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たとえ詰め弁であれ塩むすびであれ、 弁当を持参するのが体のためであり財布のためでもある。 が、時間の都合やタイミングの問題で弁当を持ち合わせない場合に、 何を食べて空腹を満たすかは一大問題である。 先日は久々に「山田うどん」に入った。 いわずと知れた案山子のマークのチェーン店だが ここの“かき揚げ丼セット”がなかなかのコストパフォーマンスで、 味もB級なおいしさを持ち合わせているのだった。 通常、丼物と麺物が組み合わされる場合にはどちらかが“ミニ”になることが多いのだが、 ここはどちらもがガッツリと一人前で560円。 麺はうどんかそばが、温冷どちらも選べる。 大きなかき揚げの卵とじに甘じょっぱい醤油ダシがかかったかき揚げ丼は、 実はそれだけでもお腹がいっぱいになる位のボリュームだ。 ガテン系のおじさんたちや外回りのサラリーマンたちの熱い支持を受けているのも当然であろう。 ところが僕は当分の間、「山田うどん」から足が遠のいていた。 それというのも、今から1年くらい前だったか、 麺物のだし汁の一大変革があって、味が変ってしまったのだ。 元々は黒くて濃い、いかにも、といった汁だったのだが、 “本物志向でサービス向上”とばかりに色の薄い汁になってしまった。 見かけだけは関西風になった感じなのだ。 しかし、ここの蕎麦は小麦粉8割くらいのくにゃくにゃの麺だから 濃い汁で味をつけなければおいしくないし、 看板のうどんにしたって西のうどんとは程遠い、 いかにも小麦粉をこねてしつらえたようなザラザラした麺だから、 上品な汁よりもしっかりと味のついた汁のほうが合うと、僕は思うのだ。 僕だけではなく、汗をいっぱいかいて仕事をしているおじさんたちも同意見ではないかと、 ひそかに思っていて、汁が元に戻ることを期待していた。 久々に食べた“かき揚げ丼セット”だったが、はたして、 汁は元に戻ってはいなかった。 僕の味覚のほうがおかしいのだろうか。 もう本当に昔のことになるが、 僕が上京したてのころはうどんやそばの汁の黒いのにびっくりしたものだ。 受験で親せきの家に泊めてもらい、松戸駅で食べた立ち食いそば、 あの汁も黒くて濃くてしょっぱかった。 故郷山口には“しょっぱい”などという言葉はないから、 このうどんの汁を飲みながら「これが“しょっぱい”という味なんだろうか」 と思ったものであった。 そもそも、山口には蕎麦屋というものがあった記憶がなく、 基本的にはうどん屋なのだし、そのうどんもこちらに比べると 色が薄くて甘い汁である。 それはうどん自体も白くてしこしこなのでその汁がマッチするのであって、 あのうどんに関東風のあまじょっぱい汁は合わないだろうと思うのである。 当然のことながら、あの薄くて甘い汁で蕎麦などはもってのほかであろう。 要するところ、麺と汁はマッチングが重要なのであって、 汁単独の完成度や麺単独の品質向上は料理としてはあまり意味のあるものではないのである。 結局のところ、「山田うどん」の汁を元に戻して欲しいだけなのであるが。 |
食に関する問題
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今朝は仕事に出かけようと思ったら雨が降っていて、 昨夜から干しておいた洗濯物がずぶぬれになっていた。 「ついてないな」と思うと同時に、 「ラッキー!雨なら運動会中止じゃない!?」 うちの運動会は終わったんだけど、周りの学校で今日が運動会というところがいくつかあって、 そのせいで今日の大塚先生の講演会に来られないという人が何人かいたのだった。 しかしその喜びもつかの間、晴れはしないけど雨が上がってきたのだ。 微妙だな。これくらいならやっちゃうんじゃないか。 結局、ある小学校は開催、ある高校は中止、 お陰で?事務局の林さんがご夫婦で来てくれた。 そのほか、よくする会の事務局から2名、地域協議会から2名、 保育園からも少なくとも1名、ご挨拶をいただいたので、 まあ、結果として宣伝した甲斐はあった感触だ。 もちろん本当はわんさか来てほしいところなのだが、 なにしろ5月も皆さん忙しいから。 問題は講演会を聴いてどのように感じたか、それを今後にどうつなげていけるかだろう。 奇しくも地域協議会のNさんも「すごくいいお話を聞いて、これをどこに持っていくかですよね」 と感想を漏らしていた。