会長うたかた記

日々の子育てを楽しく、日々の生活を快適に

政治や経済、平和の問題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
すっかり秋本番。
世は連休だというのに仕事仕事の毎日でちょっとつまらない。
何か面白いことでもあればいいんだけど…。

近頃つくづく思うのだが、年をとったせいか、体形が変わったせいか、
以前似合っていた(と思っていた?)服が似合わなくなってきて、
秋物に入れ替えると同時に着られるものとそうでないものを仕分けして
いらない物は売るなり捨てるなりしてすっきりしたいなあと考えている。

考えてはいるが、ほとんど家にいないものだからそんな時間もなかなか取れないのだが、
結構面白みのある服もたくさんあったと思うので売ればちょっとした小遣いになるのではないだろうか。
似合わないということもあるが服を着る時間も行き先もめっきり減ってしまったから、
もうあまり要らないのだ。

イメージ 1
(背中の裾にポケットの付いたスウェーデン軍のジャケット。もはや自分が着るには…)

今日は帰宅してから元事務局員だった人と会ってきた。
先日のブログで少し触れたが、原発問題に関し、被爆から子ども達を守る運動を始めようとしている人だ。
3.11直後はやっぱり子ども達のことも心配だったし、
外仕事の多いご主人のことも、とても心配だったらしい。
そしてまた、今もってきちんとした対応のできない政府に対しての苛立ちもあるらしい。
そんななかで仕事仲間のなかから運動の話が持ち上がって、
彼女としても何か始めたいと、この間いろいろと検討しているらしかった。

いざ運動を始めるにしても、何から始めればいいか、というのが正直なところだろう。
なにしろ問題の切り口も多種多様にあり得るし、どこに何を求めるのか、
どういう主体で活動するのか、どんなことを獲得目標にするのか、
考え出したらきりがないし、かといって、何もかも決めてから行動しようと思っていると、
いつまでも何もできない可能性もある。
とりあえずはその辺の論点整理というか、方向付けが必要なように思えた。

それからもう一つ、これは原発問題に限った事ではないんだけど、
今は国や自治体に何かを要求してすむような時代ではないと僕は思っている。
レベルの問題はあるにしろ、ある程度市民が自分たちで形を作って、それを世に問い、
世に問いながら行政にも働き掛けていくような、
一歩も二歩も踏み込んだ運動が必要ではないかと思うのだ。

特に放射能の問題は、安全基準だって国の出してくるものが本当に正しいかは疑問があるし、
むしろ市民が専門家らとタッグを組んで議論をリードするくらいのほうがいいだろう。
なにしろ国は、これまでもろ手を挙げて原発を推進してきた訳だし、
今もってその立場を転換したわけでもないし、
今回だって東電と一緒になって事故隠しというか、被害を小さく見せかけることに奔走してきたのだ。
マスコミだって知ってか知らずか、出てくる情報をそのまま拡声するにとどまっていたように思う。
つまり、市民の側から相当な根拠を持って「大本営発表」を覆す提案が必要なのだ。

そしてまた、そういう活動をしている市民ないし市民団体どうしの緩やかな連帯。
そんな活動が、少しずつ周囲を変えひいては国の政策にも影響を与えるような流れに
変って行きうると思う。

まあ、そんなこんなをつらつらと話した。
本来ならよくする会でもそれなりに位置付けなければならないテーマではあるのだが、
原発問題ワンテーマで動かすべき団体ではないし、
なにしろ態勢的に、まだまだそこまで手を広げられる状況でもない。
むしろ彼女たちの運動が動き始めれば、
そこに乗っかりながらもコラボレートして出来ることがあるかもしれない。

当面は対市交渉の中での要求事項と、
12月の学習会を軸にしながら可能な事を探っていくしかない。

イメージ 2

なにしろ僕たちの声はまだまだ小さいのだけど、
いずれ大きな流れになることに確信を持って発言し続けたいと思う。







リンク
川越保育をよくする会

にほんブログ村←こちらもどうぞ

先週末は保育園の運動会だった。が、
休むと収入に響くので今年はパスした。
三女が来年はらいおん組なので来年は行くこととして…。
来年はもう少し家計状況も好転していると期待しつつ。

