会長うたかた記

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釈迦堂遺跡博物館へ

2019年2月23日(土)

「子どもの貧困」について学ぶ中で、
浅井春夫先生が提唱されている「体験の貧困」という概念が気にかかっています。
お金がないということは、食べる物や着るものにお金が回らないというだけでなく、
普通のご家庭の子であれば体験できるであろう様々なことを体験できない、という訳ですね。
例えばお友達どうしでディズニーランドに行くとか、家族で外食するとか、
夏休みに家族旅行するとか、休日に潮干狩りに行くとか。

そういう「体験の貧困」もまた総体として「学び」や「興味」の貧困につながっていくばかりでなく、
貧しいことへの恥ずかしさとか、自信を持てない、自己肯定感が低い、
そういった負の感情を増幅させることにもつながりかねない。

僕もやはり貧しい部類ですから、自分の子どもたちの「体験の貧困」をどうカバーするか、
常に考えておかないといけません。

今日は山梨で仕事がありましたが、それなりに時間の取れる日程、しかも土曜でもありました。
それで三女と四女を連れて出かけた次第です。
先日、自分一人で訪れた釈迦堂遺跡博物館の縄文式土器が素晴らしかったので、
それを見せてやりたかったのです。
これなら仕事を休まずに済みますし、旅費が別にかかることもありません。
もちろん、潤沢に時間が使えるわけではありませんが、まあ、貧乏人の知恵ですね。

イメージ 1

この博物館は中央道の釈迦堂パーキングエリアのすぐそばにあり、
パーキングに車を止めて歩いて登ることができる丘の上にあるのですね。
ちいさいですが、展示も展示物もとても充実しています。

今日は受付で子どもを見つけた館長さんがわざわざ出てきてくださり、
小学生にも興味が持てるようにほんの少しお話をしてくださいました。
例えば「埴輪と土偶の違い」。
埴輪というのは「人のために」、例えば貴人の埋葬のために作られるもの、
土偶は「自分や自分の家族のために」作られるもので、妊娠した女性の像だそうです。
こどもが無事に生まれますように、だとか、多産や豊穣など祈りを込めたのではないかと。

この釈迦堂遺跡は中央道の工事の際に発見され、土偶片の出土がとても多いそうです。
前回僕が訪れた時は「1016」(だったと思う)という特別展も併設されていて、
すべての土偶片が展示されていました。

この館長さんのお話は、今の僕にはとても考えさせられるものですね。
虐待とか子どもの貧困とか、この縄文人の祈りに較べるといかに病的であるか。

展示には女の人の髪を結った姿の模型だとか、
装飾品の数々もあるのですね。
縄文人などと言うと、想像もできないくらいに昔のことだし、
狩猟をして暮らしていた粗野なイメージがありましたが、
そんなことはまったくないのですね。きれいに髪を結って、
そう、例えていうなら先日僕がライブを観に行った元ちとせさんですね。
あんな感じでお団子が頭上に二つできる感じで結われてました。

生活は厳しかったのかもしれませんが、ちゃんと身支度を整え労働にいそしみ、
そしてわが子や家族の健康を祈っていたのだと思います。

現代のお父さんやお母さんたちがシンプルにそういう祈りの境地に立てないのだとしたら、
その原因はどこにあるのか、やっぱり僕たちは考えて観なければならないのではないでしょうか。

イメージ 2

それから、僕がとてもハマっているのが縄文式土器、それも「水煙文土器」とよばれる、
縄文中期ごろの土器です。
かなり大型の土器の上部に取っ手の様に装飾が盛り上がっているのですが、
どうやら滝壺に落下した水からたち登る水煙をイメージしたのではないかというのですね。
とても流麗でかつ力強い造形です。しかも手が込んでいるのに破綻なく形作られています。
いくら見ていても飽きません。

土器には、他にも取っ手に蛇のモチーフが用いられているものがたくさんあったり、
抽象的な渦巻き模様が連続するものがあったり、
ちょっと現代人の感覚では思いつかないようなセンスなんですよね。
どちらかというと、エジプトとかメソポタミアとか、
そちら方面の昔の土器ですよといわれれば素直に信じられるような、
そんなものがたくさんあります。本当に面白い。

子どもたちもとても興味深げに見てました。
それがすぐさま何かになるというものではないですが、
きっと心の肥やしになっていくのではないかと思います。

そうそう、今回の川越市報にも土器や古墳の話題が載っていましたね。
うちの近くにも小さいながら古墳がいくつかあって、
時々、公民館でそれについての講演会とかやってるみたいで、
そういういのもとても興味あるのですが、
子どもたちも市報のことを話題にしていましたね。

