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昨日は午後から、予定通りユキさんと会う。 大きな目的は一昨日作った豆乳ヨーグルトを渡すことだが、 ざっくばらんに雑談や情報交換。 話題は自然と給食のことになる。 ユキさんは思っていた通り、牛乳アレルギーの子のために豆乳ヨーグルトを作ろうと思ってたそうだが、 規定により発酵食品を手作りして食用に供してはいけないそうだ。 だからこれまでも味噌づくりもだめだったし、 ピザなんかも生地を寝かして発酵させるのでだめだそうだ。 まあ、このあたり、園長の腹づもり一つだと思うのだが、 考えてみればおかしな話だ。 日本が誇る発酵食品、味噌を子どもたちと作ることもできないで、 かたや保育計画に食育計画を入れなければならないのだ。 「食育」って何?って話だ。 もちろん、食の基本は食べること。 保育園では毎日の給食がその絶好の教材だ。 これを離れて栄養教育やクッキング保育をしても何の意味もない。 まずはきっちり食べること。それを出発点に食の旅は無限に広がる。 いつも食べている味噌汁のお味噌を自分たちで作ることが出来る。 それも、一番最初の大豆の姿から始まって、形・色の変化、匂いの変化を追いながら、 最後に塩辛い味噌を指で舐める楽しみ。 それが出来ない「食育」ってどういう食教育なのだろう? そもそも現代は生産の現場と消費の場が著しくかけ離れている。 畑で出来るものも海で獲れるものも工業製品も、みんなスーパーで売られている。 のみならず口に入る直前の姿にまで加工されているものが多いのだから、 元がどんな姿のどんなものだかわからないものが多いのだ。 それでも僕の世代くらいまではまだ過去のありようを記憶にとどめているが、 子どもたちや若いお母さん方なんかは食に関する感覚は随分僕なんかと異なるはずだ。 畑で農業体験することも、給食センターを見学することも、味噌づくりをすることも、 こういうところにもつながるのだし、もちろん命の大切さや不思議さ、 食に携わる人たちへの感謝にもつながってくる。 食の旅は果てしないし、道はすべて相互につながっている。 今年はわがよくする会でも給食に関する何らかのプロジェクトを立ち上げようと思っていて、 事務局会議でもいくつかの意見なんかをもらっている。 なかなか、「こうしてああしてこんな方向に持って行こう」というところまでの青写真を描ききれないのだが、 ある程度やることを具体化してメンバーを募集して、2カ月に一度でも定例会を持っていきたいと思っている。 また、今年の給食セミナーは北海道だそうだから、中間点のレポートを持って参加して、 さらに全国からの参加者にいろんな意見をもらうというのも面白そうだ。 目的は今の給食をよりよいものにしていくことだが、 「よい」ということが多義的な今日だから多角的な検討が必要となってくるだろう。 給食に求めるものも人により様々であり、当然のことながらそれ以上に人的・予算的制約も大きい。 たくさんのアイデアのなかから少しずつ前向きな提案がしていけるといい。 夜は学童の指導員の先生のお別れ会だった。 他の学童に転勤になり、保護者会主催でお世話になった保護者・子どもたちを集めての会合。 うちも長女が入学して以来、ずっと面倒を見てきてもらった。 また新しい職場でも子どもたちを受けとめてバイタリティあふれる毎日を送られることだろう。 川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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食に関する問題
