保障していこうとするものである。
どのクラスも一年の計画を定め、その目標にむかって時々に検証を行いながら保育を行っている。
それは公立であろうが法人立であろうが、あるいは保育園であろうが幼稚園であろうが基本は変わらないと思う。
ただ、保育(幼児教育)にも様々な考え方があり、また予算の問題や態勢の問題もあったりで、
施設による相当のバリエーションが生まれているのである。

僕は発達の観点から見た川越公立園の保育は概ね支持しうるものと考えている。
だが、今より良くしていくことは無限にできるものだし、満足にあぐらをかいていてはこぼれるところが出てくる。
それに例えば障害児保育、統合保育といった分野ではまだまだ及第点に及ばないことがままあって、
よくする会としても活動のペースを落とすことが出来ないのだ。

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といっても、活動のレベルは様々だ。
たとえば、問題解決のためには主として川越市を相手方として交渉すべきものがある。
あるいは主として保育者がスキルを高め、あるいは園としてコミュニケーションを密にして対応すべきものもある。
あるいは保育者と保護者が一緒になって考え、行動するのが近道である事柄もある。
その事柄に応じて、よくする会としての係わりの程度や方法が異なるのも当然である。

そんな難しい話は一旦置くとしよう。
6時になり飲食の時間が終了して、今度はまた園庭に出て、第二部である川馬(かば)の会の公演鑑賞だ。
保育士や保護者も入って活動している団体で、太鼓を核とした各地の民俗芸能を演目としているようだ。
今日もエイサーあり、小笠原の太鼓あり、三宅島の太鼓あり、なつかしい(あの埼玉合研のオープニング
を飾った)かがやけばやしあり、で子どもたちも保護者も保育者も、うっとりしながら魅入っていた。

こういった民俗芸能を大切にしているところも、川越の保育の素晴らしいところだろう。
夕涼み会や運動会では、多くの園で荒馬踊りを演目としているようだし、
折に触れて子どもたちに生の演奏を聴かせる機会を作ったりもしている。
最近になって小学校の音楽のカリキュラムに「和楽器に触れよう」みたいなものが出来たようだが、
生活の中で自然に触れるのが何よりである。
ありとあらゆるエンターテインメントが溢れかえる今日にあっても、太鼓の響きや笛の音に血沸き肉躍る感覚を、
日本人なら醸成していってほしい。

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7時になり、黄昏が訪れかけたころに夕涼み会は終わった。
家に帰ってしばらくしたら、また激しく雨が降り始めた。
一部屋内での開催とはなったものの、今日はツイていたんだな。

これで明日が休みならいうことないんだが、
現実はそう甘くはないのだった。




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春にしては寒い日が続いているが季節は春。
年度末・年度初めでもあり、様々な行事あり、仕事もありで忙しい日が続いている。
先月お見舞いに帰郷した叔父が退院したり、保育園では入園・進級を祝う会があったり、
取り上げて日記として残したいこともいろいろあったのだが、深夜まで体力が持たず、
今日になってしまっている。

といいながらも今日もシンデレラタイムをとうに過ぎているし、
明日も仕事あり、雑用ありで忙しいので
せめて記録を書きとどめる程度にしておこうと思う。

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“入園・進級を祝う会”とは、新入園児にとっては入園式であり、
在園児にとっては進級式?であるちょっとした式典である。
うちの園では全園児と職員、それに主として新入園児の保護者がホールに集まり、
園長・副園長の挨拶から始まり、入園・進級した園児の紹介やクラス担任の紹介、
それに4歳児・5歳児の歌程度を行った。

時間にすれば30分かそこら、それほど大げさなものではないが、
それでも初めての新入園児の保護者などはそれなりに感慨深げだったりするのである。
僕も四女が他の園から転入できて、新入園児の親として参加した。
三女のクラスの子どもたちが集まってきて「この子だれ?」など、
根掘り葉掘り質問され、子どもたちと楽しいひとときを過ごした。

