ここから本文です

絶対大丈夫だよ

イメージ 1

2018年が終わる。平成最後、平成最後とまるでこの世の終わりみたいに、世の中は空前の平成最後ブーム。僕はギリギリ、昭和の最後に生まれたもんで。勝手に昭和の最後の生き残りみたいな使命感を抱いてるけど、人生31年。30年を平成で生きてるから、もう僕は平成そのものだ。それでも、子どもの頃、ひいばあちゃんが大正生まれと聞いて、大正ってかっけぇなと思ってたから、いつの日か僕の孫が、じいちゃん昭和かよ、かっけぇなって勝手に思ってくれたらいいなって勝手に思っている。

2018年を振り返る。年末年始にあらびき団、本能Z、芸人調べ、いくつかのテレビ番組に出れた。本能Zでは、尊敬してやまない板尾さん今田さん東野さんフットさんらの前でネタやトークが出来て、ましてや板尾さん推薦で出れるなんて、ごっつのDVD呆れるほど観てた高校生の自分に真っ先に教えてあげたい。

春には、こんなしがない30年の人生を書いた自伝が「カタリエ」というコンクールで大賞を獲ることが出来た。今まで出会った人達に少しだけ恩返しが出来た気がした。

夏には、念願のアメトーーク!に出ることが出来た。しかも、実家が農家芸人。完全に実家がセロリ作ってくれてたおかげ。じいちゃんがセロリをはじめてくれたおかげだ。

そして、絶対に結果を出したかったキングオブコント。僕らはまたしても、準々決勝で負けた。もう何年も、何年も、ここで負け続けてる。いつも隣にいた、やさしいズが決勝に行った。他事務所で同期のハナコが優勝した。嫉妬と悔しさと、自分の不甲斐なさで胸が張り裂けそうだった。悔しい悔しい悔しい。どうして自分じゃないんだ。やり方が間違ってるのか。努力が足りないのか。才能がないのか。どうしたらいいんだ。どうしたらいいんだよ。僕は何だ。口だけか。いっつもそうや。僕は何も出来んやんか。真っ暗な不安が、ぐるぐる、ぐるぐる。まとわりつくように、こびりつくように。

9月から100本コントを始めた。優勝するために、人生をひっくり返すために。10ヶ月で新ネタ100本。だいたい僕らのペースだと年に単独1〜2回して、他の新ネタライブなんか合わせて、年に新ネタは30本くらい。100本だと、通常の3倍超のペースだ。逃げないように、逃げられないように、大々的に宣言した。予想以上に周りの人から反応があった。絶対やり遂げろよ、今何本目だ?沢山の人が面白がってくれた。批判の声なんてもんはほとんど無く、ほとんどの人が馬鹿みたいに面白がってくれる。この世界の住人はみんな優しい。そんでもって素晴らしく馬鹿だ。
だただ作ればいいってもんじゃないってことは、重々わかってる。重々承知で、それでも結果を出すために、圧倒的な熱量で、圧倒的な努力で、確固たる自信をつけたい。
しかし、やりはじめたらものの1ヶ月で気が狂うほどの日々。そりゃそうだ。単純に今までの生活を3倍速で生きている。毎日毎日、毎秒毎秒、考えて考えて考えて。いい設定が産まれる喜びは3倍で、産まれない苦しみは3倍どころか、何十倍にもなって、毎日心と身体が沢山の感情で溢れてる。苦しい分、毎日、猛烈に生きているなと感じてる。

9月の終わりに、地元福岡のみやま市の秋の産業祭に営業で呼ばれた。僕が生まれて育った場所だ。アメトーーク!の地元の人たちの反響は大きく、町の名産であるセロリをアピールしてくれてありがとうと、市役所の方から呼ばれたのだ。まさか仕事で地元に帰ることが出来るとは。会場は、市役所前の広場で。僕が小学生の時に何度も来てたお祭りで、シンナー吸ってた中学生のヤンキーに追いかけられ、必死に友達と走って逃げた、あのお祭りでお笑い出来るなんて。感慨深いものがあったよ。

