会長うたかた記

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政治や経済、平和の問題

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川越市議選の論評はまだもう少し続くのだが、
ここらで少し脱線しよう。
お隣のふじみ野市の選挙の話題だ。

つい先日、ある人から紹介されて「ふくざわ徹三」候補のことを知った。
(これまたひらがな表記だ…なぜ?)
ふくざわさんは元々、ふじみ野市の公立保育所の単なる保護者だったらしいが、
先般の公立保育所廃止問題で保護者の先頭に立って廃止撤回を求めて運動したそうだ。

その闘いの中で市民の声を聴こうとしない当局や議会の姿勢に疑問を抱き、
ギリギリになって市議選への立候補を決意したらしい。
ホームページを見てもらってもわかるが、準備不足は圧倒的に準備不足だ。
先日ご紹介した岡安さんのホームページと比べても、
同じ素人、同じ新人候補としても準備期間の違いはあきらかだ。

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でもやはり、その熱意はどの候補者にも負けるものではないだろうし、
立候補を決意した初心にいつわりはないものと思う。

又聞きではあるが、やはりその運動の中で、
市民から集めた署名を紹介議員として市につないでくれるのは共産党の議員だけだったそうだ。
しかしまあ、圧倒的な少数の共産党の議員だけではいかんともしがたく、
ふくざわさんたちの要望は市議会で否決されたそうだ。
(ああ、どこも同じだな…と。)

そういう経緯で立候補されたそうだから、
僕としてはこういう人を応援していきたい。
といいつつ、まだお会いしたことも話したこともないのだが、
ぜひ当選していただいて議会をかきまわしてほしいなと思っている。

また、いつかお会いすることもあるだろうし、
ふじみ野市で状況が変わってないのだから運動が止むことはないだろう。
なにかおもしろい展開もできるかもしれない。

ふじみ野市民の方、あるいはふじみ野にお知り合いのいらっしゃる方、
ぜひ応援してあげてほしい。
ふじみ野市は定員21人に対し23人の立候補だそうだ。












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選挙・候補者論評その2

今朝、ようやく候補者全員の記載された選挙公報が届いた。
遅い。しかも新聞の折り込みでだ。
最近は新聞を取らない人も多いみたいだが、そういう人向けにはどうしているのだろうか?
もちろん、選挙管理委員会のホームページには同様の記載があるのだろうし、
主要な公共施設で配布したりもしているのだろうが。

一人当たりのスペースが小さいので、チラシをそのまま載せたような候補者は、
文字が小さすぎて大変読みづらいことになっている。
反対に、このスペースにあわせての手書きのメッセージを載せた人もいるが、
そうすると、判断材料としては情報量が少ないのかな、ということになる。

公示期間や公示方法も含め、仕組みとしてはなんらかの改善の余地はあるだろう。
とともに、現職に関しては毎日が選挙期間ということだろうなとも思う。
だから、本来ならとてもハードな仕事のはずだ…。

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さあ、今日は日本共産党の「かきた佑一」候補についてだ。
こちらもひらがな表記では文章に埋もれて具合が悪いので「柿田さん」とさせていただく。
どうも、どういう理由か、ひらがなにするのが流行っているようだ。

共産党はここのところ国政選挙でも躍進が目立つ。
この党は時代により浮き沈みが激しいのだが、
今は安倍政権の暴走のなか、対抗できる野党がいないということで期待が集まっているのだろう。
志井委員長のいうところの「確かな野党」としての信頼だ。

だが、僕はそれだけではない価値をこの党に見出している。
それは長年の幅広い運動の積み重ねが相当分厚く層を成しており、
しかもそれが様々な分野に幅広く及んでいるということだ。
それで、例えていうならパソコンのOSのように、
何か運動をする場合でも、そういったある程度出来上がったルートに乗っけるのが近道だったりする。
もちろん、共産党そのものが旗を振って作ったものではないものがほとんどだろう。
が、表現であったり運動のスタイルであったり、
そこここに共産党の人が中心になって作ってきたんだろうな、と感じられるものが多いことも事実だ。
これは一朝一夕にできることではないがゆえに貴重だ。