結局、家人一人でこども全員を連れて行ったということになったのだが、
その前の日曜日(つまり街頭署名活動の翌日だが)も学童の運動会だったし、
とにかく週末のたびに何かイベントがあって、
それで何もない週末に家事の負担がどっと来て、という状況だから、
それに加えて急に気候が秋本番になって、ということが重なって、
ここ数日、家人も体調がすぐれないらしい。

なにしろ秋は忙しいからな。
僕も久々に今朝は仕事がなかったから昨夜、ちょっとビール飲んだらそのまま寝てしまって、
ものすごく寒かったらしいのに気付かず、布団に入ったのが真夜中だったから、
さすがにはな風邪をひいてしまった。

で、朝から長袖のシャツを引っ張り出して大量に洗濯。
暑かった夏もクールビズも去ってしまってにわかに毛織物のスーツである。
例年ならまだ暑さの余韻が残っているくらいなのに
今年はジャストな感じである。

今日は洗濯には好都合な日だったから干したものは全部乾いて
今しがた半分くらいアイロンをかけたところである。
もう、枚数も多いし面倒くさいので手抜きの限りを尽くしている。
極論を言えば襟元と袖先以外、見えないんだからね…。

イメージ 1

さてと。

先ほどメールチェックしたら昨夜、以前よくする会の事務局をやってくれていた人からメールが届いていて、
放射能による環境汚染に関して少し運動をやりかけているらしい。
会って話してみないと詳しいことは分からないけど、
僕は二つのことを考えた。

一つは、よくする会の事務局の経験がいい形で生きているんだな、ということ。
もちろん、もともと意識のある人だからよくする会の事務局にも参加してくれたわけだけど、
世の中を見て、問題を感じて、それをアクションにつなげるというのは簡単なようで簡単じゃない。
でも、よくする会の事務局に何年かいると、多分それほどハードルの高いことではないと、
感じられるのではないかと思う。
少なくとも現実社会で生き、社会参加していくためのヒントはたくさん得られるはずなのだ。

もう一つは原発問題の、意外に深い広がりだ。
喉元過ぎればすぐに忘れてしまう日本人のことだから、
目にも見えない放射能の問題なんてすぐに忘れ去られてしまうのではないかと危惧していたが、
以外とそうでもないようだ。
先日、保育課に今年度の要請項目を申し入れに言った時も、課長との間で、
随分、その話題に時間を費やした。
市の対応のあり方もそうだし、どうやら相当量、
この問題に関する問い合わせやクレームが届いているようなのだ。

僕は根拠もなく騒いだり、無理な注文をつけたり、といったエゴイスティックな行動は好きではないが、
この原発問題は重大な問題として、国民の間で議論していかなければならないものだと思っている。
前総理が軽率に「脱原発依存」を口にしたり、
十分な安全の担保もなしに停止している原発の再稼働の動きがあったり、
そもそも問題を隠蔽して電気がなくなる「恐怖」をあおったり「やらせ」があったりと、
本質的に重要な部分を抜きにしたたくさんの言動が繰り広げられている訳だけれども、
やっぱり国のエネルギー政策に係わる最重要問題な訳だし、
事故の際の損失は他のもろもろの危険の比ではないのだから、
民主主義国家である限りは国民の真摯な議論の末の選択が必要なはずなのだ。

そういう議論の前提として、本当のことを知る努力や
「危険」なり「安全」なり「反対」なり「賛成」なり、
思っていることを表現して議論にも資する提案が必要だし、
事が事だけに、政府や自治体に対して、今緊急になすべきことを求めていくような動きが
市民の中からたくさん出てきてしかるべきだと思う。

イメージ 2

とまあ、偉そうなことを言っても、
僕もこの問題に関してはまことに素人なのだ。
勉強不足、これに尽きる。

さすがに何でもかんでも守備範囲に入れていくわけにはいかないとしても、
この問題に関してはもう少し勉強しないとな、と思いつつ、
最近は新しい本も読めないでいるのが実情だ。
学習会も方々で行われているようだが、
ここのところの家計状況から、最優先と行かないまでもほぼ基本的に仕事優先になっているので
もう、なにも出来ていないに等しいのだ。

本当にそろそろ、今のような生活スタイルに別れを告げなければと思う今日この頃である。








リンク
川越保育をよくする会

にほんブログ村←こちらもどうぞ

腹立ちまぎれに…

久々に自分のブログのページを開いてみた。
なんと、4月は1日も日記を書かずに5月の半ばを迎えようとしているのではないか!