ステージは僕らサンシャインだけで、30分。30分!?しかもフリーで好きなようにやってくださいとのこと。いやいや、30分ワンマンはもうちょっとしたミニ単独ライブだ。呼ばれたはいいものの、出身とはいえこんな無名の若手芸人がワンマンで30分は中々痺れる案件だ。地方のおじいちゃんおばあちゃん子どもたちしかいないお祭りで30分。どう乗り切ろうか頭を抱えたが、市役所から送られて来たポスターには、笑顔でガッツポーズしてる僕らが印刷されている。ばあちゃんから、市場や近所のお店にいっぱい貼られとうよと電話。もう逃げることは出来ない。

祭りの会場に着き、スタッフの方に挨拶した。みんなアメトーーク!を見てくれてたらしく、お笑い的にはなんの爪痕も残せなかったが、こんなにも喜んでくれるなんて、本当セロリに大万歳だ。スタッフの人と話しこんでたら、1人役員のおじさんが、

「君あれか!成人式の時にギャグしたあの子か!」

と、まさか10年前の成人式の挨拶でギャグをやった僕のことを覚えていたのだ。

「俺あの時壇上にいたよ。挨拶であんなふざけたの君しかおらんよ。立派に頑張っとるな!」

まさか同級生以外であれを覚えてくれてる人がいるとは。やってみるもんだ。

僕らのステージの前には、元モーニング娘。の中澤裕子さんがトークライブをしていた。今は福岡の番組にバンバン出てるらしく。モー娘。どストライク世代の僕からしたら、中澤裕子の後にネタかよと、ちょっとグッとくるものがあった。

出番になり、ステージに立つと、見渡す限りほぼ知り合いだった。親戚、友達、近所の人達が総動員してて、それはもう大がかりな同窓会だった。まさに端から、親族、親族、ひとつ飛ばして親族。そのひとつ飛ばした最前線の席に、サンシャインという手作りのウチワを持って笑顔のお客さんがいた。

「うわ!きみひろの母ちゃんやん!」

思わず、ステージで叫んでしまった。小1から高3までずっと一緒に剣道部で過ごした幼馴染のきみひろの母ちゃんが、手作りのウチワを持って応援しに来てくれてたんだ。もう参っちゃったな。開始1分で泣きそうになったよ。僕の両親の代わりにいっつも隣町の道場まで一緒に送り迎えしてくれて、ずっと12年いつも試合も応援してくれて、今もこうして応援してくれて。ウチワを振るおばちゃんが、僕はもう、たまんなかったな。

会場の後ろじゃ、ばあちゃんが手を振ってて。その後ろには父ちゃん母ちゃんや近所の人たちも沢山いて。そこに向かって、10年ぶりに同じ場所で、同じギャグをやった。

「お箸を持つ方が右で、、、夢を掴むのがひだりぃー!!」

しっかり掴めたかは未だ分からないけど、10年分の度胸は掴めたはずだ。きっとまた10年後、思い出す。

ネタをした後、ジャンケン大会や企画コーナーなんかして。企画で参加してくれたおばあちゃんに僕がケツバットされる罰ゲームがあったけど、あまりの優しいスイングに、笑いは1ミリも起きなかったけど、僕の胸は心底打たれた。案の定、子どもたちがジャンケンでズルしまくるもんだから、いい加減にしろよお前らと盛り上がり、結局蓋を開けたら50分ぐらいしてしまった。なんとかなるもんだ。終わりで、たくさんの人たちが声をかけてくれて。近所のよく行ってた駄菓子屋のおばちゃんも来てくれていて、光くん覚えとるね?と。何言ってんだ、覚えてるに決まってる。ファンタとピザポテト何百個買ったとおもってんだよ。親戚、近所の人はもちろん、わざわざ熊本から来てくれた人もいて。信清が、
「お前スーパースターやな〜まじ連れて来てくれてありがとう」と笑顔で言ってくれたもんだから、僕の父ちゃん母ちゃんが「しかし信清、ギャグすべってたなぁ」とガッハッハと大笑いしてたとことは秘密にしておこう。

