映画な日々

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人生について考える

「これは面白い本なんだよ」

「ほう」

「今昔物語と言ってね、…」

「こんにゃくの作り方かなんか書いてあんの?おかしな本だね」

「いやあ、これはね、昔の日本人の暮らしを書いた本でね」

「はい」

「たとえば、ある所に、君のように二枚目で、女にもてる男がいた。」

「はい、…え?、へへ…二枚目だなんて言われると困っちゃう、ハハハ」

「ところが、この世のものとも思えぬ美人がその男の前に現れた」

「はあー、そういやね、こないだえらそうな坊さんに会って『女難の相』があるって言われたんだ。
 他人事じゃねえな、そりゃ。そ、それで?」

「男はたちまち恋に陥ってだな、苦心惨たんな挙句、その美女をものにした」    

「結婚しちゃったんだろ、うまくやりやがったなあ〜、それで?」             

「可哀想にね、その美しい妻は一年も経たないうちに病を得て死んでしまったんだ。」        

「へー…、だけどそいつ二枚目だから、半年もしないうちにまたいい女が出てきて、くっついた、
くっついたろ」
       
「いや、この男はね、君のような浮気者じゃぁないんだ」

「……」 

「三月経ち、半年経つが男はどうしても美しい妻の面影を忘れることができない。
 どうにもこうにも我慢ができなくなって、ある日妻の墓場へ行って、棺を掘り起こした。
 しかし、男が見たものは、美しい妻の顔とは似ても似つかぬ…腐り果てた肉の塊だった。」

「………」

「男は、この世の無情を感じて、頭を丸めて仏門に入り、一生仏に仕えて暮らしたということだ。
 まあ、こんな話を読んでると、僕も人の一生についていろいろ考えさせられたりするんだけどね」












寅「今は昔、あるところに男がいた…」 

社長「ある所ってどこだい?」

おばちゃん「日本に決まってるよ」

社長「日本だっていろいろあるだろう、北海道とか九州とか」

博「どこでもいいんですよ、それは」

さくら「ほら、昔々ある所におじいさんとおぱあさんがおりましたって言うでしょう、あれよ、」

社長「あああ」

さくら「ねえ、お兄ちゃん」         

寅「ちっ、やめたよ、お前達相手にとても話はできねえや」

おいちゃん「まあまあ、そう怒るなよ、面白そうな話じゃないか、昔、あるところに男がいた。
      ん、それで?恋愛でもしたか?」      

寅「その通り。これがなんといい〜〜女。男は惚れたねえー…」        

社長「でも失恋したんだろ?フフ」

博「シッ!」

寅「おい、これ片付けろよ、なんとか、この目障りの太ったの」

さくら「お兄ちゃん、黙って聞くから先話して。恋をして、それからどうしたの?」

寅「二人は結婚した。美しい妻。男は幸せさ、仕事にも励みが出る。汗をかいて家へ帰る。

 『お帰りなさいませ。今日はお疲れになったことでございましょう、お風呂も沸いてございます。
 越後より美味しいお酒も届きました。一つつけておきましょう。』

 月の明かりの下で、つましい食事。ほら、昔はこういう電気なんかなかったから、ね。

 『どうだ、そなたも一口いかがじゃ』   

 『いいえ、わたくしお酒など』 

 『うん』  

 この幸せな二人の暮らしは、一年とは続かなかった。その女は病を得て死んだ。子宮外妊娠。」

おばちゃん「あら、気の毒に…」

寅「男は泣いたな…。お通夜、葬式、初七日と、日は過ぎて行くんだが、男の涙は止まらない。」

寅「会いたい、もう一度だけ妻の顔が見たい。たまりかねて、月夜の晩に男は出かけたな…」

みんな「…」

寅「…墓場へ」 

寅「サック、サック、サック…。

 薄暗ァ〜い木立の中に不気味なふくろうの声…。

 ホオ〜…、 

 ホォ〜…、

 ホォ…。

 やがて棺桶が出てくる。

 『はああ、この中に愛する美しい妻が…。』男の手が棺桶の蓋にかかる。

ギギ、ギギ、ギギギギギギィィ〜ィ…   


寅「うわあああああ!!」
        
一同「うわあああ!」  

寅「なんと棺桶の中の妻の顔は腐れただれて、うじ虫がうじゃうじゃ…」

さくら「ヤメテェ〜!」           

おばちゃん「気持ち悪い〜」

おいちゃん「なんだおどかしたのか」

さくらたち「もうやだなもう」



寅「違う!違うよ、これからが大事なんだ。いいかい、男はね、その日から二度とその美しい妻の顔を思い出すことができなかった。どうしても思い出そうとすると、醜く腐り果てて蛆虫のクチャクチャな顔が浮かんでくる。これは辛い…。その男の気持ちを考えるとオレも知らない間に涙が出てくる」

