会長うたかた記

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政治や経済、平和の問題

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沖縄県知事選への願い

2018年9月2日(日)

いわゆる「子どもの貧困」問題に関して、少しずつ勉強を進めています。
といっても、毎日あれやこれやで遅々として進まないのではありますが。

半年前くらいに本屋で手当たり次第に購入した本の中に
『沖縄 子どもの貧困白書』
という本があり、先日よりこの本に取り掛かりました。

沖縄は2015年度、全国に先駆けて県としての「子どもの貧困率」調査を行い、
その調査結果に基づいて実際の施策を進めているということです。
つまり、これから子どもの貧困対策のもろもろを進めようとしている川越市にとっては、
恰好のモデルケースとなるはずです。
そんなことを学ばせてもらおうと、この本を購入しておいたのでした。

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本の中身や施策のあれこれについてはまた折を見て紹介するとして、
本の冒頭に故翁長県知事のメッセージがあり、元気なころの写真がありました。

考えてみれば、沖縄といえば基地問題で、翁長さんといえば辺野古のことが真っ先に思い浮かぶわけですね。
それは本土にいる僕たちからしたら致し方ないことで、
翁長さんが基地問題以外で沖縄でどういうことをされていたかを知る機会というのは、
よほど積極的にもとめない限りはないわけです。

この本で紹介されているような沖縄県の子どもの貧困対策、
これはまぎれもなく翁長さんが最重要課題と位置付けて取り組まれてきたことです。
それを期せずして目の当たりにすることとなりました。

ちょうど沖縄では翁長さん亡き後の県知事選が始まります。
基地問題が大きな争点であることは間違いないでしょうが、
(といって、政権側はあえて争点としない戦略でありましょうが)
基地問題はたんなる日本の防衛とか安保問題ではないことが、
この本を読むと推測されます。

なぜ沖縄がいまだに日本一貧しいのか。
なぜ沖縄に米軍基地が極度に集中しているのか。
労働も産業も基地に依存し、あるいは補償金や補助金に依存し、
こうなるべくしてこうなってしまっている沖縄をどうしていくのか、
これがまさに問われているのではないでしょうか。
おそらくは、目先の産業振興策などでどうなるものではないのだと思います。

イメージ 2

そして、基地問題も、実は沖縄の問題であるにして沖縄だけの問題ではありません。
つまり、米軍基地は沖縄を防衛するためにではなく、
「日本を防衛する」名目で沖縄に置かれているにすぎないのです。
だから、米軍基地をどうするかは第一義的には国民全体の問題です。
そしてもちろん、物理的に基地を立地させられている沖縄が、その意味での第一当事者なのです。

僕も一人の日本国民として、基地問題をどうするのかを考える当事者です。
でも、もし第一当事者である沖縄県民が、基地に対して「NO!」でなくなった場合にはどう考えればいいのか。
短期的には政権とのパイプでいくばくかのお金は流れるにしても、
それで本当に沖縄は豊かになるのか。

願わくば翁長さんの遺志を継ぎ、沖縄を真に平和で豊かな島にしていくことを指向していく、
そんな方に県知事となってもらいたいと切に願っています。







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一昨日だったか、航空自衛隊入間基地の納涼祭に行った。
他意はない。
早めに帰宅できたので、それから準備して行ける近場のお祭りという程度だ。

毎日忙しく身を粉にして働いているのはいいが、
子どもたちは夏休みだ。
ちっとは夏休み気分を味あわせてやりたい。

盆踊りあり、花火あり、
焼きそばを食べたりかき氷を食べたり、
短時間だがなかなか楽しかった。

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自衛隊といえばいつだったか、共産党の議員が“人殺し”発言をしたり、
奈良の自衛隊基地誘致に絡んで、共産党も関わっている市民団体が、
チラシに“人殺しのための予算”など書いたとかで物議を醸していたようだ。

僕はとっても忙しかったので詳しいことは全く知らない。
チラリとヤフーニュースかなにかを読んだ程度なのであまり大きなことは言えない。

だが、こういうことは二重の意味でまずいんではないか、と思っている。

一つは、共産党であろうが公明党であろうが、どんな団体でも同じだが、
党の方針とか幹部の発言とか、うのみにしないで一度自分の頭でよく考えて、
良く咀嚼して腹に落としてから発言・行動した方がいいのではないかと思う。
上から降りてきたものをすべて是としたのではとても民主主義など発揮されないし、
また、組織的に正しい行動ができないのではないかと思う。
今回は表面的な理解の上に建物を建てて地滑りが起きたかのような印象だ。