そう、そこなんですよ…。 今日の大塚先生のお話では大塚先生の講演を聴いて立ち上がる首長もぼちぼち出てきているとのことで、 現実に取り組みを始めているのが福井県の小浜市や静岡県の三島市だ。 小浜は(なんと!川越の姉妹都市ではないか)市長が率先して取り組んだが議会をはじめとして 猛反発をくらい、しかし成績面で具体的に大きな成果が出てきたので見直されているようだ。 三島も市長が率先して食育条例を制定、学校給食を米飯5日に変えたり、荒れ地を開墾して畑にし、 子どもたちや市民のための食育に生かしているそうだ。 川越も、市長が子育て施策に重点を置いているというなら是非取り組むべきである。 小浜からニセモノの塗箸を購入している場合ではないのだ。 なぜなら、子どもをめぐる(特に教育分野)あらゆる問題が解決する根本的な手法が食改革であり、 それ以外の手法というのは所詮対処療法に過ぎないからである。 とはいえ川合市長が突然大塚先生の話を聞きに行くとも思えないし、 これまで何度か講演会のたびに行政関係者にもお知らせしながら、一度たりとも来ていただいていない 現状から、一足飛びに市長を招くことが出来るとも考え難い。 う〜ん、何かの折に何かのコネクションを使って、と、かなり迂遠な方法でアプローチするか。 とりあえず僕の守備範囲というのは、市長よりもまず市民の間に賛同者を増やすことだろう。 講演会終了後、希望者でコーヒーを飲みながらの歓談。 それにしても周りを見渡して、なんと参加者の平均年齢の高いことか。 健康問題という言葉がそのまま、寿命の問題と痛感させられるようなお歳の方が多い。 ここに残った方々は大橋自然食のおじさんの懇意の方が多いだろうことを考えると、 いかに自然食品店利用者が高年齢化しているか、ということだ。 すべてがすべてとは言わないが、お店の歴史を垣間見るようでもある。 誰かの質問に答えての大塚先生のお話。 育ちが貧乏だったからやってこれたと。 子どもの頃から、朝から晩まで働いた。 貧乏な養蚕農家だったから蚕の世話から牛の世話から、学校に行ってる時間以外は労働の時間だった。 月明かりで干し草を刈っていて鎌で何度も指の先を切断し、ヨモギの葉でくっつけた話もされていた。 そんな苦労をしていたから、校長になって荒れる学校のなかで対応に追われ、 わずかな睡眠時間で奔走しながら教育改革を行うバイタリティとモチベーションを維持できた。 これが普通の家に育っていたら、体を壊すかノイローゼになるか自殺をするか教員を辞めるか、 どちらにしてもいまの自分はなかっただろうというのだ。 久しぶりに大塚先生のお会いできてうれしかったということもあるが、 またたくさんの宿題を先生にいただいた一日であった。 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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育児に参加する父親のことを「イクメン」と呼ぶそうだ。 こんな言葉、僕は全く知らなかったのだが、たまたま昨日の新聞の読者投書欄でそんな記事が載っていた。 理由はそれぞれあろうが育児に参加する父親が目立って増えているからこその命名であろう。 喜ばしいことである。 それにしても、いろんな「メン」がいるのだな。 今日は「お弁当の日」の竹下和男先生の講演会へ。 生活クラブ生協の組合員3万人達成記念イベントだそうで、 僕は組合員ではないのだが、組合員である林さんにお誘いいただいたのだ。 ちなみに、うちは自然食品店での購入が多いから宅配型の生協を利用する必要性は少ないのだが、 家人の関係で他の生協を多少利用している。 しかし、商品に対する選球眼だとか、林さんから時々もらう小冊子「生活と自治」で活動を見る限りでは、 生活クラブ生協に圧倒的に軍配が上がるという印象を持っている。 さて、「お弁当の日」といえば去年のちょうど今頃、 CI協会主催の「お弁当の日」を広めるイベントに参加し、 (この時の登壇者は西日本新聞社の佐藤さんと長崎の小学校の先生福田さんだった) 竹下先生の本もその時早速買って読んでいたので、ある程度の前提知識を持っての参加だった。 しかし、さすがに本物の迫力は違うといわざるを得ない。 ご本人の言によると竹下先生は16時間分くらいの講演の準備があって、 その会場の雰囲気を見ながら(あるいは許された時間を睨みながら?)