それから、話は少しそれるが、昨夜、荻上チキの「セッション22」というラジオ番組で
治安維持法についての特集をやっていた。
制定からちょうど90年でもあり、また、今の日本の状況のなかで、
ここから学べることがあるのではないか、という問題意識で企画されたようだ。
すごいことに、当時、治安維持法違反で逮捕・勾留され拷問を受けた
101歳と106歳の二人の被害者に荻上チキ直々にインタビューした証言も放送された。

結局、治安維持法はロシア革命や大逆事件を背景として、
「天皇制と私有財産制」を維持するには、これを否定する共産主義を取り締まる、
という名目で、制定当時はリベラルな言論人や政治家からも是認されたようだが、
のちに適用範囲がどんどん拡大して10万人単位の逮捕者があったようだ。
共産主義者ばかりでなく、戦争遂行に疑義を唱えるものはすべて、ということに。

権力者というのは(特に独裁者は)常に自らが地位を追われることを惧れ、
その惧れが加速度的に拡大していくにつれ無用に弾圧を強めていく。
国会での論戦で議員の発言に極端に反応して気色ばんだり、
自分たちを批判する発言を報じる放送事業者を呼びつけて威圧したり、
現政権に対する危惧はなにも特定秘密保護法の制定や集団的自衛権行使の解釈変更に限られない。

まあ、僕のような小物が弾圧されることなどないといわれるかもしれない。
が、ご高齢の二名の被害者の話を聞くとそうとばかりも言いきれない。
もしそういうことがあったとしたら、政党として頼りになるのはやはり共産党だろうと思う。
かつての弾圧の当事者であり、そうであるがゆえに言論の自由に対しても敏感であり、
国会でも裁判においても堂々と主張している。

と同時に、国民の暮らしにも寄り添うまなざしが常にある。
消費税にしても、国民保険料にしても、議論はいろいろあるにしろ、
社会で一番弱いものがどんな打撃を受けるのか、きちんと主張できる政党が今は少なくなっているではないか。

そのように硬軟両面にわたり政策として打ち出し、運動を展開している共産党に対しては、
やはり敬意を表さないわけにはいかない。

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前置きが長くなったが、こと共産党に関しては、
候補者個人の政策云々以前に党の政策や姿勢が大きいので、
それについての評価を避けては通れないのだ。

柿田さんは僕と同じ四人の子持ちであり、
保育園や学童で在園期間がかぶっていたこともあって、
比較的話をする機会が多かった。
最初はよくする会の総会や対市交渉への列席臨席がきっかけであったと思うが、
よくする会の定例会に参加してくれたこともあるし、
自然と保育のことや学童のことなど話をするようになったのだ。

また、保育だけでなく市民と議会の関係だとか、
市民の政治参加のあり方とか、僕の興味関心について話をすることもあった。
だから、議員としてというよりは、保護者仲間としての付き合いという感じだ。

そんななかで柿田さんを議員として最もあてにしたのは、
やはり学童保育料値上げ問題の時だっただろう。
市当局と一部の会派で完全に筋書きに沿った茶番が演じられているさなかではあったが、
かなり突っ込んで市の姿勢を問いただしてもらった。
むろん、根回しの効いた議会の雰囲気と、あえて的を外した根岸部長の官僚答弁には無力ではあったが。

それで、僕としては「正論の通じない市議会」を強く印象付けられたわけだし、
やっぱり権力というのは恐ろしいものであるがゆえに、力のない者は力を結集して
対抗していくしかないのだなと思いを新たにしたのであった。


今回の選挙で共産党市議団から本山氏が引退され、
新人二人が立候補ということで、じつはちょっと不安を感じないでもない。
本山氏の経験や発言力はなかなか補えるものではないだろうと思うからだ。

柿田さんにはぜひがんばってもらいたいなと思っている。












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市議選当日まであと正味3日だ。
先にも触れたが選挙期間が短すぎる。
もちろん、僕は候補者でも誰かの応援団でもないから、
特に何かをする必要はない。

しかし、選挙を通じた民主主義は大切だと思うし、
この市議選が川越市政をよりよいものにするためのチャンスだと思うので、
投票以外の何かはしたいなと思うのである。

何をするか。
大きなことはできない。
とりあえずは、知っている範囲での候補者、
目に入る限りでのチラシや公報を元に、
僕なりの価値判断を加えてみようかと思う。

もとよりこれは、公平中立に選挙報道をするような趣旨のものではないから、
そういう配慮は一切しない。
そもそも、ほとんど情報が飛び込んでは来ない中での判断であり、
いかに現行の選挙制度が政策本位ではないかをよく示していることでもあると思う。