いくら共産党でも自衛隊を“人殺しのための集団”とは定義していないのではないか。
確かに戦争法案(安保法案)反対の時は「殺し、殺される場に自衛隊を派遣するのか」
といったような表現はしていたと思うが、防衛予算を人殺しのための予算とは言っていないのではないか。
その当の方針なりを地方の諸課題に落とし込んで具体化する場合、
正確な理解がなければこのような困ったことになってしまうだろう。
これでは得られるはずの支持も得られなくなってしまうはずだから、
彼らにとっても本末転倒なはずだ。

二つ目に、「憲法9条と自衛隊」の問題は一旦置くとして、
(この問題はまた改めて論じてみたいと思っている)
自衛隊の本質が「人殺し」にあるのかどうかである。

確かに戦闘の場面になれば、自衛隊員が人を殺さなければならない場面も出てくるだろう。
しかし、それは自らを守るためか日本国民を守るためにやむを得ず、が原則であり、
(この点で今後は違った場面が出てくるのかもしれないが)
結果として人を殺すかもしれないというのは自衛隊の活動のほんの一部分に過ぎないものではないか。
それを人殺しの「ための」などというと、そこが本質であるかのような色彩を帯びてしまう。
これはいくら何でもミスリードではないか。

国民にわかりやすく説明をしたいという気持ちはわかるが、
やはり基本となる認識は正しいものではければならないと思う。

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まあ、それにしてもいよいよヤバい状況になってきたことは確かだ。
「駆けつけ警護」などで出動すると、自衛隊員にも犠牲者が出かねない。

そう言うと
「自分の国だけ安全でいようとするのか!」
などといった批判が出かねないが、そういうことではない。
国際貢献といってもやり方は様々だ。
軍事的な方法とはあえて違う方法に徹底的にこだわるというのもありだろうし、
そういういメッセージの発し方もあるのだと思う。
そういうことも含めて、国民的な議論はまだまだ不十分だ。

もう20年も前になるだろうか。
自衛隊員として練馬の駐屯地に勤務しながら定時制高校に通う若い友人がいた。
彼に“観閲式”なるものに招待されて観に行ったことがある。
“観閲式”というのは総理大臣とか上級の指揮官とか、
そういうエライ人に行進などを見せるセレモニーのようだ。
多分、組織統括的には意味のある行事なのだと思う。

で、「どうでした?」と訊かれたので
「あの若い人たちを絶対に戦場に送ってはいけないなと思ったね」
と答えると、
「上に立つ人がそういう人ばかりだといいんだけど」
と彼は言った。

その時の気持ちは今も変わらない。
整然と行進する様はかっこいいし、勇ましいし、頼もしい。
しかし、戦場で本領を発揮するということではない状態でいてほしい。

自衛隊員だけではない。
どこの国の軍隊も、どこの民族の戦闘員も、
出動して戦火を交えることのない状態を模索していかないといけないと思う。

といってもすでに世界の各地で戦闘状態は続いているのではあるし、
その形態も多様に変化しつつあるようだ。
そうではあるが、やはり「力が正義」からは脱却しなければならない。

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僕などは放っておけば10年か20年か後には死ぬのかもしれない。
しかし、子どもたちはまだまだ生きていかなければならない。
自分の子どもたちだけではなく、日本中、世界中の子どもたちが、だ。

どんな世界を作っていくのか。
どんな世界を託していくのか、
本当に今、問われている岐路だと思う。








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選挙の季節に思う

先日の参院選は散々だったなと思う。
なにが散々かというと、プロセスが盛り上がらなかったし、
その結果として与党側がかなりの議席を占めることになってしまった。

僕は、与党がどうの、野党がどうのという以前に、
与党、とりわけ政権中枢が周りの意見を聞かずに独走できる態勢が良くないと思う。
小選挙区制の悪弊で、自民党の中でも派閥力学による均衡が効かなくなっている。
ましてや野党のいうことなど耳を貸さないだろう。

こうなってくると国民の監視能力がいよいよ重要になってくる。
あの「保育園落ちた、日本死ね」のブログの時みたいに、
国民の批判が大きくなれば多少、軌道修正も、ということにもなる。
尤もそれは参院選の前だったからと思えなくもないが、
国民が常に政治をコントロールするのが民主主義だということを、
もっと先鋭化させていかなければならないと思う。

その意味で、ブロガーとして発信者の末席を汚している立場として、
ブルグではほとんど発信できなかったことを反省もしている。
たとえ読んでいる人が少なくても、なにか発信して選挙を盛り上げるべきなのだ。