これはさすがにヤバい。
何がヤバいって、怠惰な自分がヤバいだろう。
日々忙しくって、ほんとにパソコンに向かっている時間があったら、
酒でも飲みながらぼうっとテレビでも見ているか、
とっとと寝てしまうかしたい日々が続いていたのだ。

が、表現者たるもの、それではいけないのだ。

イメージ 1
(そうだそうだ、4月は選挙が2回もあったんだ…)

というわけで何が何でも今日は1ページを刻もうと心に決めた。
幸い、書きたいことはいつでもたくさんあるのだ。
とりあえず、あまり深入りはしないが思っていることを書きなぐろう。

まずは「焼肉酒家えびす」の食中毒問題。
これはもう、怒りでどうしようもない。
何がって、家族で会食するという、とても楽しい出来事から、
事もあろうに人が死んでしまっているではないか!
しかも子どもが二人も!

それでチェーン店の運営会社も食肉卸業者もレベルの低い責任のなすりあいだ。
事実は未だ分明ならないが、双方の主張を聞いている限りでは両方に責任があるに決まっている。
運営会社には自らの知識や判断を総動員して安全な食物を提供する責任があるのであって、
卸業者からどんな肉が供給されているかきちんと把握していないとか、
トリミングの知識が不完全とか、そんなことがあっていいはずがない。

卸業者のほうだって、卸していれば顧客のメニューと自分の商品の対応関係とか、
他に同業者(納品業者)が入っているかとか、わからないはずはなかろう。
「売った後はお客の責任」とは、あまりにも形式的な議論だ。
しかもやはり「ユッケ用のサンプル出来ました」というメールは実在したのではないか。
(運営会社側がありもしないメールを出すことは考え難いし、警察の捜査でバレるだろうし)

そしてまた、現時点での国の対応もお粗末にすぎる。
どこでトリミングしたか店に掲示する?
そんなことしてたら、何かあるたびにベタベタと店の壁に「どんな消毒した」とか、
「農薬は何回しか使っていない」とか、「どこで線量計で測った」とか、
いろんなものを掲示することになるだろう。
楽しく、和やかな雰囲気を求めてレストランに行って、
客はそんなもの見たいだろうか。
どうも対応がその場限りの、枝葉末節なものになっているように思えてならない。

この問題は「食」に関するものであるから、
また折を見て論じてみたいと思っている。

イメージ 2
(こちらも随分前だけどあたり一面、むせかえるような匂いだったな)

それから東電の問題だ。
電気料金値上げ、こんな不公平なことってあるか!

地震が起きた→津波が起こった(ここまでは天災だから仕方がない)
→原発がぶっ壊れた→当分使えないから休眠させている火力発電など再開する
→燃料費がかさむから電気料金値上げする・・・
って、原発がぶっ壊れたのはそもそもの設計ミスであり、なおかつその後の国会での議員の具体的な指摘
(津波が起こった場合の安全性について)にも全く耳を貸さなかった結果であり、
もしかしたらいろんなデーターを隠してきたり不完全な工事を積み重ねてきたり、
反対派の主張を金や権力で圧殺してきたり
(とこれらは巷で囁かれていることで確たる証拠はないかもしれないが)、
要するところほとんどが人災なのである。

つまり自分たちに落ち度があって今後費用がかさむことになるのを消費者(国民)に転嫁しようとしているのだが
消費者はすでに計画停電とか節電とか、随分と不自由を強いられている。
かくいう僕も、毎朝「節電」を名目に真っ暗な中で作業をさせられているし、
計画停電があったころは夜の交差点で事故に遭った人などいたではないか。