二言目には生産性とか効率とかが問題にされる時代ではありますが、
こういった歴史や文化や教育にしっかりとお金をかける行政であってほしいとも思います。

というわけで、今日もまたいろんなことを考え、感じた一日でした。









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保育園のサンタで

毎日、あいわらず悲惨な事件や事故が相次いでいる。
子供が犠牲になったり、子どもの目の前で両親が犠牲になったり・・・。

プライベートの音楽活動では昔作った『サンタにお願い』という曲を引っ張りだして歌っている。
これは「子どもの貧困」ということばもそれほどは広まっていなかった頃、
そんな問題を歌にしたものだ。
もちろん、現実はこんな単純なものではないことは百も承知なのだが、
そしてまた、歌など歌っても現実はちっとも変りはしないのだが、
社会に対してどういうスタンスで臨んでいくかということは大切だろうと思う。

例えば先日行った大竹さんの学習会などは、
聴いた保育士さんが自分の保育に磨きをかけるきっかけになったり、
保護者が自分の子育てを見直すきっかけになったりと、
現実に社会を変えていく可能性のあることだろう。

目の前の、できることからやっていくということだ。

イメージ 1

昨日は、ある保育園でサンタをやってきた。
これはもう、毎年の恒例となってしまっている。
ホールで行っているクリスマス会にサンタとして登場し、
子どもたちからの難しい!質問に答え、
それからプレゼントを渡して記念撮影をする、
そんな1時間足らずのひとときである。

社会が変わったとか子どもが変わったとかいっても、
やっぱり子どもは子どもだなと思う。
そしてホール一杯、幸せな空気が充満している。

終了後、園長や何人かの職員の皆さんと雑談したりする。
なかにはかつて自分の子どもの通った保育園に在籍していて、
わが子を保育したり給食を作ってくれた人もいる。
「こうやって自分の子どもも育てられたんだな」と思うし、
またもっとさかのぼれば「こうして自分も育てられたんだな」とも思う。

来年には市長選もあるようだし、
保育園の建て替え問題や、市のあらゆる施設の今後のあり方(民間委託とか)
も問われることになっていくだろう。

大人として、市民としてどう考えていくべきか、
しっかり発信して活動していこうと思っている。









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自由の森 体育祭で

北海道で小学2年生の男の子が行方不明になっている事件。
なにより男の子が無事に戻ってきてほしいと心から願うばかりだ。

と同時に、あまり親を責めないでやってほしいなとも思う。
一番ショックを受けているのは当のお父さんだろう。
報道されている程度のことしか知らないが、
しつけのためにやったのだというし、
日頃虐待しているようなこともなさそうだという。
まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったろう。

ことが起こった後では外野は何とでも言える。
しかし、子育てはいつも目の真ん前の課題だ。
「なだめたりすかしたり」という言葉があるが、
子どもと真剣勝負をしなければならないことは多い。

「そんな悪い子はうちの子じゃない」といって玄関から放り出したり、
今回のように少しの間置いてきぼりにしたり、
そういう経験のある人は少なくないだろう。
あるいはスーパーの売り場で泣き叫ぶ子と格闘しているお母さんをみると、
僕は心の中で「よし、お母さん、がんばれ!」と叫んでしまう。

「叱らない子育て」は理想ではあるが、
なかなかそう、数学の方程式のようにはいかないのが子育てだ。
毎日が試行錯誤、トライ・アンド・エラーだ。

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先週末の土曜日は自由の森中学・高校の体育祭だった。
朝から出かけていって応援したが、
同時に保護者の皆さんとのまたとない交流の機会ともなった。

長女のクラスに、中学から同じクラスだった夫婦がある。
「夫婦がある」とはつまり、機会あるごとに夫婦でいろんな行事に参加し、
また保護者の諸活動にも積極的に参加されているのである。

そのお母さんはとある公立幼稚園の園長をしているそうで、
僕も保育運動をしていることのからみで、割と最近、
会えばその方面の話をすることが多かった。

で、土曜日、そのお母さんが僕にプレゼントを持ってきてくれた。
上下巻の2冊の本だ。
それも、自分で読んで良かったから貸してくれるというのではなく、
わざわざ新刊を買ってくれたようなのだ。

多分、そのお母さんの保育(幼児教育)の方向性と、
僕の保育の方向性と、さらにこの本の著者の方向性とで通じ合うものがあると感じて、
「ぜひ読んでみて」という気持ちでくださったのだろうと思う。

こういうのが僕は本当にうれしい。
うれしいから今日は一筆書き留めておこうと思った次第だ。

きっと、僕の試行錯誤に一つのガイドラインを示してくれるだろう。
読んで「これは」と思ったことはまたご紹介しようと思う。








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お産と夫の参加

今日の毎日新聞の「母と乳」という連載記事に、母乳と夫婦関係についての話題が記載されていた。
それで僕も昔のことを思い出した。

記事の概略はこんな感じだ。
お母さんが「母乳で育てる」と決めて産後に取り組むが、思うように母乳が出ない。
それでミルクを与えるかどうか、また夫が妻をどう支えるかで夫婦がぎくしゃくする。
どう考えていけばいいだろうか。