今回は何かと忙しすぎて、仕事も詰め詰めに詰まっていて、
さすがにまとまった文章を書くほどの体力がなかったわけであるが、
まとまっていなくても、少しでも、何か書いてお行こうと改めて思っている。

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さて、今回の選挙で僕が思っているのはメディアの選挙報道のまずさだ。
参院選の時、一番目立った報道は何だったかというと、
「改憲勢力3分の2に迫る勢い」
という報道だったと僕は感じている。

安倍首相の内心においては「憲法改正がしたい」ということが一番の眼目だったかもしれない。
が、選挙期間を通じて、首相はこの件に一言も触れなかった。
首相のみならず、政権中枢にいる人々の応援演説でもこの件が取りざたされたという話は聞かない。
連立を組む公明党は選挙公約にすら何も載せていなかったということだ。

メディアとすれば、この件を取り上げるならせいぜい、
「改憲は争点とならず?与党なにも触れず」
といったようなスタンスとする他ないのではないか。

しかも、「改憲勢力」といっても立場は様々だ。
この点は公明党の幹部も
「我々は加憲の立場だ。現行憲法を評価しつつ足りないところを補う立場だ」
と言っている。
何が足りないかという論点はあるにせよ、
いわゆる9条改憲派と一緒くたにしていいとは思えない。

それを
「改憲勢力3分の2に迫る勢い」
などと報じてしまうと、勝ち馬に乗る傾向の有権者は
「ああ、そちらが本流か」
と、自民党(政権側)に投票する方向になりがちになってしまうだろう。
どうしてそういう報道をするのか非常に疑問だったが、
この立場は終始変わらなかった。ほとんどのメディアが。

一部のラジオ番組ではかなり掘り下げた検討や、
各党の代表者を招いてのやり取りなども行われていたが、
結局、一番目に着く報道、つまりネットニュースのトップページとか、
テレビ・新聞のトップとか、表層部分はそうだったのだ。

本当は有権者がもっと賢くならないとな、とも思うが、
民主主義の言論市場におけるメディアの影響力を考えると、
今の報道のあり方には苦言を呈さざるを得ない。

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都知事選についてはどうか。

こちらは「各候補者準備不足」とか、「各候補政策なし」とか、
そういう報道が目立っていないか。

こういう報道も、いたずらに有権者の厭世感をあおるだけのように思う。
なにしろ、準備不足は仕方がないだろう。
いきなり舛添前知事が引きずりおろされての選挙戦だ。
各候補者に準備のいとまがあったはずがなかろう。

この点で批判をするとすれば各政党に対して、とりわけ野党に対してだ。
4年間で次の知事を準備して作っていくくらいの気概がなければ、
結局は現職知事の批判に終始することで終わってしまう。
現職を批判しつつ「自分ならこうする」といった知事候補が育っていれば、
今回のようないきなりの選挙でも困ることはないのだ。

もちろん、都知事選特有の難しさはあるだろう
特に最近は、政策よりも知名度や人気が大きな比重を持ちかねない状況を呈している。
しかし今回のような場合、多くの都民が
「もう有名人かどうかではない。真面目に都政を運営してくれるひとがいい」
と感じているのではないか。

その点では宇都宮健児氏の出馬と取り下げを
「出馬のゴタゴタ」
などと片づけてはいけない。
彼は過去2度の都知事選に出馬し、ご自身としての都政に対する思いを持っておられる。
そういう、政策本位の合意に基づいた適切な候補がいるならご自身が出なくてもよかったのだろうが、
そうではないから一度は出馬を決められたのだろう。

確かに、野党統一候補を決めるという点では「ゴタゴタ」ではあった。
が、それは宇都宮氏のせいではない。
むしろ宇都宮氏に乗れなかった民進党の懐の狭さを憂慮する。

そして「メディアの役割」の論点に立ちかえれば、
「政策なし」など報じるのではなくて争点をきちんと作って有権者に提示しよう。
例えば「待機児対策」など誰もが上げている。
しかしその内実、実現の方法、予算の裏付けなど、
ある程度のことは掘り下げていい。

もちろん、具体的な実務は実際には都庁のお役人が考えて提案するのであろうが、
トップの知事の考え方によってそれは大きく変わりうる。
だとすれば各施策に関して「自分はこうしたいんだ」ということを明らかにして、
それに対して有権者が審判を下すという選挙戦にしていきたい。