祭りの後は、地元の小中の友達が僕のためにわざわざプチ同窓会を開いてくれた。父ちゃんの親友のよしたかおじちゃんのやってる居酒屋に集まり、成人式ぶりにみんなに会えた。積もる話もあり、昔話で盛り上がったが、中学の同窓会になぜ僕の両親が普通に同席してるかだけが謎だ。さっきから母ちゃんがトークを回してる。昔好きだった娘もいて、そりゃ恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが、なんかもう別にいいかってなっちゃったよ。なんかもうそんな感じになっちゃったから、みんなもう結婚して子ども達もいて、手伝いで料理を運んできてくれる子どもたちが可愛くて愛おしくてしょうがなかった。途中で子どもたちを迎えに来てくれる、この子達のおじいちゃんおばあちゃんは、もちろん僕が知ってる友達のおっちゃんおばちゃん達で。おー光くん久しぶりやね、頑張りよんね、と。懐かしさと、愛しさが連鎖して止まらなかった。そのあと、二件目で31歳だらけで恋バナして。僕が7年付き合った彼女にプロポーズしてフラれた話で、女子たちが笑いながらちょっと引いてた。三件目に男たちだらけでフィリピンパブに行って死ぬほど酔っ払って、気づいたら実家の布団の上にいた。途中から記憶がないけど、携帯の写真には馬鹿みたいに笑う僕らが写っていて、よっぽと楽しかったのだろうと、そのまま二度寝した。

帰る日に、弟から連絡あって、初めて甥っ子のかえで君と会った。生まれてから1度も会えてなくて、3年ごしにようやく会えた。なんでも買ってあげるから何が欲しいと言うと、カルピスと言うので、もうあと20,000本ぐらい買ってあげたい。空港に行く前に、母方のばあちゃんが入院してる病院にみんなでお見舞いに行った。ばあちゃんとは7.8年ぶりに会った。「よう来てくれたね。頑張りよるやんね光ちゃん」と。会った瞬間に号泣するもんだから、僕も号泣してしまった。感動屋なのは、完全にこのばあちゃん、母ちゃんからの、血筋だ。一旦身体を壊したもの、どんどん良くなってるみたいで本当に良かった。帰り際、みんなで写真を撮った。この写真、携帯の待ち受けにするから設定してと、スマホを出すばあちゃんの若さに笑ってしまった。バイバーイと最後、かえでとばあちゃんがハイタッチした瞬間、世界で一番、最愛だなと思った。ひいばあちゃんからひ孫に、4世代を経て愛が届いてた。

空港に向かう電車の中で、友達から
「とことんやってこい。頑張れよ」とLINEが来た。
「とことんやってくるわ。ありがとう」

こないだ単独ライブの後に、ある女性のお客さんから手紙を貰った。手紙には、ある夜にふとしたことで彼氏と大ゲンカをして、そのまま店を飛び出したと。別れを決意して泣きながら帰ってたら、たまたまその夜、無限大である僕らの単独ライブがあることを知って、駆け込んだって。そしたら、ちょうど僕が彼女にプロポーズ断られてフラれた!と叫んで発狂してるのを見て、笑って救われたと。そのあと彼氏のところに戻り、仲直り出来た。あの日戻れてなかったら別れてたかもしれない。ありがとうって。

手紙の封筒には、2人の結婚式の写真があった。救われたなぁ。僕は本当に、本当に。こんな僕らのしがないお笑いで、繋いだ愛があったと。お笑いをやっててよかったなぁ。心から思うんだよ。とても綺麗だったな。絶対幸せになるよ。本当に嬉しい。だって僕はこんなにも幸せだ。