さくら「それでどうしたの?その人」

寅「出家したよ…。家を捨て、身を墨染めの衣にまとい、お経を唱え、生涯修行の旅を続けた」

博「なかなか味のある話ですね…」             


寅「うん、人生について考えさせられたろ」


博「はい」

久しぶりの映画

久しぶりといっても好きな作品は半年も観ないと久しぶりになります。

「花見百姓にゃあ嫁に行くなってな。昔っから村の女衆の間じゃそう言われてただ。桜の花ばっかり見てて田起こしもしねえような男はろくなもんじゃねえっつうことだ。」
満開の桜に見とれて仕事をほっぽり出す農民を信州では「花見百姓」というのだそうです。「阿弥陀堂だより」では人間の幸せは「花見百姓」みたいな暮らしにあるのだといっているかのようにも見えます。どんなに突き詰めても人の幸せの在り様は定まりがないとはいえまことの花にその在り様の一端を見ることは出来るかもしれません。
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その昔、今から600年程前に世阿弥が記した『風姿花伝』の中で『ただことば卑しからずして、すがた幽玄ならんを、受けたる達人と申すべきか』と書かれていますが、『真(まこと)の花は、咲く道理も、散る道理も、人のままなるべし』とは正にここに登場するおうめさんのことを行っているのではないのかと思ったりもします。

目先のことにとらわれるなと、世間では言われていますが春になると、なす、いんげん、きゅうりなど次から次に苗を植え水をやり、そういう風に目先のことばかり考えていたら知らぬ間に96になっていました。目先しか見えていなかったので、よそ見をして心配事を増やさなかったのが良かったのでしょうか。
それが長寿の秘訣なのかもしれません。

畑にはなんでも植えてあります。なす、きゅうり、とまと、かぼちゃ、すいか。そのとき体の欲しがるものを好きなように食べてきました。質素なものばかり食べていたのが長寿につながったのだとしたらそれは、お金がなかったから出来たことなのです。貧乏は、有り難いことです。

娘の頃は、熱ばかり出していて満足に家の手伝いも出来ませんでした。家の者、誰もが「この娘は、長生きは出来ないだろう。」と言っていたものです。それがこんなに死ぬのを忘れたような長生きになってしまうのですから人間なんてわからないものです。歳をとればとるほどわからないことは、増えてきましたがその中でも自分の長生きの原因が一番わからないことであります。

雪が降ると山と里の境がなくなり、どこも白一色になります。山の奥にあるご先祖様達の住むあの世と里のこの世の境がなくなってどちらがどちらだかわからなくなるのが冬です。春、夏、秋、冬はっきりした山と谷の境が少しずつ消えてゆき一年が巡ります。人の一生と同じだとこの歳にしてしみじみ気がつきました。

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お盆になると亡くなった人達が阿弥陀堂にたくさんやってきます。迎え火を焚いてお迎えし、眠くなるまで話をします。話しているうちに自分がこの世の者なのか、あの世の者なのかわからなくなります。もう少し若かった頃は、こんなことはなかったのです。恐くはありません。夢のようでこのまま醒めなければいいと思ったりします。

「阿弥陀堂だより」のおうめさんの言葉

横顔の美しさ

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真横の顔は美しい。

遠くを見つめる時、物思いに耽る時、何かを決断する時の横顔は見ていてほれぼれする。

「風の谷のナウシカ」の原作本で宮崎駿さんが描くナウシカの「横顔」は美しい。文明崩壊後の滅びのなかで平和を強く望みながらも激しい戦いに巻き込まれていくその運命に絶望しながらもなお、「生き抜く決意」をする。その横顔を心をこめて描いている。

次回のお題

次回は「自転車」です。皆さん、ここにコメントしてね。気楽に投稿しちゃいましょう。
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参考例 
今日から大人だよといって、補助車をはずす〜   勘違い  :馬鹿ネタはもうそろそろヤバイ
ヒコーキ雲、ついてこい!          少年セゾン  :かわいいい〜〜〜

「麦秋」の浜弁

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実家のすぐ上の公園の展望台より横浜港を望む
ちょうどこの木立の下が私の家です
フェリスのある高台は・・・

小津安二郎監督作品「麦秋」
これほど見事なシナリオはめったにない
脚本は野田高梧 まさしく会心の出来だ
小学生のたちのコミカルなやり取り
杉村春子と二本柳寛の会話のおかしさ
そして何よりも原節子と淡島千景
この二人のやり取りを聞くためにだけ
何度「麦秋」を観たことか

こまったことに私には思い込み癖があって
勝手にこの二人はフェリスの同級生ということになっている
何処となくお嬢様言葉でかといって高ぶらず語尾上がりの
不思議なおかしみのあるイントネーション
原の実家は鎌倉、淡島は東京 あいだを横浜が取り持つ
浜弁とは言い切れないのだが、どうしてかあのイントネーションは
横浜の匂いがする、のであるな〜 
一般に浜弁というと「じゃん」とか「そうじゃん」になるようだが
語尾上がりのイントネーションが浜弁なのじゃなかろうか

浜弁と聞いてシュウマイ弁当を思い浮かべたお方には
私と同じそそっかしさと早とちりを感じます
ご愁傷様でした 横浜へ出るときは電話して
シュウマイ弁当を頼んどきます 
私の「何故か食べたい」のなかのひとつです

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