そうであればメディアはどう報じるのか、だ。

イメージ 3

とりあえず今日はこのくらいにしておくか。
今週も忙しいのであまり多くのことは書いていけないだろう。

が、負けてはいられない。
与党が過半数を取るような選挙であってもあきらめては負けだ。
綱引きは続けていかないと、ものを言えない世の中になってしまう。




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戦争の記憶

昨夜、新聞をぱらぱらとめくっていたら読者の投稿欄に早乙女勝元氏の名前があってびっくりした。
(作家)となっているしお歳も83なので、あの早乙女氏なのだろう。
「忘れてはならぬ 3・10と3・11」というタイトルだ。

作家としてはもちろん、一人の市民として発信し続ける姿を見せつけられた思いだ。
と同時に、やっぱりこうやって執念で伝えていくべきものなのだろうと思う。

今朝は「大沢悠里のゆうゆうワイド」を聴いていて、
東京大空襲について、悠里氏が実のお母さんにインタビューした録音を聴いた。
これは2003年の3月に放送され、その数か月後にお母さんは亡くなったらしい。
その後、毎年この日に流しているようだ。

長らくこの番組を聴いているが、この録音を聴いたのは今日が初めてだった。
車から離れている時間もあるから、そういう時に放送されていたのだろうか。

話は3月10日の夜から翌日夕方までの24時間足らず、
当時、浅草に住んでいた悠里氏の一家(お父さんとお母さん)が空襲に合い、
お母さんは幼い悠里氏をおぶって混乱の中逃げ惑う。
橋の上で一夜を過ごし、自ら両足に大やけどを負い、
死骸を乗り越えて実家のある市川まで歩いて逃げた。

それだけの短い話だが、やはり涙なしには聴けなかった。
何というのだろうか、なんとかわが子だけは守りたいという親心、
降ってわいた沸いた困難、たくさんの人の死、無残な光景、
なによりも「戦争は良くないよ」という実感のこもった吐露、
江戸っ子でカラッとした口調なのに、そこにこもったリアリティが訴えるのだ。

多くの日本人が、同じような体験をしたのだろう。
それでも「時間が経って記憶が薄れてきた」とおっしゃっていた。

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こういう人たちが元気でいた間は、「戦争は良くない」という実体験に基づいた共通認識が、
この国を極端な方向へ走ることへの重石となってきたのではないだろうか。
そんな重石が、また一つ、また一つと外れてしまっているのが今ではないのか。

もちろん、安倍首相だって「戦争は良くない」と思っているに違いない。
しかし、それを達成する手段がもはやかつての記憶からかけ離れてしまっている。
“戦争を防ぐためにはこちらが強くならなければ” 、
むしろ、そんな信念に駆り立てられているのではないのだろうか。

僕は軍隊が強大か貧弱かが重要な問題なのではないと思っている。
つまり、我が国の問題としては、防衛費が増えているかどうかが主要な争点なのではないと思う。
むしろ、その防衛力(という名の軍事力)を行使するための環境が主たる問題なのだと思う。

防衛に関わることを「秘密」として国民の目から見えなくしたり、
首相はじめ政府のトップのいうことをきかない者を主要ポストから外したり、
政府に批判的な報道に制約を加えようとしたり、
国民の自由な発言や意見交換をやりづらくすることは、
結果としては政権批判ができなくなって国民による政府のコントロールが著しく困難になってしまう。

そういう社会は国民にとって非常に息苦しい社会であるが、
例えば政府が対外的に軍事力を行使しようとしていたとしても、
そもそもその適否を判断する情報を得ることができず、
それに関して自由な意見交換ができず、
政府に対して異議を唱えることもできない結果として、
その軍事力の行使を止めることはできなくなるわけだ。

特定秘密保護法にしろ安保法にしろ、
安倍首相がこの間血道をあげてきたことは、
本人の真意がどこにあるにせよ、
そういう息苦しい社会を作る方向に大きく舵を切ったということだ。

ちなみに、こういう危惧は僕とか、一部の人だけが感じているものではないと思う。
昨日の新聞の書籍広告欄にはニューヨークタイムス前東京支局長マーティン・ファクラー氏の
『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』という本が広告されている。
また、ワシントンポストには「日本が戦後から今日までで得たもっとも価値あるものは、
経済的繁栄などではなく自由に意見を言える社会だ。しかし今、それを手放そうとしている」
といった趣旨の社説が載ったということだ(ラジオで聴いたものなので表現は不正確だが)。