実は何年か前、この式典がほぼ全園で中止にされたことがある。
「出席できない保護者もいる」と市にクレームがあったとか、
異動になった職員の辞令交付式があるからとか、理由はいろいろと取りざたされたが、
園長会の申し合わせみたいな感じで決まったのではなかったかと記憶している。

僕は節目節目の行事や式典は、子どもたちにとっても保護者にとっても職員にとっても
とても大切だと思っている。だから本当の理由がどうあれ、広汎な議論なしの決定は不服であったし、
よくする会でも議論し、あるいは市にも話をし、折に触れて話題にしたのだったと思う。
その結果なのかどうかはわからないが、翌年からはまた、ほとんどの園で実施されているようである。

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式典の後はクラスに移動し、子どもたちがおやつを食べるのにつきあいながら先生の話を聞き、
一日目の慣らし保育を終える。
さすがに若いお母さん・お父さんがほとんどだからダントツで先輩格なのだが、
そんなルーキーの保護者達を眺めるのも春らしいのであった。

というわけで、入園・進級を祝う会に乾杯である。





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もうすぐクリスマス。
皆さんの周りでもそれらしい雰囲気が盛り上がってきていることだろう。

先日、長女が新型インフルエンザで学級閉鎖になった時のこと。
しかたなく用向き先へ車で連れて歩いているとカーラジオから
「うちの子はいつまでサンタクロースを云々」
というような話題を面白おかしく話していた。

やめてほしいな〜。昼間だから子どもが聞いていないとでも思っているのだろうか。
この手の、無邪気な大人の罪のない話が一番困るのだ。
子どもの夢を壊すようなことはやめましょう。

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今日は仲のいい保育士さんに頼まれて、とある保育園でサンタ役を引き受けた。
あらかじめシフトをやりくりして今日に備え、子どもたちがホールに集まったころを見計らって保育園へ。
お姫様のような格好をした園長先生が出迎えてくださった。
なんでも、園長先生もサンタを先導する妖精の役なのだそうだ。
あいさつもそこそこにサンタの服を着、つけひげなどつける。
「髪が黒すぎますね〜」と僕が言うと、
「もっと帽子を深くかぶって」といいながら、園長先生が綿を後ろ髪のあたりに貼り付けてくださる。
子どもたちは2階のホールでヘンデルとグレーテルの劇を見ているのだ。

それから「コーヒーでもいかがですか」と園長先生がコーヒーとミカンを運んできてくださった。
つけひげは両耳にひっかけて鼻から下をあまねくカバーし、あごの下まで垂れ下がる仕組みになっている。
たとえて言えば、綿でできたすだれのような三角巾を耳から垂らしている格好だ。
追加で綿をくっつけたり細工をしているからもう終わるまでは外せない。
すだれをあげてコーヒーカップを口元に運ぶ。

「う〜ん、うまい」と何口か飲んでいるうちに、すだれのうちの一本がカップの中につかったようだ。
しずくがはねて危うくサンタの服を汚しそうである。
少なくとも白いすだれは多少、コーヒー色に染まってしまった。
「やばい、やばい」あわててティッシュで拭って急場をしのいだ。
「まあいいか。本物のサンタも髭にコーヒーくらいこぼすだろう。」

「出番ですよ。」
そうこうしているうちに妖精の園長先生が呼びに来てくださった。

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クラスごとに渡すプレゼントがでっかい袋にたくさん入っている。
その一つをかついで2階のホールへ。
園長先生がシャンシャンシャンと鈴を鳴らしている。
満場の歓声に出迎えられてホールに入る。

僕にサンタ役を頼んだ保育士さんは司会をやっていた。
それからあらかじめの打ち合わせ通り、子どもたちとのやり取りがあるのだが、司会者が仲立ち役、
僕はしゃべる真似をするだけでいいのだった。
子どもたちはグループに分かれてサンタに質問。
「せ〜の、そりはどこに停めてきたんですか!?」
そしてまた、司会者の回答がいちいちしょっている。
「今日はやっぱり寒いからそりで来たんだって。それでみんなに見つかるといけないからそりは雲の上に停めてあるんだって。それで帰りにまた迎えに来てもらうの。」

