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すぎむら清を理解してもらうため、ブログはじめました。活動内容を逐次アップしたいと思います。宜しくお願いします🙏
2017年北朝鮮からミサイルが発射され、jアラート(全国瞬時警報システム)が稼働し始まりました。当時、私は特養老人ホームの防災責任者をしておりました。施設には自力で避難出来ない、ご老人がほとんどで介護職員の介助がなければならない方ばかりでした。jアラート訓練は市内同放無線により全域にわたり音声と信号で市民に知らされます。

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役所では定期的に訓練放送をしていますが、なかなか皆さん興味がないようで知らない方々残念ながらほとんどです。当時jアラート訓練を介護施設内で全員を対象に実施しました。まずは窓から離れ、壁沿いに頭を守る姿勢で伏せます。

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ベッドにいるお年寄りは介護職員が覆い被さるようにして守りました。今大変憂慮されるのは韓国との関係が悪化し北朝鮮のミサイル脅威のリスクが高まっていることです。今は日本海に着弾していますが今後については日本国内に落ちる可能性もあります。jアラートは頭だけで理解しても瞬時に行動出来なけれ ば役に立ちません。北朝鮮ミサイルの精度はかなり悪いと聞いております。まだ自衛隊のミサイル迎撃能力は定かでありません。いざという時のために自分と自分の家族を守れるようjアラートの理解と訓練をお願いします。

伊豆半島の救急現状は

令和元年8/19駿東伊豆消防組合の定例議会に参加しました。私も消防広域化後3年の消防力の向上とスケールメリット、管理者等の選任について質問をしました。まだまだ広域化の成果や効果が現れるまでには至らない事を感じました。特に気付いたのは東伊豆町議員から質問があった救急車が中々到着しない現状についてでした。中には40分も待たされ病院到着後亡くなった患者がいたとの事でした。

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東伊豆消防署には救急車が1台しかない為出動してしまうと町内には救急車が無い状況になってしまい、次に東伊豆で救急があった場合には伊東市消防署からの出動になり当然40分位はかかってしまいます。そんな事案が数件あったとの事でした。人の命は何より重き代え難いものなので何とかしなければと思います。消防広域化により救急サービスが向上したと思っている東伊豆町民はガッカリしてるはずです。方法の一つとして考えられるのは4台ある救急予備車の1台を東伊豆署に配備し緊急を要する救急に対して非番駆けつけによる方法が時間短縮につながると考えられ今出来る最善策と考えます。財政上、救急車を増隊することは不可能です。伊豆半島の海岸沿いにある下田.西伊豆.南伊豆などで発生した重篤な患者は伊豆の国市順天堂病院に搬送を余儀なくされる為どうしても搬送時間がかかります。昼間はドクヘリ搬送が可能ですが夜間は飛行出来ないのでどうしても救急車での搬送となります。重篤患者の殆どは夜間に多く発生し119番がかかります。いち早く救急車は現場に駆けつけたいのですが伊豆半島の道路事情がネックになっています。今、観光と防災の観点から道路整備がなされている様ですが早く整備してもらいたいと思います。

消防災害PTSDからの脱出

東日本大震災時には災害活動した緊急消防援助隊員の多くが任務終了し帰還後PTSDとなりました。私の部下隊員にも数名おり不眠や気力が無くなるなど様々でした。医師から指示され、災害活動した隊員同士で当時の傷まし状況などを思い出しながら各々話し合いをしました。体や頭にあるストレスを皆んなで共有し吐き出させる治療のようでした。時間はかかり完治までは至らない様でしたが数年をかけ徐々に治ったそうです。

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京都アニメの火災では多数の亡くなった方々の激しい焼損などで出動した多くの消防隊員が酷いPTSDになっているそうです。激しく焼けると男女の区別が出来ないほどで内臓も飛び出している事もあります。隊員のなかにはこのPTSDから消防を辞める隊員もいると聞いています。消防.警察.自衛隊の隊員は災害時には一般住民が体験しない悲惨な光景を目の当たりにします。ちなみに私も新人隊員の頃、このPTSDになりました。東名高速道路で3名の死傷者が沼津の病院に既に搬送されており、私も救急隊としてその病院に男性1名を急病搬送した際に担架に乗せられ血まみれで血を吐きながらのたうちまわる、その3名を目撃しました。その後は食事が出来ず同時に夢に出る様になりました。当時どうしていいか分からず先輩隊員に相談しました。先輩は(誰でも経験する治ると言うより忘れるから心配するな)と相談に乗ってくれ.事ある毎に見守ってくれました。やはり数ヶ月かかりましたが徐々にに忘れる事が出来ました。その光景は今でも忘れる事はありませんが、PTSDは自分から周りに相談し話しを聞いてもらう事、時間はかかるが必ず治ると思うこともが大事だと確信しています。
消防と言うと火災現場での消火活動や救助活動を連想させますが、火災予防としての立入検査や消防設備の設置審査などの業務もあります。 そんな火災を未然に防ぐための業務として、当時、私は予防課にも10年以上席を置いていました。当時は、まる適マークという制度があり年一回は旅館ホテルに行き立入検査をし、合格.不合格の判定をしました。

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当然ホテルの支配人は営業に関わる死活問題で必死でした。しっかり出来ている所の防火管理者は会うだけで分かりました。目を見ると自信と責任感にあふれ輝いていました。また問題ありの方の時はお世辞を言ったり.書類整理が不備だったり.同じ目からは輝きはありませんでした。査察担当者も人間です何年も同じ防火管理者と立入検査で同行すると情に負け多目に見ることもしばしばありました。ても担当者として後から心配になり心休まることはありませんでした。最近、全国的に大きな工場や倉庫などが大火災になっています。火災になった工場などを消防査察した担当者は肝を冷やしていると思います。私が査察担当者の時には自分で言うのもへんですが大変厳しい査察官だと言われ嫌がられました。今思うと当時大きな火災がなかったのも成果なのかなと振り返ります。
既にこの火災は発生から2週間が過ぎよとしている。当初33名の死者が34名となり、まだ重篤な方々もいる。火災での負傷者は皮膚火傷と気道熱傷により死亡する確率はかなり高くなる。また課題として見えるのは、まず建物構造のラセン階段に防煙たれ壁しかなかったこと。二方向の避難が出来る階段などが無かったこと。報道では、消防法に基づき避難訓練はやっていたが火災当時の訓練行動は全く生かされていなかった等がこの火災の死傷者を増加させた要因となる。

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まず、ラセン階段の防煙たれ壁は新建材を使った屋内から出火の火災では無力であること。二階のベランダから飛び降りた方々の証言から、煙の早さが尋常じゃないとあり、手探りでベランダに逃げそこから飛び降りている。おそらく黒煙の充満スピードと仕事に専念していて事の重大さに気付くのが遅れ、普段の避難訓練での行動はパニックとなり出来なかったこと。命が助かった殆どが、ベランダから飛び降りた方々であったなど、火災というものは思いもらよらぬ事態が発生する。負の産物として、マスコミ報道から良からぬ輩がこの様なテロ活動を考え実行するともかぎらない。私も実感しているが非現実的な災害時にはパニックとなり避難や消火はまず無理である。これから施設の防火管理は単なる消防訓練ばかりでなく年一回はこの様なテロ火災を想定した訓練も考えていかなければならない時代に来たと感じます。

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