会長うたかた記

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自然とのかかわり

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なんだかんだ言ってブログの更新も一週間ぶりになってしまった。
「シルバーウィーク?」といっても基本は仕事だし、わずかな休みも子どもたちがいるし、
街頭署名の準備もあるしでなんとも忙しかった。
特に今年は母(いわゆるおばあちゃん)が泊まりがけで来ていたこともあって自分のことだけ
しているわけにもいかず・・・。
ま、お休みプロパーの話題はおいおい書いていくとして・・・。

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今日の東京新聞の特集記事「こちら特報部」は素晴らしかった。
青森の地に根を張って47年、無農薬でコメ作りをしている三上新一さんの特集。

三上さんは農家の長男として生まれ、中学卒業後すぐに就農。
ときはちょうど農薬や化学肥料をつかう農業が普及し始めた頃で、三上さんの家でも同様。
だが、農薬を散布した翌日は自分が起き上がれないほど辛いことから進むべき道を直感。
無農薬でのコメ作りに方向転換したそうだ。

苦労は絶えず、収量も下がり、周囲からは変人扱いされるも両親の理解もあり試行錯誤、
完全な自然農法を実現するのに27年かかったという。

1993年には百年に一度といわれる冷害が日本列島を襲った。
三上さんもこの年ばかりは「ダメかも」と覚悟したらしいが、県の作況指数が28(平年を100)と
落ち込む中、平年並みの収穫を得た。
化学肥料に頼らず、しっかりと土作りができている。そこから栄養を吸収しようと稲の根がびっしりと根を張っている。だから悪天候にも強いのだ。

その後、周囲にも無農薬栽培にチャレンジする人ができ、若い人も集まってきて「中里町自然農法研究会」
を作って切磋琢磨しているそうだ。

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実は僕も93年のことはよく覚えている。
タイ米やカリフォルニア米が輸入されたり、日本中深刻なコメ不足に悩まされたのだが、
僕は一向に困らなかった。なぜって、大冷害で平気だったのはなにも三上さんの田んぼだけではない。
僕などが日頃調達しているような米はおおむね大丈夫だったのだ。
それで自然の力の偉大さにあらためて感銘するとともに、自分の歩んでいる方向が間違っていないことを
改めて確信したのだった。

あれからずいぶんと月日がたったが、僕は僕なりに勉強をし、いろいろな人と出会い、見聞を深め、
その確信はいよいよゆるぎないものとなっている。
さすがに三上さんが歩んで手にしている成功に比べれば、全くと言っていいほど形のないものだが、
いうなればこのよくする会の活動だって、僕の中では自分の得た確信の一つの派生型にすぎないともいえる。

僕の中ではこれまでやってきたことが一つの環につながっているのだが、なにしろまだ形に出来ていない。
これから死ぬまでの間に、何らかの形に仕上げていこうと考えている。

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農業がらみで、近々一冊の本を紹介したいと思っている。
7月ごろ読んでいつか記事にしたいと思っていたのだが、毎日それなりに書くことがあって延び延びになってきた。
やはり僕などは、思っていることを表現していかずにはおれない性分なのだ。


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梅干 遂に完成!

梅を干して1週間くらいたった。
3日も干せば十分なのでもっと早くに取り込んでもよかったが、
1週間干すことに意義があるということで今日まで待った。
日暮れ前のひとときを利用して梅を梅酢に戻した。

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梅を干した後に梅酢に戻すかどうかは流儀によるようで、
戻さないでそのまま、ドライな梅干しを楽しむお宅(地方)もあるようだ。
僕の場合、自分の家で梅干しというと梅酢に使ったものだったので、今もってその方法で保存している。
しかし、今日試食したところではドライなタイプも行けそうだ。
梅酢に使ってない分、酸っぱさがしつこくない感じ。
しかも塩がきつい割には食べやすかった。