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トップバッターは「おかやす学」候補だ。
チラシやポスターがひらがなになっているので本来なら「おかやすさん」と表記すべきであるが、
こういう文章でひらがなはわかりづらいのでパーソナルな表記で岡安さんとさせていただく。

岡安さんは半年ほど前まで市役所の職員だった人だ。
だから組織もなければ看板もない、独力での選挙戦に挑んでいる人だ。

僕はよくする会の活動をしたり、川越市次世代育成支援対策地域協議会の委員をしたり、
そしてそれらの活動をこのブログで発信しているから、
川越でそういう情報を求める人には比較的見つけられやすい立場かもしれない。
岡安さんもそういう状況でアクセスしてきて知り合いになった。
市議選での政策を練る上で様々な情報を集めたいということもあっただろう。

岡安さんは謙遜で「勉強させてほしい」といわれるが、
ある意味それは正しいと思う。
同じものを見てもお役人の立場と市民の立場では見え方が違うということもあるし、
いくら福祉行政や教育行政に携わっていても、
現場にいるものの方がたくさん事実をつかんでいるということもある。

だから何度か会って話をし、僕の知っていることはお話をし、
いくつかの論点に関しては僕なりの考えを述べさせてもらった。
それをどう捉えてどう構成するかは岡安さんの問題だが、
まずは知ろうとしなければ何も始まらないのだ。

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岡安さんは直近ではこども育成課勤務、
それまでは公民館での社会教育事業に長く携わってこられたようだ。
子ども安全課では「ファミリーサポートセンター改革」の先頭に立ち、
どうやら、大変な困難を乗り越えて一応の改革を成し遂げたということだ。
これは、僕たちが地域協議会でもずっと求めていたことであり、
お互いのことは知らなかったながらも、
結果的には同じ思いを共有していたことになる。

公民館での活動についてもお話を聞かせていただいたが、
賛同できることがとても多かった。
個別の話題云々ということよりも、市民と行政の関係性とか、
行政機関の立ち位置についてとか、
そういう根本的なところで話ができる人だなと感じた。

そんなこんなで、岡安さんのチラシを見る限りはほとんどワンイシュー、
福祉と教育といったところが守備範囲だ。
「でも、市政ってそれだけじゃないよね?」
という声も聞こえてきそうだが、まずはOKではないか。
市政は多岐にわたるからどだいすべてを理解するというわけにはいかないし、
まずは自分の得意分野を持つ、そして、必要に応じて、
あるいは所属する委員会のたびに勉強していけばいいのではないか。

僕はこういう人を、市民の代表として議会に送る必要があるのではないかと思う。
岡安さんだけでなく、僕がまだ知らない人で代表としてふさわしい人がほかにもいるかもしれない。
あるいは現職だった人で引き続き活躍してもらいたい人もいる。
そういう、いわば「市民派」を増やして議会の構成を変えて、
まっとうな議論のできる議会に変えていかなければならない。

というと
「今はまっとうじゃないのか!」
とお叱りを受けそうだが、少なくとも何年か前、
学童保育料関連で議会をウォッチした時はひどかった。本当にひどかった。
川越の市議会もこんなもんかと、僕は完全に幻滅した。
茶番の極致、こんなのなら市議会はいらない。
こぞって教育総務部の操り人形にされていた。

百歩譲って案件が案件だった、ということだとしても、
重要な案件でこれでは困る。
また、各議員の資質としてもたくさんの問題が露呈した。
(この時の議会中継は多分DVDにしてまだ手元にあるから、
希望者で鑑賞会をやって笑うのも面白いかもしれない。)

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そんなわけで、もし興味があれば岡安さんのホームページ
(というか半分ブログだが)
を見ていただきたい。
生半可な気持ちで役所を退職して立候補しているわけではないことはすぐにわかるし、
政策も、よくありがちな「八方美人」なものではなく、
一本筋の通ったものであることはご理解いただけるはずだ。