と同時に、行政や病院の行う「両親学級」のような場所での指導が、
両親の子育ての意識の深化、夫への支援につながるとも指摘する。

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うちの四人の子どもたちを産んだのは家人だ。
しかし“お産”ということに関してはずいぶんと僕もかかわった。
「共働の子育て」に先立つ「共働のお産」とでも言おうか。

記事に出てくる何組かのご夫婦について、状況も背景も何もわからないので、
一応、記事を離れて述べるとしよう。

まず、「母乳で育てるかどうか」、夫婦でしっかり話し合うことは大切だろう。
僕は基本的には母乳での育児をお勧めする。
なぜなら人間の赤ん坊には人間の乳、牛の子には牛の乳、羊の子には羊の乳がいいに決まっているからだ。
実際、人間の母乳と牛乳とでは栄養素の構成がずいぶんと違うのだ。
もちろん、母乳を通じて免疫を引き継いでいくような機能的な意味もあるだろうし。

そうなると、お母さんが母乳が出るような体作りや環境づくりをしていかなければならない。
例えば、乳製品などを摂ると乳腺が詰まりやすいといわれるし、
お米やお餅のようなものは母乳をの分泌を促進するといわれる。
また、技術力のある助産師さんによる母乳マッサージなども大変有効だったりする。

そうすると、夫の役割としては買い物や食事の支度で工夫する余地が出てくるだろうし、
助産師さんを探したり予約して車で連れていったり、ということもできるだろう。

イメージ 2

そもそも、それに先立って、「お産とは何か」「どんなお産をするか」
夫も勉強してイメージを持つべきではないかと思う。

僕は子どもなど好きではなかったから、別に無理して産まなくてもいいのではないかと思っていたが、
産むと決まったらずいぶんと勉強した。
名古屋の方の産婦人科医、吉村先生の『お産って自然じゃなくちゃね』、
自然医学の森下敬一先生の『産まれてからでは遅すぎる』をはじめとして、
かなりいろんな本を読み漁った。そして考えた。

それでまた、夫婦で話し合ってみることだろうと思う。
ちなみに、うちは新座の「めぐみ助産院」というところで出産したのだが、そこは僕が探してきたものだ。
そこへ訪ねてみた後も、家人としては100%納得したわけではないようだったが、
出産して最終的には納得がいったようだ(だから四人も産んだのだ)。

妊娠中は「過保護にしない」ということと「体をいたわる」という二律背反するような行動が要請される。
例えば先の吉村先生のところでは古い民家に妊婦さんを一定期間住まわせ、
廊下の拭き掃除だとか薪割りだとかの労働をさせる。
めぐみ助産院の小松さんもかなりのペースで歩くことを奨励する。
つまり、出産に必要な体づくりは必要だし、ぎりぎりまでかなりの家事はできる。

他方で、流産するような過重労働が良くないのは当然だ。
それは、時期にもよるし、労働の性質もあるだろう。
また、妊婦はお腹に“あんか”か“こたつ”を抱いているようなものだからやたら暑い。
でも、だからといってむやみに冷やしてはいけない。“冷え”は大敵なのだ。
真夏でも氷を入れた麦茶などもってのほかだ。

そうやって、出産のための体の準備、心の準備をしていく。それが母乳育児にもつながっていく。
もちろんそれは妻だけがやればいいことではない。夫も、可能な限りで“つきあう”というか、
同じ気持ちでいることが大切なのではないかと思う。
そして、そういう妻の状況を理解すれば、おのずと時期に応じた家事の分担などもできるはずだ。

産まれてからもひと月くらいは「産後の肥立ち」のために安静が要請される。
その間はできる限りの家事を夫がやった方がいいだろう。
そして、日が経つにつれて産婦さんも徐々に家事ができるようになるだろうが、
今度は赤ん坊の世話も新たな仕事として発生してくる。
それらを分担していくのも夫の役割ということになろう。

僕などはずいぶんと“うんこおむつ”を洗った覚えがある。
でも、うんこがだんだんと固形になってくるので赤ん坊の成長を実感したりもするのだ。

それから“夜泣き”だ。
これも、つらいのだが何回か一回は起きてあやすのを分担した。
回数的にはさすがに家人の方がよほど多いので、あまり僕が分担したとは思っていないようだが、
まあ、それだけつらい作業ではある。
最初の子は尚更、神経質で夜泣きするような気もする。