今日も、いつもずっと、思うようにはいかない、歯食いしばってもがく日々で。身体はとっくに悲鳴あげてて、ほっぺどころか右目も謎に真っ赤っかで、口だけだと馬鹿にされて、なんだよちくしょうくそったれって毎日思うけど。全然なんてこたないよ。ちっともたいしたことないよ。へっちゃらなんだ。幸せにするんだ。あなた方を。ただのお返しだ。僕はもう、とっくにいっぱい貰ってる。今度は僕の番だ。だからさ、全然平気だよ。絶対やるからさ。余裕で待っててくれよ。きっと、今すぐに。全部うまくいくよ。絶対大丈夫だよ。

若者のすべて

イメージ 1

雨の音でぼんやり起きて、またぼんやりと眠って、自分のお腹の鳴る音で起きた時にはもう夕方だった。昨日の単独の開放感からか緊張が解けたのか、身体のあちこちが痛く、何故か腹筋も筋肉痛で、這うようにお風呂に入った。髪乾かしながら単独のアンケートを読んでたら、また寝てて。起きて、あと10分で閉店する近所のスーパーに急いでかけこんで、財布に300円しか無く、100円のイカの塩辛と、奮発して豪華に200円のレトルトカレーを買った。もらった缶ビールと一緒にカレーをかきこんだら、また倒れるように寝て、気付いたら夜は明けて、明日が今日になっていた。一体、何度寝したんだろうか。計20時間は寝てたかもしんない。合間、合間で、隣の部屋のソファで一緒に住んでる同期のタイが寝てるのを確認出来たから、ずっとこの部屋だけ時間が止まってる感じがしたけど、ちゃんと時間は過ぎてて、いやぁ寝すぎたなぁ。寝すぎたねぇと。なんだか漫画の聖お兄さんのイエスとブッダみたいな会話をして1日が終わった。いや、始まったのか。



芸人になってから8度目の春。約2ヶ月弱の間で、痺れる夜がいくつもあった。数えだしたらキリがない。いくつものたまらない夜があった。



4月21日。僕は沖縄にいた。ホテルの最上階の中華料理屋、Tシャツ短パンから着慣れないスーツに着替えて、生まれて初めて祝賀会たるものを経験した。後ろを振り向けば、絶景の海が見える窓際の席で。雨が降ってて助かった。高所恐怖症なもんで、これで景色が良すぎたら、ただでさえしまくってた緊張にブーストかかってたよ。



話をいただいたのは今年の1月で。担当の社員さんから、STORYS.JPさんとよしもとの協業企画、自分語り映像化プロジェクト『カタリエ』に文章を投稿してみないかという話だった。STORYSはビリギャルなどの作品を輩出してて、去年からよしもとと提携していて、今回、「芸人になったきっかけ」で書いてみないかとのことだった。以前からずっと僕のこの拙いブログや、単独ライブなどを評価してくれる社員の竹山さんからのお話で。断る理由など何1つないじゃないか。喜んで承諾した。



あの何もない街に生まれてから今までの。たかだか何も成してない、しがない30年の、芸人になってからの7年を。思い出して思い出して呼び起こして見つめ直して、何回も脳内のタイムマシンで戻っては、戻りすぎて涙が出てくる夜を繰り返して、いろんな人の顔を思い浮かべて、ゆっくりと丁寧に心を込めて書いた。



サイトで文章が公表されてから、思いがけない反響があった。同期や、先輩や後輩芸人、スタッフさん、社員さん、お客さん、いろんな人から良かったと声をかけてもらった。卒業してから全然会えてない地元の友達からも連絡が来た。いろんな形でエールをもらった。覚えてる、俺全部覚えてるよ。君とあん時こんな話したよな、卒業式一緒に写真撮ったよな、覚えてるの俺だけかと思ってたよ。君も覚えてくれてて、なんだよ、ずっと気にかけてくれてたのかよ。すごくすごく嬉しい。僕があなた方の言葉にどれほど嬉しかったか、涙が出るんだよいつも。本当にありがとう。