そんなやり取りをいくつかして、次はクラスごとにプレゼントを渡す。
年齢が上がるごとに動きが意識的になって、握手を求めてきたり声をかけてきたり。
毎年のことだから慣れてきているというのもあるのだろう。
それでも、あくまでも本物のサンタとして接してくれる。
誰もニセモノが服を着ているとは扱わないでいてくれる。
子どもたちにとってはどこまでも本物のサンタなのかもしれない。

そしてクラスごとに記念撮影。
小さいクラスには泣き出す子もいるが、3歳から上になると膝の上に乗ってきたり、
サンタの隣で写真に写ろうとポジション争いをしたり。

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歓声に見送られながらホールを後にし、急いで服を脱いで保育園を出る。
子どもたちに見つかっては元も子もないからだ。

子どもたちの楽しそうな様子を見ながら、この子どもたちがすくすくと育っていける条件を守っていかなければならないなと、改めて思った。
サンタくらいならいつでも引き受けよう。
だが同時に、よくする会の会長としてできること、やるべきことはそれだけではない。
これは重責であるが、やりがいがあることでもある。



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今日は家人が帰ってくるなり「パスタがいい」と言ったのでスパゲティを作った。
他のメニューを考えていたので急きょの変更で、変わり映えのしないものではある。
マクロビオティックの塩からい料理を食べているいと、疲れて帰ってきたときくらい緩めたい、
というのも十分に首肯しうる。またそれもマクロビオティック的に理にかなってもいる。
ついでにオニオンスープも作ったが、これは子どもたちの大好物。
味付けはほとんど塩だけなのでかなり塩が効いていることは確かなのだが、
目先が変わるとまた行けるということだろう。

食後はありあわせの豆を水煮しておいた。
明日は小学校のメニューが「チリコンカン」なのだ。
保育園と合わせると結構な割合で持参メニューがあり、
「もう少し何とかならないのかな〜」というのが正直なところである。

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さあ、給食がらみで先日の「つどい」兼田さんのお話しについて、内容に踏み込んでいこう。
といってもストーリーがしっかりある講演とは異なる企画だったのでまとめるのは難しいな。

昨日のブログで給食調理員の地位、立場についてずいぶんと言及した。
これとの絡みでいうと、兼田さんの実践は常に給食の地位を保育と同等に引き上げるものであったと思う。
「保育と同等」というと語弊があるかもしれない。「保育としての給食」という位置づけを築きあげるといえばいいか。
たとえば「愚痴を愚痴で終わらせない」。
日常気になったことや困ったことについては職員会議で議題にする。説得するためにレジュメを作る。
給食関係者も保育園では保育者なのだから、職員会議で子どものために議論をするのは当然のことだ。

それから毎日の「給食日誌」。
B5判の紙にその日のメニューと、その日起こった印象的なことが大きな字で簡潔に記されている。
これはメニュー見本の横に毎日貼りだされるのだ。
何が書いてあるかというと、給食を仲立ちにしての子どもたちとのやり取りが大半。
保護者の皆さんも保育に関しての連絡帳は毎日気にかけて見てるだろうが、
給食の先生が書いたものは見たことがないのではないか。
でも、もしこんなものが毎日あったら、「給食の先生も自分の子どものこと、ちゃんと見てくれてるんだな」
と嬉しくならないか。
書くほうだって子どもとの触れ合いがなかったら書けないからおのずと保育者目線になってくるだろう。

毎月の献立メニューは何よりのメッセージだ。
どんな思いでどんなものを食べてほしいか。それが表れるのが献立表であり、
さらに保護者にどう伝えたいかによって体裁もずいぶんと変わってくる。