まあなにしろ、夫婦間でぎくしゃくはするよ。
でもやっていくしかないし、自分たちもそうやって育てられたのだから。

イメージ 3

記事にあった「両親学級」だが、川越では健康づくり支援課が主催して行っている。
もう、次世代の地域協議会のなかでも口を酸っぱくして父親の参加促進を訴えた。

現在の参加の実数が年間で100組前後。
これを多いと見るか、少ないと見るか。

内容もさることながら、そのお知らせというか発信方法についてもずいぶんと提言してきた。
市報や公民館のチラシ程度ではなかなか周知できないのではないか。
若いお父さんやお母さんが使っているメディアでの発信(フェイスブックなりツイッターなり)も、
少し視野に入れていった方がいいのではないか、などなど。

だが、ちょっとこれは難しいようなので、
せめて参加したお父さんお母さん(厳密には数か月後の、だが)から
「参加してヨカッタ!」と発信してもらえるような内実をお願いしたいと思っている。









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それぞれの夏休み

今日で夏休みが終わった。
暑い夏だったはずだが、ここのところの長雨で気温が下がり
すっかり気分まで湿ってしまった。

あまりこのブログも書かなかったので、
この夏休みを振り返っておこうと思う。

長女は、一昨日も書いたようにサンバ三昧の夏休みだった。
加えて中三になると体験学習というのがあり、
二つの事業所に三日ずつ通った。
つまりほとんど家におらず、後半はかなりバテている様子だった。

余談ながら昨日の国会前での行動にも参加したい意向はあったようだ。
しかしサンバが忙しく練習にも参加できないので断念したということだった。
行くだけでも行ってみればよかったのだが、日曜は廃人同様になっていた。


イメージ 1

次女は不在がちな共働きの良心と、やはり不在がちな姉に代わって妹二人の面倒を見てよく家を守った。
といって、大半ダラダラと過ごしたのだと思うが、
朝の姉の弁当、昼ごはん、晩ごはんの準備と料理のほとんどをこなし、
料理にはずいぶんと自信を持ったのではないか。

また、言うことをきかない妹二人といがみ合いながらではあれ、
洗濯物を干したりとりこんだりたたんだりと、大変な家事の大半をこなした。

妹たちの宿題も進行管理にとどまらず、アドバイスをしたり手伝ったり、
自身の小学校時代の経験を妹たちの宿題につぎ込んだようだ。

さすがに上の二人は両親がいない分、妹たちの面倒を何かしらみないといけないという意識はあるようで、
次女は夏休みが終わったら今度は自分が文化祭の実行委員会をやるから、
長女に学校から早く家に戻るよう交渉していた。
ただ、そうなるかどうかは今後の成り行き次第だ。
長女には「中学校最後だから」という頭があるだろうし。

イメージ 2

下の二人は相当にやらかしてくれた。

厳密には夏休み直前だったが、
四女が帰宅するなりランドセルを放り出して遊びに行ってしまったようだ。
次に三女が帰宅し、四女がいないので心当たりのある遊び場やお友達の家を捜し歩いたが見つからない。
そこで「誘拐されてしまったのでは?」と、
自分の上級生のお友達と相談して110番通報してしまったのである。

それで、教頭先生から電話はあるわ、お巡りさんはたくさんやってくるわで大騒動になった。
子どもは突飛なことをするものではあるし、
今回は「よかれ」と思ってやったことなので「叱る」ということはしなかった。
ただ、遊びに行くときのルールや、もし緊急に110番や119番する場合、
どんな時なら大人に知らせないで電話をしていいか、など話し合ういい機会にはなった。

ちなみにこの日は、四女はいつもとは違うお友達の家に宿題をやりに行っていたそうだ。
家人が、たくさんの人に心配をかけたのだから謝るように促したら、
「私は何も悪いことはしていない。警察に電話をかけた人が悪い」
と我を張っていたそうだ。
確かに一理あるが、それで先述のような話し合いをしたのだった。

それから四女は、夏休みの最後の最後になって、宿題のセットを一式失くしてしまった。
朝顔の観察記録や絵日記、歯みがきカレンダーなど全てだから、
書き直すこともできないわけではないが、できることなら最初のバージョンを提出させたいところだった。
それで家族総出で家探しすることになった。

てっきり新聞紙や雑紙の束の中に紛れ込んでいるのではと思っていたが、
結論的にはお遊び用のバッグの中から発見された。
どうやら本人がバッグに入れて遊んでいるうちに忘れてしまったらしい。
焦燥感に駆られながら汗ダクで捜すことになり大迷惑だったが、
家の中が片付くという副産物はあった。

イメージ 3

そんなこんなで忙しい夏休みだった。
大変ではあるが、子どもがいると子どもの数の二乗分くらいは楽しい。

そんな子どもたちの育ちを支えるのに、僕は仕事仕事の毎日だった。
もう少し余裕があって子どもたちを遊べるとよかったが、
まあ、充実した夏だったといって過言ではないだろう。








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