話を聞いたのは沖縄の祝賀会の1週間ぐらい前で、無限大ホールで社員の竹山さんに聞いた。
「大賞おめでとうございます。」



声にならない悲鳴が出た。受賞の発表がまだ先で公表出来ないから、発表までしばらく秘密でということで。2人で声を殺して万歳した。やっと少し恩返し出来た気がしますと言う竹山さんに。何言ってるんですか、こっちの台詞ですと。やっと今まで力になってくれた方や、応援してくれた方に少しだけ恩返し出来た気がした。僕みたいなもんを気にかけてくれた、応援してくれた、出会ってくれた全員に抱きしめてほっぺにキスしたい。何回だってありがとうと頭を下げたい。だって僕の書く文はただ、今まで出会ってくれた人との日々や夜を、酔った勢いで書きなぐってるだけの日記だもんな。なんも凄いことない。凄いのは僕と出会ってくれて、人生に混じってくれたあなた方だ。




誰にも内緒だと言うけど、我慢できず、相方の信清と単独についてくれてる後輩作家とタイにだけ伝えた。無限大ホールの隅っこで、信清に伝えると、おお、やったな!!と自分のことのように喜んでくれた。こいつの素晴らしいところは人の喜びを200で喜べるところだ。喧嘩は死ぬほどするし、ムカつくことだらけだが、こいつは多分誰よりも幸せに楽しく生きるだろう。どうか死ぬときはこいつより先に死にたい。きっとギャグかなんかやって盛り上げてくれるに違いない。先に死なれた日にゃたまらない。地獄のように泣いて長すぎる弔辞に、皆が引くに違いないからだ。




沖縄では、社員さんやSTORYSの社長の清瀬さんや、同じく大賞を受賞した須田さんと、とても熱く真っ当な酒で乾杯できた。このきっかけをくれた清瀬さんと、何歳も人生の先輩なのに、僕らは同期ですよこっからかましましょうと言ってくれる須田さんに感謝しかない。




沖縄から帰ってきて、受賞したことが発表されて、それをきっかけに知って読んでくれた先輩方やみんなにも沢山祝いの言葉をいただいた。他事務所の芸人さんからも別の現場で沢山声をかけてもらった。おんなじように道の途中で、日々をもがいて闘ってる同士たちからの声は胸に何よりも響いた。





単独の前日に、ポイズン吉田さんのオールナイトトークライブにお呼ばれした。ゲストに笑い飯の西田さん、虹の黄昏さん、僕らサンシャインという。嘘だろと思うような痺れる夜だった。小学生の頃にM-1で見た憧れの人達と、こんなにも全員尊敬してやまないスーパーおもしろ兄さん方と酒飲めて語れる夜があるとは。楽屋のモニターで吉田さんと西田さんのトークを、虹さんと4人で酒飲んで喋ったあの瞬間をなんて言えばいいんだろうか。西田さんと楽屋で信清と3人なった時に、勇気出して、

西田さんお酒は飲まれるんですか?

と聞いたら、

飲むけど、全部吐いちゃうねん。

と言う西田さんに3人で爆笑した。


吉田さんとのトークじゃ、僕のブログが好きで、更新されたら奥さんにも伝えるほどだよと言われた。僕はもう10杯は生ビール飲んでてベロベロだったけど、飛び上がるほど嬉しくて全部覚えてる。