しかも、今回の一件での損害賠償に関して国に援助を求めているが、
「国の援助」って要するに税金だろう。
東電のために使わなければ他に使い道のあるはずの金だろう。

そうすると、なんら落ち度のない消費者の側には「電気料金の値上げ」と「電気利用に関する不自由」と「税金」
という三重苦を押しつけていながら、
落ち度のある東電の側は謝りもしないでぬけぬけとプレス発表しているのだ。
(つまり、お気軽に発表するだけなのだ)
今回、役員報酬を全額返還するというが、そりゃあ当り前だろう。
報酬を受け取るどころか、本来は自分たちの経営判断で会社に損害を与えた者として、
場合によっては株主代表訴訟でも提起されてしかるべきの立場なのだ。

もし国民に負担を押し付けるというのなら、
少なくとも福島原発に関与してきた歴代の役員から賞与相当額の返還でも実現してからにしてほしいものだ。

イメージ 3

と、若い(いや若くないけど)怒りを爆発させるのはこれくらいにして、
我がよくする会の定期総会が今週末に迫っている。
遅ればせながらいろいろと準備をしているさなかであり、
ここらあたりでペンを置くとしよう。






川越保育をよくする会←ホームページはこちら(リニューアルしました)

にほんブログ村←こちらもどうぞ

案の定、夜のバイトは注文が激減して仕事量が減ってきた。
本来今夜は仕事のはずだったが、生産調整ならぬ労働調整で、
仕事が少ない日は労働者が順番に休まされることになっている。
その順番が今夜回ってきたという訳だ。

先週の末あたりから仕事が減ってきていたので体はそんなにきつくないが、
なにしろ毎日仕事がないという日がないのだからたまの休みも悪くない。

案の定、といったのはこうなることは予測がついていたからだ。
どんな大震災が起ころうと、毎日食べる量が変わるわけではないのに
この首都圏ではたくさんの人が食料を買い占めた。
賞味期限のごく短いものを除いて、キッチンには大量の食糧の在庫があるはずだ。
人々が買い占めに走っている間は注文が殺到して死ぬほど忙しかった。
が、もう当分はいらないのだ。

また、朝は朝で食品に携わる仕事をしているのだが、こちらもひどい。
物流の混乱、生産現場の混乱で、ある時期、スーパーでは注文しても注文しても、
必要なものが必要なだけ入荷しなかった。パン、カップラーメン、卵、牛乳、米、納豆…
入荷しないことがまた買い占めに拍車をかけ、入荷してもすぐに売り切れるという状況が続いた。

しかし混乱もひと段落し、とりあえずの品不足が解消した今、
スーパーには大量の商品が入荷している。
「来るかどうかわからないから多めに発注しておこう」ということもあるかもしれない。
「発注できる時に発注しておこう」ということもあるかもしれない。
いずれにしても販売期限内に販売しきれないほどの商品が入荷し、
ほどなく割引販売され、売れ残れば大量廃棄だ。

こんなに商品があるのなら被災地に振り向けられないものか。
そう思うのは僕だけではないだろう。かといって、販売店側には販売店側なりの理屈があることも十分わかる。
このあたりの利害を調節して本当に必要としているところに必要なものを届けるのが政治の役割だろう。

イメージ 1
看板に偽りはないか???

その政治は今どうなっているのか。
究極的に極論すれば「なにもやっていない」ということだろう。
総理が原発の現場を視察したとかしないとか、そんなことはどうでもいいではないか。
問題は視察した結果何をやっているかだ。
与党も野党も、今何をすべきか全くわかっていないといわれても仕方がないありさまだ。

震災のことだけではない。
もちろん震災に関してもやるべきことは山積であろうが、
かたや震災に合わなかった国民にも毎日の生活がある。
それも同時に考えてもらわないと困るのである。

なんだか、放っておくと震災復興にかこつけて、
どさくさにまぎれて全部投げ出してしまいそうな勢いである。
もちろん直接被災しなかった僕たちも出来る限りの協力はすべきだと思うが、
だからといって日々の暮らしについて、政治が無策であっていいということにはならないはずだ。