お話をされるそうだ。 とはいっても、その16時間の大部分は豊富な実例の紹介であって、 本当に伝えたいことと言うのはものすごくシンプル、おそらく1分か2分でしゃべれることだろうと思う。 その、ものすごくシンプルなメッセージを、他に代えがたい分厚い実践を交えながらたたみかけるように 話されるので、ほんとうに伝わってくるのだ。 「たたみかけるように」というのはこちらの感慨であって、先生のほうは早口で淡々と話される。 その、ものすごくシンプルなメッセージ(と僕が思っていること)をここで勝手に披露するのはやめておこう。 いくつか印象に残っていることを紹介するにとどめようと思う。 まず、子どもたちにとって大切なことは「自分の存在価値を認める」ということ。 自分が社会の中で必要とされている、あるいは自分の生活空間の中で居場所があると思えれば、 大人になっても自分の力で自分の人生を切り開いていける。 その、「自分の存在価値を認める」状況というのが二つあって、 一つは自分が誰かのためにしてあげたことに喜びを感じる時、 もうひとつは自分のために誰かが何かをしてくれることを感じた時 であり、お弁当づくりにはこの両方がどこかで必ず入っているそうである。 それから、大人が子どもに自ら率先して見せることの大切さも話しておられた。 たとえば料理でいえば、親が子どもや家族のために料理を作ることを楽しいと感じる姿。 これを身近に見て成長する子どもは自分も将来そういう大人になろうと思う。 子どもは大人の背中を見て育つということだ。 言葉で「やりなさい」ではなく、理屈で「やるべきだ」でもなく、 自分の姿で見せる。 また、初めから最後まですべて自分でやらせることの大切さも印象に残ったことの一つだ。 お弁当づくりでいえば、献立から買い物から調理まで、全部自分でやらせる。 それにより得られるものは、単に料理のスキルではなく、達成感であったり食をめぐる興味関心であったり、 逆に自分だけでは何もできない(つまりお弁当は作れるが、自分ではお米も野菜も作ってないし、誰かが それを運んでくれ、販売してくれるからお弁当を作れるのだ)という気づきであったり。 そこからさらに職業や社会に対する理解が深まり、他者への感謝の気持ちが生まれたりとつながってい行く。 まあ、こんなことを僕が断片的に書いたところで何も伝わらないであろう。 これらがすべて、秩序だて順序立て、実例も含めて語られていくのだ。 ぜひ一度、竹下先生の講演に足を運ばれることをお勧めする。 まずは本だけでも。 一介の教育者の努力によりものすごい成果が生まれている。 それは今の社会の中では「救い」であると思う。 そんな一人の実践がポツンと一つあるわけではなく、いろんな人がそれぞれの持ち場で、 自分にできることを頑張っているのだと思う。 だからそんな実践が目に見えない糸で結ばれていると考えれば、 この世の中も捨てたものではない。 今週末はもう一人の偉大な教育者、大塚貢先生の講演会であるが、 まだまだ席が埋まっていないのではないかと危惧している。 せっかくの機会であり、一人でも多くの人に聴いていただき、 身の回りを変えていくきっかけとしてもらいたいと思う。 大塚先生も竹下先生も、アプローチの方法こそ違え、 その熱意と努力と得られた大きな成果という点で本当に参考になるのだ。 過去の関連記事 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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昼下がり、ようやく昼食を終えたという頃に事務局の北村さんからTEL。 先日印刷した総会の議案書だが、小室保育園が定員増になっていて20部ばかり足りないという。 最近はなるべく無駄にならないように余分に刷らないようにしてるから予備はない。 いずれにしても当日配布用がないからいくらか増し刷りする予定だったので急きょ印刷することにした。 なにしろ総会は今週末に迫ってるのだから急いで会員に配布しなければならないのだ。 夕方、無理やり時間を作って公民館へ車を飛ばした。 印刷後、小室保育園に持っていくと霞が関も定員増になっているというではないか。 迷う余地なく霞が関へ。 会長稼業も楽じゃないのだ。 さて、今日の本題は講演会のお知らせである。 今月末、大塚貢先生の講演会が開催される。 