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なぜうちの庭にトノサマガエルが集まってくるのか、 それはわからない。 ただ一つ言えることは食べ物が豊富ということだろう。 近隣の田んぼや畑は定期的に農薬を散布し、 雑草が赤黒く、醜く枯れ下がっている。 うちの庭は手入れが行き届かず、雑草が生い茂っている・・・。 だが、餌を求めて狩りに余念のないカエルたちも、 思わぬところで狩りの餌食になる、それが自然界の掟である。 うちの庭のごとき小宇宙にあっても、そんな掟が貫きとおされるのである。 カエルの断末魔の悲鳴を聞いて家人が呼びにきた。 今にもヘビに丸飲みにされんとしているカエルがいる。 どちらも命がけの死闘である。 カメラのフラッシュのせいなのか、それとも獲物が大きすぎたのか、 結局ヘビはカエルを飲み込むことをあきらめ、カエルは逃げ去った。 そのあとこのカエルがどうなったか、それはわからない。 それにしても三笠フーズの問題、たくさんのことを明るみに出してくれた。 米の高い関税率を維持するために、国の予算で米を海外から購入していること、 それが農薬に汚染されていて食用にならなくとも、クレームも付けすに買い取っていること、 「事故米」となったら安価に払い下げていること、工業原料に、という大義名分については ほとんど調査もせず行き先について責任を持っていないこと、 「米」というようなシンプルな食材でさえ、消費者のもとにたどりつくまでに複雑な 流通経路を経ていること、また、それがゆえに末端価格が上昇するか、あるいは 生産者の身入りが僅少となるか、あるいはその両方か、となるはずであること、 焼酎の麹にはあえて外国米を使用していること・・・。 そして今度は伊利食品だ。というか中国の牛乳生産者が故意にメラミンを原乳に混ぜ込み、 かさ増しして出荷していた問題というべきか。 現時点では企業側の関与の程度は明らかではない。 まあ、その辺も大いに問題だが、そういう中国産の牛乳が、厚焼き卵にまで用いられ、 それが学校給食にまで用いられていたということ、こういうところを考えようではないか。 厚焼き卵に限ったことではない。市場にあふれる半加工食品、加工食品、 表示義務のある原材料だけを見てもおぞましいほどの色々なものが用いられている。 そういう「商品を選択する目を持ちましょう」、これが食育基本法の精神であるはずである。 ところがどうだ。食育を推進するべき学校で、これにもとる選択をしているのである。 もし学校の給食室で、あるいは家庭のキッチンで厚焼き卵を作ったとしたら、 何が必要となるであろうか。卵、塩、砂糖、それにだし汁、まあ百歩譲ってだし汁を 「ほんだし」で済ませたとしても、食品添加物は「アミノ酸等」だけで済むはずなのだ。 ここまでに至っている学校給食を、あるいは私たちの食卓を、 もう一度振り返らなければならないのではないか。「しょうがない」で済ますのではなく、 少しでもマシな方向へ、舵を切らなければならないのではないか。 便利な世の中で、スイッチ一つでごはんもおかずも準備できる。 お金さえ払えばこの世のほとんどのものを口にすることができる。 そんな社会の中で、人間としての、本能としての感覚を麻痺させてはいけない。 本来、食べるということは大変なことなのだ。 人間の長い歴史も、「食べられないこと」との闘いであった側面がある。 動物たちの死闘は言うに及ばない。 食べることについてこんなに楽ができる社会なのだからせめて、 自分の口にするものに対してもう少し関心を持とうではないか。 川越保育をよくする会←ホームページはこちら 給食セミナー埼玉実行委員会←2月までの限定! にほんブログ村←こちらもどうぞ
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つい先頃田植えが終わったと思ったら、もう稲がかなり伸びている。 夕刻などは初夏の爽やかな風が吹き渡り、気持ちいいことこの上なかった。 整然と並んだ何条もの稲の間を風が吹き抜けるようだった。 大塚貢さんの食育に関する講演会を聞くためだ。 といってもこの人がどういう人なのか、全く予備知識は持ち合わせていない。 ただ、この講演会を企画したのが幼稚園に子どもを預けている保護者たち、というところに 大変な興味を引かれたのだ。 しかも、この幼稚園というのが幸手ひまわり幼稚園。 僕は2年前の合研の時、何度となく訪れ、合研参加を呼びかけたり実行委員会の準備をしたりした そんな思い出ある幼稚園である。以前より保育内容には定評のある幼稚園だ。 今日、会場で高崎園長に久々にお会いして聞いたのだが、講演会を企画した実行委員の 皆さんの多くがこの幼稚園の卒園生の保護者とのこと。 