虹の黄昏野沢さんが、帰りにベロベロでくしゃくしゃの笑顔で言ってくれた。明日単独頑張ってね。絶対上手くいくよ。だってさ、絶対上手くいくよ。


一瞬、朝方にロックンロールの神様を見た気がした。目を凝らしてもっかい見たら、メイク前のババアだった。涙がひっこんだ。




その次の日の単独ライブは、僕らがネタを5本やって、敬愛する兄さん方に審査してもらうコンテスト方式の単独で。審査員の皆さんはKOCのチャンピオンや、ファイナリストでもうコントの達人ばかりで。今までにないプレッシャーで2ヶ月間謎の頭痛と肩こり、地獄の追い込まれ方をした。はじまって見れば沢山のお客さんで、仲間の芸人たちも沢山見学に来てくれて。痺れる緊張の中、なんとか1時間を駆け抜けた。厳しく愛情のある審査をしていただいて、コメント一個一個、後でDVDで見直して、全て全部心臓に刻んだ。ネタの作り方や、見せ方の弱いところが露呈して、ネタを噛んだりもして、自分じゃまだまだだと、何も満足することは出来なかったけど、とても意味のある。意味のある夜だったとする為に。沢山の感謝を返すために。こっから、こっからまた踏ん張って駆け抜けるしかない。もっと、もっとだ。




そんなこと言ってたら、緊張の糸がとけたのか20時間寝て、1日が終わった。そう言えば今日は母の日だった。



沖縄から帰ってから、母ちゃんに電話で受賞の報告をした。よかったやんね!ととても喜んでくれた。1番とるってのは中々出来んよ、凄いことや、あんたは私の宝物や。とシラフじゃ到底言えないようなことを平気で言ってきてくれる。ありが、、とお礼を言おうした瞬間、ただ調子に乗んなよ。謙虚に、誠実にやと。毎回ちゃんと釘を刺してくれる。わかってる、わかってると繰り返した。
とりあえずその書いた紙、コピーして郵送で送ってばい。と、文明が何もない農家の嫁に、カタリエという媒体でスマホから読める、、、と説明するのも難しく、実家の兄ちゃんに聞いて、と全部を任せて電話を切った。



しばらくして、母ちゃんからメールが来た。




見たよ。父と二人で、声出して、笑い感動しました。これをきっかけに、夢が叶うように母は、御百度参りに行こうと思います。どこに行けば、いいか
わからないので、筑後の恋木神社に行くよ。だから、もし、チャンスを逃したとしても、諦めないでね☺必ずや夢叶う日が来るから太も望も、凄いやんと、いつも光のこと羨ましく思ってるし自慢して応援してるよ




なぜ毎回メールの時、一人称が母、父なのか。改行と、絵文字のタイミングも、句読点の有無も。僕が言うのもなんだが、文章としてダメ出しすればキリがないかもしれないが、僕はいつもこの人の言葉にグッときてしまう。この人の言葉には嘘がないからだ。


ただ、御百度参りて戦争に行くわけでも無いし、しかもこの恋木神社とは、僕の地元にある日本で唯一の鳥居にハートのついた、縁結びの神社で。中に入っても嘘だろぐらいハートだらけの、地元の女子中高生とカップルしかないない地元のデートスポットで。そんなところに、還暦近い農作業着のお母さんが必死の形相で御百度参りしてたら、町ぐるみの大問題になるに違いない。せっかくの青春を謳歌してるカップルに、戦時中にタイムスリップさせるのは気の毒だ。



いや、いいよ!気持ちだけ受け取るわ。ありがとう、まあすぐに売れて世界旅行プレゼントするから健康だけ気をつけて元気に仲良くいてや。
と、何年も言い続けてる強がりを返信して、涙を拭いた。



僕はまだこんな強がりしか母の日に送れてない。情けない息子だ。世界旅行はまだとうてい無理だが、近々東京旅行でもプレゼントしようかと思ってる。仲良い兄さんや同期たちに会わせたい。手料理とかは全く出来ないが、絶対好きになると思うんだよな。息子が言うのも気持ち悪いが、めちゃくちゃいい女なんだよ。




単独終わって怒涛の3連休の2日目。お金の無さに反比例する有り余る時間に目眩がした。今日はコントの設定を100個出そう。馬鹿でなんの身にもならないどうしよもないコントを。押入れから扇風機を出した。夏はもうそこまで来てる。

イメージ 1

地元の友達からのLINEの着信で目覚めた。
喉がカラカラだ。窓から入ってくる風がぬるくて、その瞬間僕の部屋は完全に初夏だった。最寄り駅までの坂道の真上にある桜はいつのまにか緑が交じってて、気づけばすごい速さで季節は駆け巡ってる。テーブルの上の飲み残したぬるいハイボールをまた水と間違えて飲んだ。いい加減にしてくれよ。