統一地方選挙もどうなることか、震災にかこつけての自粛ムード。
だが、さすがにこれは違うんじゃないかと思う。
民主主義というのは代表を選ぶ過程が非常に重要であり、
この選挙期間は大いに活動すべきなのだ。
政策について訴え、有権者の意見を聞き、あるいは候補者同士の論戦のなかから論点を明らかにし、
有権者に対してだれが代表にふさわしいか判断材料を提供するのでなければならない。
有権者は有権者で候補者の政策を聞き、有権者同士で討論し、世論を形成しながら候補者に提言をしていく。

少し前にラジオでコメンテーターが「都議選は延期すべきだ」といっていた。
こんな時期にやっても十分な選挙戦が戦えないから、現職が有利になるというのだ。
なるほど、そういう考え方もあるのか、と感心して聞いていたが、
要するにこういうことか、と、今になって思う。

蛇足ながらそのコメンテーター、上杉隆というジャーナリストで、
TBSラジオのキラキラという番組で週一回コーナーを持っていたのだが、
なんと、いきなり3月いっぱいで降板となったらしい(昨日の放送で)。
今の記者クラブ制度に基づく報道のあり方を厳しく批判し、
自ら“自由報道協会”という団体を作って時の権力者から自由なジャーナリズムを実践しているようだが、
やはりそういう人は潰されちゃうんだな、というのが偽らざる感想。
ただし、今はマスコミだけが表現媒体を独占している訳ではないから、
上杉氏も圧力に屈せずガンガンに活動を続けていくことだろうと思う。

イメージ 2

というわけで、今日も窮屈な世の中がテーマとなってしまった。
いろいろと書きたいことはあるのだが、
また次の機会ということにしておこう。





川越保育をよくする会←ホームページはこちら(リニューアルしました)

にほんブログ村←こちらもどうぞ

う〜む、暑いさなかではあるが昨日今日といい風が入ってくる。
ほんのちょっと、秋の気配も混じってるな。

とはいえ、まだまだ暑さはこれから。
暑さついでにアロハシャツの話題なども書こうと思っているのだが、
ちょっと時間が足りない感じだ。

イメージ 1

ここ数日、高齢者の所在不明問題が世間をにぎわしている。
さすが情報化時代だなと思う。
要するにコンピュータに登録さえしておけば、日本一高齢者が誰とか何歳とか、
検索するのは容易だし、その情報に変更を加えない限りは自動的に歳をとってくれる。

問題はそこに人の要素が加わらないところだろうな。
直接会って確認しないで表彰したりお金を振り込んだり。
もちろんこれは、比較的近い過去まで(あるいは現在でも地方によっては)、
事実上、居住地域がその役割を果たしていたのだ。
亡くなれば近所総出で葬式のお手伝いもするのだから間違いなど出ようはずもない。
(逆に地域が口裏を合わせれば白も黒になっただろう。)

他方、行政のほうだって、一人ひとり、いちいち本人確認をしないと何もできないということでは、
とてもではないが今日の行政需要には応えきれない。
子ども手当だって、一応は本人確認のようなハガキが来たようだが、
よほどのケース以外は形式的な審査手続きで済ませざるを得ないだろうから、
間違いや若干の不正が入り混じることは避けられないだろうと思う。


さあ、今後どうやって克服していくか。
なんらかの制度的な安全弁(チェックポイント)を設けざるを得ないだろう。

それにしても今回は、行政による自己同一性確認ってなんだろう、
行政に確認してもらわないと自分の同一性って確認されないのだろうか、
行政によって確認される自分ってなんだろう、
その意味における国家(行政)の役割ってなんだろう、自分と行政の関係って?と、
いろいろと余計なことをあらためて考えさせられてしまった。




川越保育をよくする会←ホームページはこちら

にほんブログ村←こちらもどうぞ

開く トラックバック(1)


.
よくする会長
よくする会長
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

友だち(1)
  • mau*o*_we*ding
友だち一覧
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事