これはもともと、僕がお世話になっている大橋自然食の創業35周年事業の一環として計画されたもので、 大橋さんの「これまでのご愛顧に感謝し、これからも皆様の健康に奉仕していきたい」との熱意により 実現にこぎつけたものだ。 最初、この話を聞いたのは1年近く前だったが、僕はこれまで3度も大塚先生の話を聞いて、 毎回、感動と共感をいただいているので、ぜひまた川越でやってもらいたいなと思い、そういう話をした。 その後どうなったのか詳しく聞いていなかったが、この前出来上がったチラシをもらったのだ。 僕もせっかくの機会なのでたくさんの人をお誘いしたいと考えている。 「食生活で変わる子どもの心と体〜かしこく、たくましく、やさしい人づくり〜」 講師:大塚 貢先生(元上田市教育委員長、教育・食育アドバイザー) 日時:5月29日(土) 13:30〜15:30 会場:川越西文化会館 チケット:前売り400円 当日600円 お問い合わせ:大橋真行(049-232-9445) もちろん、僕のことを知っている人はお問い合わせは僕のところでかまわない。 前売り券も何枚かはお預かりして販売したいと思っている。 それにしても35年、一言では語りつくせぬものがあろう。 僕も買い物に行くたび何かしら会話を交わすのだが、 病気を契機に脱サラして自然食品店を立ち上げ、経験してこられた様々なことにはかなわないものがある。 最近はマクロビオティックだとかローフードだとか、 自然食もずいぶんとブームになり、またオシャレにもなっているが、 大橋さんが始められたころは、それこそ奇人変人扱いだったに違いない。 それでも、大病され、病気を自分で治すしかないと自覚されたとき、 到達されたのが食養生であったのだろうし、それは達観であったと思える。 そして今度はそれを職業にされたというのは、やはり「恩返し」という発想であったのではないかと思う。 この35年間のご苦労のほんの一部を、時々聞かせていただくこともある。 そしてまた、全国の自然食品店で後継者がいないという話を聞くが、大橋さんのところも例外ではない。 それでも、ここまで続けてこられたというのは一つの大きな喜びに違いないのだ。 僕もすがすがしい気持ちで微力ながら講演会のお手伝いをしたいと思っているのである。 否、お手伝いというよりも、せっかくの機会に最大限便乗して、周りの人にひとりでも多く聴いてもらいたい、 というのが正確な表現だろう。 明日は次世代の地域協議会がある。 地域協議会の仲間にもチラシを配るとするか。 過去の関連記事 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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今日は久々にコーフーを作っている。 連日の肉メニューへのカウンターパンチ? そんな大げさな話ではないが、そろそろ在庫が尽きてきたので。 さて、前回、「食育」を話題にしたついでに、もう一話「食育」について書いてみたい。 昨年度から急きょ?策定にとりかかった「川越市食育基本計画」についてだ。 こちらはにわかごしらえの策定委員会で検討を急いだためか、市民の意見を汲む機会がほとんどなかった。 唯一、今年になって1月いっぱいで「食育基本計画(案)」に対する意見募集(パブリックコメント)があった。 僕はもちろん厳しい意見を述べさせていただいたが、その後どうなったことだろうか? 今日はそういう話題だ。 まず、市民の意見を聴く機会がなかった点について苦言を呈させていただいた。 川越の場合、パブリックコメントは、ほんとに素案が出来上がった後に申し訳程度に意見募集するにすぎず、 市長決裁を控えて大幅な変更は期待できない。 やはり策定過程の早い段階で、一度市民の意見を募集することが望ましいと思う。 もちろん、市民のサークルや幼稚園・学校関係者なども策定委員には入っているのだろうが、 せっかく作るのなら幅広い意見を集めて検討していくに越したことはない。 次に、「基本計画」は「基本理念」「基本方針」「基本目標」から成り立っているのだが、残念ながら、 「基本方針」のところで「命」や「旬」についての言及がほとんどない。したがって当然のことながら、 「基本目標」で具体化すべき施策にも、それらを大切にしていく視点は不十分なものとならざるを得ない。 