名古屋で1月に放送があった本能Zが福岡でついこないだ放送されて、それを見たと友達からの連絡だった。友達の名前は倉員。高校時代、地獄の童貞ロードを一緒に泣きながら駆け抜けた戦友だ。倉員は実家がぶどう農家で、国立大に現役で受かるほど僕らの仲間内じゃぶっちぎり頭が良く、優しくていい奴だったが、ごつい体格と目つきの悪さに相まって髪の毛が一部分だけ何故か赤毛だったので、不良扱いされて指導員の先生に怒られていた。それでもお互い実家が農家でほとばしるほどモテなかった僕たちは高1の時に同じクラスになってすぐに仲良くなった。いや、すぐにじゃない。後で聞いてわかったんだけれど、僕は最初クラスに知り合いが誰もいず、人見知りなせいでずっと誰とも話さず1人でいたんだけど、その時スーパーサイヤ人みたいに髪をツンツンに立てていて、それでいて筆箱を小2の誕生日の時に友達からもらったバッドばつ丸の筆箱を使っていた。ただでさえ奇妙すぎるのに、入学3日後には剣道部の方針で坊主にしなくちゃいけなかったので、クラスのみんなはスーパーサイヤ人から急にクリリンになったばつ丸好きのサイコ野郎だと思ったらしい。そんなの怖いにきまってるよ。1番怖いのは、僕は小中9年間、同級生が50人しかいなく皆、全員のことをよく知っていて。僕が小2の誕生日会で友達のひろきに貰ったバツ丸の筆箱を愛用してるのは僕の学年じゃなんにもおかしなことない、むしろ友達思いのいい奴として捉えられていた。それが、高校でそれを聞いて、あ、そうか、高1男子のバツ丸の筆箱はまじヤバいなていうのが高1のその時まで気づかなかったのだ。習慣というのは恐ろしい。すぐに僕は銀のアルミのペンケースに変え、バツ丸は机の引き出しにそっと眠らせた。それから誤解は解け、仲良くなった僕らは色んなことを話したはずだ。こんなこともあった。たまたま荷物を取りに行った部活の更衣室の扉が開いていて、その隙間から着替えてる女子の先輩の下着姿を見てしまった時、たまたまとは言え僕は世紀の大犯罪を犯した気になって、涙目で倉員にどうしようと相談した時。今となっちゃその先輩の顔も下着姿もおぼろげで覚えてないが、どんな色だった?と聞いた倉員の顔ははっきり覚えている。僕が好きすぎて5回告って5回フラれた永田さんと付き合えて、結局フラれたその日、ふざけんなおい!と泣きながら倉員に電話したら、爆笑してなぐさめてくれたこともあった。高校の卒業旅行で大分の温泉にみんなで行った時、帰りのバスで倉員が好きな娘が自分の親友と付き合ったことを、運悪く旅行の日に聞き、帰りのバスでもずっと号泣していたこともあった。あまりにも泣くから、僕が、

「お前の悲しみを癒すことは出来んけど、お前を笑わせて少しでも元気づけれるよう頑張るわ。、、、とか、今は言っとけばいいよな?」

と、言ったら

「それ、おもれー。」

と、怒らず笑った。この日のことを後に、あれまじおもろかったわ。慰められるよりまじ救われたわと倉員があまりに言うからそれで僕は勘違いしてしまったところもある。これで僕が芸人で売れずに死んだら、倉員には葬式でこの時の話をバシャ泣きして皆に伝えてほしい。じゃないと割に合わないよ。