これで完成とはいえ、実際に食卓に上るのは何年後か。
やはり何年か寝かしたほうが塩も丸くなるし梅干しとしての風格も上がるというものだ。
今食べているのは何年か前のものということになる。
特に甕に製造年を記録しているわけではないし、製造時のエピソードが残っているわけでもないから、
どんな梅を使って塩をどれくらい入れてどんなふうに作ったから味がいい、なんて経験値は持ち合わせない。
作るだけでも結構な労力だし、まあ、淡々と途切れずに梅干しを食べることができればそれでいい。

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それにしても、写真を見てるだけでも酸っぱくて口が梅干の形になってしまうな。
酸っぱいと分かっていながら食べたくなってしまう梅干しの不思議って何だろう。




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昨日はお盆の話で書ききれなかったが、
地震や台風、大雨もどこへやらでようやく夏らしい天候になった。
そこで、午後遅くなってからではあるが、待望の梅を干した。
予定より優にひと月遅れである。
じめじめした天候が続いていて梅がどうなっているか、ほんのちょっぴり心配しながら甕のふたを開けたが、
何ごともなかったかのように深紅の液体が横たわっていた。
もちろん理論的にはそうであるはずなのだ。あれだけ塩を入れたのでもあるし。

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おもりをどかし、甕を庭先に運んで梅を大ザルへあげる。
きれいにピンク色に染まったものと、そうでもない、まだグリーンなものと多種多様なのはなぜかわからない。
そのまだら具合もまた美しい。

一日目は梅酢も干すことになっているので、ふたを取ったまま太陽にさらしておく。

傍では子どもたちがにわか作りの自家製プールで遊んでいたのだが、
興味津津、手伝わなくてもいいのに手をのばして並べ直してくれる。

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何はともあれ、今年もようやく梅を干すところまでこぎつけた。
気になっていただけに、なにか、喉に刺さっていた魚の骨が取れたような感がある。



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青い夜

昨夜は七夕だったが、天の川は出ていなかったようである。
雨が降っていないのに、そもそも天の川が出ていない。
僕は天文には詳しくないが、こういう場合、織姫と彦星は逢えるのだろうか。

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さて、いつもなら夜中にブログを更新するのだが、昨夜は疲労が蓄積していて、
早めに寝ようと思って早めにブログも更新した。

日付が変わるころだろうか、結局いつもとそんなに変わらないなと寝ようとしたところ、
空がとんでもなく美しい。
雲がたなびき、青空がそのまんま夜になったような、
地球は青いと実感できるような、そんな夜空だったのだ。

しかも昨日は満月。
月が煌々と、まっ白い光を放っている。
それが、いくつもの厚い雲に覆われ、その雲が強い風にあおられてぐんぐんと流れていく。
流れてはいくが雲も次から次に訪れるので、月はなかなか雲から顔を出せないでいる。
それでも光は強く、月の周囲に光輪が輝いている。
ものすごく明るいライトを見つめているようでもあり、
奥行きのある明るさは、そんなライトのような照明器具とは性質が違うようでもあり。

とりあえず吸い込まれるように夜空を見上げていたが、
カメラを取り出して外に出て、しばらく空を眺めたり写真を撮ったりして時間を過ごした。
本当に美しかった。

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カメラは、ほとんど夜の撮影にしか使わない(夜でもあまり使わない)
フジのファインピックスF100fdという機種だ。
画像処理が素晴らしく、リコーの苦手な暗がりに強いということで昨夏、
新機種リコーR8の誘惑を振り切って購入したのだ。
学童のキャンプの直前、よりにもよってリコーのカメラが2台とも壊れたため、
修理の間にと涙をのんで購入に踏み切った。

結果的には購入して大正解だったと思う。
普通に夜の撮影をする程度なら、画像の美しさは特筆ものだ。
ダイナミックレンジが広い、なんて言われ方をするが、
黒がつぶれずに表情を持つ。