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冒頭の早乙女勝元氏の話に戻ろう。

僕はお恥ずかしながら意識して氏の著作を読んだことはない。
しかし、記憶にあるのは幼い頃読んだ『猫は生きている』という絵本だ。
これが早乙女氏の文だったのではないかと思うのだ。
もう内容すらまともに覚えていないのであるが、
猫が戦火をくぐり抜けて生き延びたという筋の話だったと思う。

僕の父も母もギリギリ幼くして戦争を体験している。
たくさんの本の中に、こういう絵本を混ぜて与えてくれたというのも、
やはり父なり母なりのメッセージだったと思う。

そんな両親から比べると、やはり僕などは、
戦争の記憶という意味では全く間接的なものになる。

それでもやはり、子どもたちには伝えていこうと思っている。
そのメッセージをどう受け止め、どう判断し、最終的にどう行動するか、
それは子どもたちが決めることだ。
もしかしたら僕とは逆に、「戦争をしたくないからアメリカともっと緊密に」
という判断をするかもしれない。
そうであっても、やはり僕の考えは考えてとして伝えていくつもりだ。








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2つのおかしなこと

毎日、たくさんのおかしなことが起こっているので
いちいちあげつらえばきりがない。
が、今日はその中でも選りすぐりの二つについて指摘しておきたい。

まず一つ目。
沖縄の宜野湾市長選挙で、翁長知事の推す新人候補が敗れ自公の推す現職が当選した。
これに関し、安倍首相が「安心した」など発言し、また菅官房長官の言動を見ていると、
国と市とで(つまり県を飛ばして)基地“移転”を進めかねないおごり高ぶった姿勢である。

なぜ安倍首相が安心するのか。
そもそも、基地“移転”はこの選挙の争点とはならなかった。
というか、政権側・現職側はあえて争点化を避けたのだ。
現職の佐喜間氏は「普天間飛行場の一日も早い撤去」のみを訴え、
対する志村氏は「普天間の無条件返還」+「辺野古に新基地は作らせない」と訴えた。

つまり、「普天間飛行場の返還」という点では両候補に違いはない。
事実、辺野古への基地新設反対の人の3割が佐喜間氏に投票したとの調査もあるようだ。
これは、「市政は基地問題だけではない」という意味では現職には「実績」という強みがあり、
加えて、官邸とのパイプを強調してディズニー誘致という
「基地後」の展望を示すことに成功したということだろう。

だから、とっとと普天間を返還させればいいのだ(これほど明らかな民意はない)。
さらに辺野古に新設(政権は基地「移転」と言っているがそれはインチキだ。
性質の全く異なる基地を作るのだし、もともと全く別の計画なので「新設」である)
するかどうかは別問題である。

この点、現職の当選をもって「移転に合意を得た」とはいえない。
「焦点ずらし」は許されない。
メディアもきっちりここにフォーカスして報じてほしいと思う。

イメージ 1

それから二つ目は甘利大臣の金銭授受問題だ。
週刊誌報道以来、満足な説明ができずにいる甘利大臣をよそ目に、
自民党の中で「甘利氏はハメられた」というような声が出始めると、
こともあろうに張本人がそれに乗っかって、あたかも罠にでもはめられたかのような発言をし始めている。

これは違うだろう。
ハメられたかハメられてないか、ではなく、
問題の核心は「金銭授受があったのか。もしあったとしたらその後、どのように処理したのか」であろう。

例えば、本人が金銭を受け取っていないのなら、
「お話は伺ったがこれは受け取れない」
と音声が残っていたり、あるいは固辞する映像が残っていたりするだろう。
虎屋の羊羹を横に置いて封筒を懐にしまっておいて
「ハメられた」
とは、いったいこれはいかなるレトリックなのだろうか。

僕はこの手の輩を身近に知らないので想像でしかないが、
金銭を送った側はハメようと思っていたのではなく、
お金を大切にする人なのだと思う。
一生懸命に稼いだ大切な金だ。有効に使いたい。
政治家に手渡す以上は必ず「生きる」使い方にしなければならない。
「よっしゃよっしゃ」と金だけ受け取って何もしてくれないのでは困る。
そう考えて周到に証拠をそろえておいたのではないだろうか。

自民党のオジサンたちはこういうお金をもらいなれているのかもしれない。
それで、「お金をくれる人がこんな準備をするはずがない。甘利氏はハメられたに違いない」
ということになったのかもしれない。
通常は“阿吽の呼吸”で金銭が移動して跡形も残らない、ということなのかもしれない。

いずれにしてもハメられたか否かはまったく問題ではない。
「金銭の授受があったか それをどう処理したか」
である。

こちらも「焦点ずらし」は許されない。
みなさん、じっと注目していこう。









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