この点、川越の献立表について一言アドバイスをいただいた。
それは「献立とメッセージがまったく対応していない」というものだ。
資料として兼田さんに送ったものが6月とか7月とかのものだったと思うが、
献立の下に毎月、栄養士からの一言欄が設けられている。
たまたま「食事バランスガイド」についてのものだった。
国から降りてきた言葉そのままの「食育」についての「○○しましょう」的な言葉と、
印刷がつぶれて何が何だか分からない小さなコマの図(知ってる人は知ってるでしょ?あの図)。
自分が立てた献立に関連して保護者に伝えたいことを書くのならともかく、という批判と、
書くにしても自分が理解して自分の言葉で書くべきでは、という二つの点で不満だと言われた。
そうなんだよね〜。市役所にいて全く現場感覚なく、親を指導の対象にしていやがる。
僕なんか、はなから読まないけどね、悪いけど。

それから兼田さんは毎月、「離乳食だより」というものを作って保護者に配っているそうだ。
離乳期の食がいかに人間にとって大切か、ということはここで論じるまでもないが、
なかなか親たちの理解の及んでいないところでもある。保育園ではこういう考えでこうしてるとか、
家庭ではこうしてほしいとか、こうしたらうまくいくとか、そんなメッセージが詰まっているのだろう。

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こちらの保育現場からの質問として「箸やスプーンの持ち方の指導がなかなかうまくいかない」というのがあった。
兼田さんからは「どうしてうまく使えなきゃいけないと思う?」という逆質問。
そして、「子どもたちのほうからやってみたい気持ちになることが大切」というヒントを教えてくれた。
朱い実保育園での取り組みの紹介。
毎月の誕生会のメニューを7月は「流しそうめん」にする。
箸を使う対象年齢は3歳だったか4歳だったかメモし忘れたが、そのクラスではいきなり7月では難しいので、
6月に給食で「にゅうめん」の日を設け、なんとなく使わせながら「こんなん、あるねんで」と7月の予告をしておく。
子どもたちは楽しみだから、おうちで練習してみたりもするのだろう。
そして7月。竹樋から流れてくるそうめんを、子どもたちは箸を誇らしげに持って待ち構えるのである。
8月の誕生会ももう一度、流しそうめんをする。

いや〜なんてすばらしいんだろう。保育の仕事って、なんて面白いんだろう。

ここで強調しておくが、「公立だから出来ない」とか「園長がうんと言わないとできない」ではない。
受け取るべきはそのエッセンスである。
自分の園なら何ができるのか。自分だったらどうするのか。
まったく同じことをする必要はないし、猿マネをしていても自分の保育の技量は上がらない。

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そんなわけで、兼田さんの企画はとても面白かったし、大切なメッセージがたくさん詰まっていた。

それにひきかえ、と言っては申し訳ないが、保育園も小学校も、川越の現状を見ると暗澹たる気持ちになる。
これからどうやってこの山を動かしていくか。やりがいのある仕事ではあるが、
まずはもっともっと仲間を募っていくことかな〜。


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今日はずいぶんと冷たい風が吹いた。
昨日が暖かかっただけに余計に寒く感じるのかもしれない。
まあ、寒かろうが暖かかろうが、平凡な一日が過ぎていくことに変わりはないのだが。

平凡な中にあえて事件を見出すとすれば、子どもたちの宿題をめぐってひと悶着あったことだろう。
学童に子どもたちを迎えに行って帰宅するのがおよそ6時半。
学童で宿題タイムがあるはずなのに帰宅してから延々と宿題をやっている。
その結果、夕食がどんどんずれ込み、寝る時間もずれ込み、朝起きるのもつらくなり・・・。
いろいろと理由はあるだろうが、お手伝いをしたくないという気持ちもあるのではないかと邪推している。
僕的には宿題よりお手伝いの方が重要度大であるし、なにより現状としてあり得ないので工夫を促した。

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さて、昨日の続きである。
今日は兼田さんの企画の成果について触れてみようと思う。
といってもこれは、第一次的には参加した個人の内面に発するものゆえになかなか検証するのは容易でない。

まず講演中は皆さん熱心に聴いていたようだったが、発言タイムは昨日も記したように、どんどん手が上がるというような状況ではなかったのである。
だが講演後、兼田さんのもとには参加者が入れ替わり立ち替わり訪れ、思い思いに話をしていた。
また、兼田さんが持ってきたたくさんの資料にも人だかりができていた。
やはり兼田さんからのメッセージを皆さんが受け止め、共感し、表現したかったのだろうと思う。