いや、まいったな。実行委員の皆さんもさることながら、 こんな気風を生み出す幸手ひまわりの風土。 それから、実行委員の皆さんの、今日の講師を見つけ出した嗅覚のすばらしさや 準備を重ねてきた実行力、準備された会場はほぼ満員で、参加された皆さんはみな、 高揚した面持ちで会場をあとにされていたが、これは今日の講演会が大成功に終わったことを 意味しているのでもある。 さて、講演の内容である。 ひとことでいうと、久々にものすごい感銘を受けた。 僕が感銘を受ける場合というのは、大体が講演の内容や書物の内容というよりも、 その人の行き方・生き様に対してだ。 今日もやはり例外ではなかった。 大塚貢さん、教職畑を歩んでこられた方だ。最後は長野県の真田町で校長、教育長を歴任され、 真田町が合併で上田市になって定年で退官されたとのことである。 その校長・教育長時代に、歴史上まれに見る大改革を成し遂げられたのである。 一つは教員の姿勢の大改革、一つは給食の大改革、一つは子どもたちの心の大改革。 そのどれもが、氏の鋭い観察眼と洞察力から端を発しているように見受けられた。 例えば給食の改革。 荒れた教室、非行、無気力、すぐキレる生徒を観察すると、 菓子パンや清涼飲料水など、ほとんどミネラルもカルシウムもとれないようなものを常食し、 自宅でもカレーや焼き肉など、血液をきれいにするにはほど遠い食生活をしていることに気づく。 そこで家庭に協力を求めたがほとんど無視され、しかたなく給食の改革に乗り出すのである。 しかしこれも教員や生徒、調理員の大反対にあい、何度も挫折しそうになったという。 その改革というのがお米を中心とした伝統的和食への転換であった。 特にメインディッシュは肉を極力減らし、魚、それもアタマから尻尾まで丸ごと食べられるように 調理に工夫を凝らしたものが多い。 また、お米や野菜も、極力減農薬・無農薬のものを農家と契約して入れているという。 これだけの改革をしようとすると、これらを食べ慣れない教員や生徒の猛反対にあい、 面倒な調理・後かたづけを強いられる調理員の猛反対に合い、 とどめは利権を失いたくない業者や団体からのものすごい圧力にあったというのである。 給食のための補助費をカットするといわれたり、 「一部の農家の利権のために教育行政を欲しいままにする教育長」などと攻撃されたり。 それでもめげずに信念を貫いて改革を成し遂げるというのはだれにでもできることではない。 また、子どもたちの心の改革というのは、 花や生き物を慈しむ心をはぐくむこと、そのために子どもたち自ら花の世話をするよう、 先頭に立って尽力されたことだ。 今日の講演でスライドを見せていただいたが、サカキバラの事件をはじめ、 子どもたちが凶悪な犯罪を起こした学校というのはどれも、殺伐として花一輪咲いておらず、 子どもたちの心を潤すような環境を大人達が作っていないというのである。 校長や教員がほんとうに子どもたちを大切に思えば、どんな環境の学校だってできないことはない。 それを実践されたのが大塚貢さんなのだ。 結果的にではあるが、真田町における少年犯罪はゼロに等しいまでに減少し、 子どもたちは全国の共通テストで優秀な成績を収めるまでになっている。 これは、教育長というトップに立つ人間が本気になって改革をやり遂げためずらしい例である。 と同時に、トップに立つ人間がいかに重要かを物語るものでもあり、また、 やる気になればできないことはないのだ、ということを教えてくれる。 そしてその改革の行き着いた先が「食」であったという点が、 ますます僕を興奮させたものでもあったのである。 僕などが聴いても大変意味のある講演だと思うが、 ぜひ、全国の教育関係者や行政担当者に聴かせたい。 そして、講演を聴いた1%が重い腰を上げただけでも随分日本はよくなるだろう。 え?僕ですか?うん、僕はもう始めているのですけれどもね。 大塚さんみたいな形で結果を出していないので説得力がねえ・・・。 http://kawagoeyokusuru.petit.cc/川越保育をよくする会←ホームページはこちら にほんブログ村←こちらもどうぞ
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