ただし、何しろマニュアルカメラ的な使い方をするにはまったく向いていない。
露出ひとつ変えるにもボタンを押したりダイアルを回したり・・・。
そうこうしている間にシャッターチャンスを逃してしまう。
このあたりのインターフェイスがリコーは秀逸で、僕のように露出やホワイトバランス、
シャッタースピードの代わりにISO感度を頻繁に変えるような使い方をするには申し分ないのだ。
最新のCX1はわからないが、自分なりにいじらないといい写真が撮れないカメラであるともいえる。

今回は月明かりのみで夜空を撮影ということで、
さすがのフジでもかなり画像に粒子が見られるが、コンパクトデジカメであることを考えれば
十分な許容範囲だろう。
若干シャープネスに欠けるのは三脚を使わず、手持ちで撮ったからであるが、
後で考えれば家のすぐそばなんだから三脚を使ってもよかったかな、と思う。
すぐに思い当たらないのが街角カメラマンの悲しい性だ。

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夏はまた満天の星空が美しい季節だ。
寒くないからいつまでだって眺めていられる。

時々でいいから夜空を眺め、人間のちっぽけさを思ってみるのもいい。


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なぜ合成洗剤を使ってはいけないのか。
素人の僕が述べるまでもなく多くの識者により語りつくされているところである。

一言でいうなら環境への負荷の大きさ。
例えば石鹸なら水中・土中の微生物によって容易に分解されるが、
合成洗剤では分解されるどころか、微生物に打撃を与えてしまう。
そうすると自然界の生態系が壊れてしまい、大自然の持つ浄化能力も著しく打撃を受ける。

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うちの周りは田んぼや畑に囲まれている。
もしうちで合成洗剤を使ったとすると浄化槽を通すとはいえ土のなかにしみこんでいくことになる。
それは土に影響を与えながら地下水に到達し、周囲の田畑の作物に影響を与えるだろうし、
遠く川や海までも運ばれながら影響を及ぼしていくことになるだろう。
(もっとも農薬や除草剤の害は洗剤の比ではないだろうが)

だから地球にやさしい生活をしようなどという、二元論的な思考は持ち合わせていない。
地球に、あるいは自然環境に打撃を与えることは、すなわちそのまま人間にも打撃を与えることに
他ならない。なぜなら人間も自然の一部であるから。
人間の体の中も自然界の一部であるから、地球を汚すような生活をしていると当然、
体も汚れて病気になるのは当然の道理である。

だからと言って聖人君子にはなれないし、個人の出来ることには限りもある。
多勢に無勢の感はありつつも、気づいた者から行動を起こさないと、
地球も人間ももう待ったなしの状況であろう。

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うちも、新世代の洗濯液にたどりつくまでの道のりは平たんではなかった。
最初は粉せっけん、それも石鹸分の高いものに切り替えたのであるが、
コストの問題、調達の難度の問題、使い勝手の問題(なにしろ溶けづらい)などあり、
家人もすんなりとは受け入れなかった。
いろんな商品を試し、使用方法も研究しでどうやら落ち着いていたのだが、
どうしても解決できなかったのが「黒カビ」である。

洗濯槽の裏側に石鹸分が残り、それがカビの栄養となってしまう。
適度な湿度も常にあるから、どんどん繁殖するのだと思う。
これは合成洗剤でも発生するのだと思うが、石鹸というのは要するに脂肪だから、
カビの栄養としては申し分ないのだと思う。

そうすると今度はカビを落とすために大変な努力をしなければならない。
市販の洗浄剤でも容易に落ちるものではない。
ましてやナチュラル・クリーニングの方法で酢や重曹を使ってもどうしようもないのだ。
一次的に減ったかに見えても、時期によってはすぐにまた盛り返してくる。

いろいろと試みてたどり着いたのが今の洗濯液。
まあ、コストの問題はあるが気持ちよく使えている。

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置かれた環境が様々で、なかなかここまで気を配れないという人もいるだろうし、
もっといい方法にたどりついている人もいるかもしれない。

願わくば、いまの合成洗剤垂れ流しの現状について、一度考えてみてほしい。
そのうえで、当面使うなら使うでそれは構わない。
知って使うのと知らずに使うのでは大違いである。

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