「基本方針」とは (1)心身の健康によい「食」の選択する力を養います (2)「いただきます」を言い合う食卓をめざします (3)「食」のつながりを大切にします (4)地元の産物を生かし、伝統と新しい食文化を目指します (5)安心して食べられる「食」の確保に努めます というものだ。 唯一、(2)のところで「調理実習などにより食物がどのように作られるかなど自分の口にたどり着くまでを学ぶことで『命をいただく』ことの理解を深めることが重要です」との記述があるにすぎない。 えっ???「食」って「命」そのものでしょ??????? たったそれだけなの? しかも、本来「基本方針」を受けてそれを具体化するうえでの「基本目標」が定められるものだと思うが、 「基本目標」はもう一度、基本方針を述べているような感じで全くはっきりしないのだ(後述)。 本当なら「食は命」だから「ああしましょう、こうしましょう」となるのではないのか。 「旬」に関してはまったく言及なし。 すなわち、食の本質に全く切り込まずに、ありきたりのスローガンをちりばめている感じだ。 そして「基本目標」は (1)家庭や地域で食育を進めます (2)学校、保健所等で、食育を進めます (3)関係者が連携・協力して仕組みづくりを進めます (4)農業とふれあい・地産地消の推進と環境に配慮した食生活を推進します (5)「食」の安全・安心を推進します となっていて、それぞれの柱に[川越市の取り組み][関係機関・団体の取り組み][市民の取り組み]と分けて 具体的事業が羅列されている。 「方針」と「目標」の関係や言葉や表現などももっともっと整理すべきだが、まあ、それはさておくとしても、 核になるような川越市としての施策が全くない。今でも保健センターや学校でやっているようなことを、 多少色付けして再掲しているに過ぎず、「今をこう変えたいからそのためにこうするんだ!」という迫力は 微塵も感じられない。つまり、この計画を推進したところで、(やらないよりはましだが)大したことにはならない。 僕はこれまで、たとえば大塚先生の渾身の取り組みや「お弁当の日」の取り組みなどを見てきて、 「食」をきっかけとして本当に子どもたちが・人間が・地域が変わっていくのを実感してきた。 だからこそ、大塚先生の講演会をよくする会で行った時もお役人や校長先生、関係者に声をかけてきたし、 この基本計画を作るにあたっても、お役人に「お弁当の日」の本を貸したのだ。 何度も言うけど、同じことをやれと言っているのではない。やるのなら本気でやりましょうと言っているのだ。 やって意味のあること・やって価値のあることをやりましょう、ありきたりでお茶を濁すのはやめましょうと。 「ありきたり」というのは、今回の計画でも学校や保健所での食育推進が「指導」中心。 一方的に授業したりVTR見せたりしても何の効果もないだろう。「実感」がないのだから。 まあ、とにかく、「指導」や「啓発」のオンパレードだ。 そして昨日も述べたが、肝心の「給食」がまったく食育になっていない。 短時間に「栄養」を流し込むだけの時間だ。最近は嫌いなもの、食べられないものはジャンジャン残すので 残食の山だ。有機肥料としてリサイクルしているというが・・・素直に納得は出来ない。 そしてさらに、「方針」でも「目標」でも「食の安全」に言及してはいるが、どのようにして食の安全を確保するのか、 そもそも、何をもって「安全」というのか、全く述べられてはいない。 僕はたとえば川越市なりの「安全基準」を作って、給食にはそれを適用していくとか、あるいは地域の 生産者に理解を求めて育成しながらブランド化していくとか、なんらかの市としてのリーダーシップが 必要だと思うのだ。 と、悪口ばかり述べてきたが、まあ、第一歩を踏み出したことは評価に値するし、 策定にかかわってきた委員や関係者の日々の努力は言うまでもないだろうと思うのだ。 それには感謝しつつも、やはり川越市の「基本計画」に対しては辛口の評価者でいようと思う。 1〜2週間前に川越市のホームページをくまなく探したけど、この基本計画の帰趨については記載がなかった。 人事異動などもある時期だから公表が遅れているのかもしれない。 が、今年度から5年間、やるといったらやるのだろう。 注目していきたいと思う。 過去の関連記事 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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