それと、選挙運動の基本は方々で「辻説法」をしているそうだ。
これも僕は大賛成。政策や世界観をしっかり伝えていくことだ。
もし街頭で岡安さんの説法に出くわしたら、ぜひ足を止めて聴いてみてほしい。


さあ、明日からも可能な限りで書いていこう。
最近、仕事の時間が長いのでもうかなり体力も限界なのではあるが、
四年に一度と思うとちょっと無理をしないといけないなとも思う。





過去の関連記事
選挙の不思議








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選挙の不思議

うちのまわりでもようやく市議選のポスターが貼り揃った。
ボードはもうひと月も前からできているので、
ポスターが貼られる日を心待ちにしていたのだが、
日曜くらいから運動員さんが車で乗り付けて貼っている姿が目立つようになった。

選挙は公職選挙法に基づいて行われることになっているのだから、
ずっとこうやって行われてきたのだろうと思う。
だが、投票日の1週間前にようやく誰が立候補しているかわかるというのは、
いくらなんでも短すぎやしないか?

むろん、水面下ではずっと前から各陣営で準備がなされ、
表向きの運動期間が始まる頃にはほぼ決着がついているということなのかもしれない。
しかしこれではいけないのではないか?

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例えば、水面下の準備の一つとして、
現職を含め立候補しようとする者は、
いつの頃からか(これも公選法で定めがあるのかもしれないが)、
様々なコミュニテーにアプローチを開始する。
企業、自治会、労働組合、有力な地主やその家族集団、同業組合…
当然、その挨拶の折には往々にしてそのコミュニティの世話役みたいな人が仲立ちをする。

だから、そのコミュニティに属する人の大半は、
そこで候補者を知り、
投票すべき人(投票することをそのコミュニティで求められている人)を
暗黙の了解として決することとなる。

しかし、このようなコミュニティに属さない人にとっては、
発表されて1週間で投票すべき人を選ばなければならない。
もしかしたら初めて目にするような40〜50人から1人を。
どうやって?

また、あるコミュニティに属していて、
投票すべき人を暗示された人にとっては、
その暗示された人以外を知る機会はやはりほとんどないから、
なんとなく、「知ってる」その人に投票することとなる。

選挙カーに乗って名前を連呼するのも、
僕は「なんて無意味なんだろう?」と思っていたが、
実は案外、意味がある行為なのかもしれないと思い始めた。
つまり、少なくとも「知らない人には入れない」という選挙民の心理から、
浮動票対策としては名前を浸透させる必要がある。
そしてむしろ、本当の効果は一度回ったコミュニティに対する「念押し」なのではないか?
「おい、俺に投票するってこと、忘れてないよな?」
みたいな。

こういう選挙のやり方が続くと、選挙民も受動的な態度が身についてしまうし、
候補者の側も「政策よりはネゴシエーション」ということになりがちであり、
議員になった後も、自分から仕事を見つけてせっせとやる、というよりは
(もちろん、自分にメリットがあるものは別として)
お役人の準備した資料でお役人お膳立て通りに動くというような、
「行政国家現象の地方版」みたいなことになりがちなのではないか。

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それと、もうひとつ面白いことがある。
現職であった候補者は一様に実績を強調するが、
その実績は、各候補でさほど違いはなかったりする。

それもそのはずで、地方議会も、
地域でよほど利権の対立があるような事柄以外は
「オール与党」化していて、
優先順位の付け方で人や会派の力の大小はあるのかもしれないが、
まあ、なんとなく皆さんが地域にお土産を持って帰れるように、
全会一致でパチパチと、お役人の作った案件を承認したりすると、
議員の皆さんがそれぞれお手柄を立てたことになってしまうのではないかと思う。
まあ、一概にいけないこととはいえないかもしれないが。

ただ、そうなると、その候補者がどんな仕事をして、
その仕事にそれだけの価値があったのか、
短い選挙期間の少ない資料からは判断がつきかねるということになりかねない。

そうなってくると、選挙民は投票する意味を実感できなくなってしまったり、
あるいは本当の意味で議員という仕事に魅力を感じて立候補する人が出てこなくなったり、
そういうことになってしまうのではないか。
低投票率とか、連続○回無投票選挙とか、そんなことがささやかれる昨今の状況も、
起こるべくして起こっているということなのかもしれない。