そんな参加者の代表として、僕の友人の例を挙げてみよう。
彼女は以前、公立保育園の調理員をしていたが、いろんなことがあって現場を後にした。
僕が知り合ったのはもう調理員ではなくなってからであったが、兼田さんの話を聞いてほしいと思い
誘ったら参加してくれたのだった。
で、企画終了後、彼女の感想を聞くことができたのである。

彼女は「もっと早く今日の話を聴いていたら現場にとどまることができたかもしれない」と言っていた。
それは今だから言えることで、当時聴いていたとして本当にとどまることができたかどうかは定かではない。
だが、それほどのインパクトを、彼女が感じたことは確かなのである。
つまり、彼女はとても思いの強い人で、給食調理員として子どもたちと関われることに喜びを持っていたと思う。
しかし現時点でのほとんどの自治体の公立保育園においては、給食調理と保育の間には著しい断絶がある。
彼女はそのはざまで悩んでいたのだと思う。

兼田さんの実践は、朱い実保育園(民間園)だからできたといえばそれまでかもしれないが、それにしても
給食室と保育室とを限りなく接近させるものであったと思う。兼田さん自身が、保育園の栄養士であり調理員
であるとともに保育者なのである。
そんな兼田さんの実践や、それに至る動機や、経過や、を聴いているうちに、たぶん彼女は「もっとやってみたかった」と思ったのではないか。
それくらい、保育園の給食室は面白い仕事だし、保育に欠かせない仕事だと思う。

だからといって彼女が「もっと早く聴いていれば」と言ったのは、決して後悔なんかではない。
そういう気づきがあって、それが彼女をもう一段強くしたのだと思う。
いいかえれば、「これからやってやるぞ」という彼女の決意表明であるともいえるに違いないのである。
むろん、それは給食調理をもう一度やる、ということを必ずしも意味しない。
その気持を持っていれば、活躍する場はいくらでもあるのだから。

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(ユーモアたっぷりに論を進め、大きなジェスチャーで会場を沸かせる垣内先生の記念講演)

給食セミナーの準備の運動を通じて、僕たちは「給食を『保育園の給食』として位置づけよう」ということを
一貫して主張してきた。それは、保育と給食の現場の溝をなくすことでもあるし、給食調理員が保育者としての
自覚と誇りを持つことでもあるし、保育士や行政が栄養士や給食調理員を保育者として認めることでもある。
それは「食育」とかなんとかいって「まごわやさしい」とか叫ぶよりもはるかに核心的なことなのである。
逆説的にいえば、それがないのにどうやって「食育」ができるのか。

それと同時に思うことは、いかに僕たちの運動が大切かということである。
例えば彼女が給食調理員であった間にも、僕たちはいろんな取り組みをしていたのだし、給食セミナーだって
毎年開かれているのだ。だが彼女は昨日まで、兼田さんの(というかそういう思いに)触れる機会を持ち得なかった。
反対に、僕たちの声が届き、僕たちが主催するイベントに参加してくれ、救われた人もいるかもしれない。
企画の後、兼田さんのもとに集まった人にもそういう人がいるかもしれない。
何が言いたいかというと、自覚した人間が常に声をあげ、行動し、訴えていくことが大切だということだ。
一人でも多くの人に、あるいはこの社会の隅々にまで、僕たちのメッセージを伝えていかなければならない。

それを僕は一昨日の懇親会の場で「イデオロギー闘争」という言葉で表した。
そうしたらユキさんが「そんなの嫌だよ〜」と顔を曇らせた。言葉の意味を理解しなかったのだろう。
この世の中で支配的なイデオロギーは僕たちの考え方とは違うものなのだ。
たとえば公立保育園の給食調理員は栄養士の指示のもとに言われたことをやっていればいい。
職員会議に出る必要もないし、保育に首を突っ込むべきではない。ただ一生懸命給食を作ればいい。
そんな支配的なイデオロギーに対抗して、給食調理員のプライドや喜びを語っていくことはイデオロギー闘争以外のなにものでもないのである。




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