少なくとも、市民の生活と市政と選挙とが、
有機的な関連性を持った形では市民に実感されていないのではないかと思う。

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現憲法下で地方自治の制度が設けられ、
「地方自治は民主主義の学校」などといわれてきたが、
なかなかどうして、そういうふうにはなっていない。
地方自治ですら民主主義を国民が学べないから国政においても民主主義が根付かない。
これは残念なことだ。

少なくとも、選挙に関しては選挙期間とか運動方法の制限とか、
やはり改革していく必要があるのではないか。
選びたいと思えばちゃんと精査して選べるだけの、最低限の運動期間、
そして選挙民が資料を手にすることができる何らかの保障。
投票日のどんずまりになって候補者を発表してポスターで顔見せして
ペラい公報で好き勝手書かせて選挙カーで名前を連呼するというのでは、
まともな選定などできっこない。

そしてこれはニワトリと卵かもしれないが、
日常的に市民が政治参加するような機会がほしいところだ。
市政と生活との関連性を実感できれば、市民もおのずと選挙にも関心が向くし、
そうなると議員も候補者もレベルアップせざるを得ないだろう。

前々からずっとこんなことを考えていて、
結局、今のところ何も動き出せていないのではあるが、
市民から積極的にアクションを起こしていくのが民主主義のキモであって、
お上が与えてくれるのを待っているわけではないことは付け加えておこうと思う。







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最近は苦々しい思いが募る出来事が多すぎる。
そんななかで沖縄・翁長知事の正々堂々とした姿勢は気持ちいい。
「自ら土地を奪っておいて・・・移転が嫌なら代替案を示せというのは、こんな理不尽はない。」

全くその通りだ。
沖縄のみに、とまではいわないが、極端に過大な基地負担を押し付け、
事実上、役割の終わった普天間基地の閉鎖を「移転」とうそぶいて
辺野古に基地を作るというのだから、代替案もないものだ。

沖縄の民意は地域エゴでもなんでもない。
しごく道理の通った主張だ。
遠い川越の地からではあるが、これを支持していきたい。

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それから敦賀第3・第4原発の再稼働を禁じる福井地裁の決定。
要するに3.11の大震災で示された様々な教訓からすると、
規制委の設けた新基準すら甘いということだろう。

このような判断を裁判所が示すのは当然であるし、、
人権保障の「最後の砦」といわれる司法部にこのようなことを言わせる状況は、
むしろ情けないことであると知らなければならない。

それというのも、司法部が出てくる前に、まずは立法部や行政部で解決が試みられるべきであるし、
何よりも経営主体(電力会社)が自ら、「これなら安全」と胸を張れる内規を作り、
施設・設備の更新がなされてしかるべきである。

思えば、3.11ではあれだけの被害を出しながら、誰一人責任を取っていない。
経営主体である東電も、原発を政策として進めてきた政府・与党関係者も官僚も、
お偉方は誰一人責任に言及していない。

(唯一、僕が評価するのは小泉元首相だ。当時は原発を推進する側にいながらも、
「やっぱり原発をやめよう」と先頭にたって行動しているのは立派だ。)

これでまた再稼働に前のめりになっている電力会社、産業界、安倍首相はじめ与党関係者、
かりに事故が起こってもなんら責任などとらないことは明白だ。
そういうつもりがないから無責任に住民の避難のあてもないのに再稼働を進められるのだ。

安倍首相は安全保障の問題に関して再三再四、「国民の生命・安全を守る」と強弁しているが
(もちろん、自衛隊を海外に派遣しても国民の生命は守られないが)
原発問題に関しては国民の生命や安全を守るとは一言も言わないのだ。
ただ「アンダーコントロール」とうそぶくのみ。

こんな状況で再稼働が許されるわけがない。
福井地裁の英断に拍手を送りたい。

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最近の政権の、あまりの粗暴ぶりに、
「こちら間違っているのだろうかが?」
と錯覚しそうになるがそんなことはない。

翁長知事の姿勢、福井地裁の決定いずれも素晴らしいが、
これは一つの象徴に過ぎなくて、
それぞれの持ち場で多くの良心がそれぞれの役割を果たしていると信じたい。

そこに確信を持って、僕も発言を続けていこうと思っている。









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