そんな地獄仲間の倉員も、今じゃ実家のぶどう農家を継ぎ、奥さんまでいて、なんと昨年末、待望の息子ちゃんまで授かった。あの倉員が、あの倉員だよ。色々と家族間や諸々の問題も1人で抱え、実家を継いで立派にやってるこいつが僕は誇らしい。僕は僕で日本一のコント師になると言ってるが、倉員は日本一のぶどう農家になるとずっと言ってる。僕らの賞レースばりに熱量と人生をかけて闘っている。それで家族も背負っているから、それはもうすごいなぁと思う。


そんなやつに、本能Z見た、感動したと言われたら僕も二日酔いの昼間なんて関係なく、グッときてしまった。


僕のストーリーで書いたやつも読んでくれたらしく、まあ意外におもしろく読めた、とかぬかしてきたから、まあ、どーん売れて有名女優付き合ったら言いますわ!と返したら、そんなんいいからちゃんといい人見つけろと親みたいなこと言ってきた。なんでそこ真面目なんだよ。同時に送られてきた息子ちゃんの写真もあまりにも可愛すぎて悶絶してしまった。君に自慢出来るようなおじさんになりたい。呆れるほどおもちゃを買ってあげたい。おじさんは君のパパには頭が上がらないけど、君が反抗期で家出しても東京でこっちのおもしろおじさん仲間と一緒に馬鹿みたいに遊んであげるからな。そしてその後ちゃんと家まで帰らせる。たまにムカつく時もあるかもだけど。なにも心配ないぜ、君のお父さんは最高にかっちょいい。



8年目になった。最高に痺れる日々だ。なんとかしたいから、なんとかしなければ。だってこんなにも、こんなにも恩返しをしたい人が多すぎる。


信清は坊主になった。今のところ、信清が坊主になった理由第1位は、嵐のコンサートのチケットが取れやすくなると聞いて、だ。


今年もちゃんと痺れそうだ。

雪が降る街

イメージ 1

東京じゃ今年2度目の雪が降ってる。九州は福岡に生まれた僕にとっちゃ、雪なんて滅多に見ることは無くて。たまに降ったとしても、薄く貼っただけの雪では、雪だるまは泥だらけで。そんなものだと。綺麗に積もる雪を見れば、東京に来たのだ、東京にいるのだと、強く思った。


どうにか、どうにか気持ちを伝えようと、毎度試みるけど、本当の気持ちが伝わったのかどうかは本当のところは誰にも分からない。もっと優しい言い方は出来なかっただろうか、もっと冗談めいて言えなかっただろうか。なんでもっと上手く言えないんだろう、なんでもっと想えなかったんだろう。結局は後悔ばかりの日々だ。なんだよこの夜は。


始発を待たずに、新宿から歩いて帰る。戒めのように歩いて帰る。外は横殴りに雪が降っていて、傘をささずに、コンビニでいつものように缶ビールを買って帰る。雪が雨より優しいのは、濡れるのに時間をかけてくれるからだ。


なるだけ、なるだけ後悔しないように生きてる。生きたい。心がける。10年後の僕にとっては、今日はどうしてもやり直したい、戻りたい今日かもしれない。タイムマシンで真っ先に戻りたい今日かもしれない。それでも、そんな先の話なんてと思う自分がいて、途方もなく、途方もない夜を歩いた。


2本目の缶ビールを買うコンビニで、東南アジアの方だろうか、店員さんが、声をかけてくれた。


今日は寒いですね。


笑顔で話す彼に、また雪が降っちゃいましたね。と返した。


帰り気をつけて。
朝まで頑張ってください。


缶ビール1本だけ買って、入り口のドアを抜けたら、しゃがみこんでボロボロ泣いてしまった。こんな真夜中に、雪だらけの格好で缶ビール1本だけ買うような変なやつに、こんなにも、こんなにも優しい。たまたまかもしんない。ちょうど機嫌が良かったのかもしんない。それでも、なんだか全部のことが、全部が吹き飛んでしまうような、馬鹿みたいだ。思いがけない時に、思いがけないものに。救われる時がある。ふとしたことで、人生はビカっと明るくなる。


雪は容赦なく僕に降りつけるが、寒いなんてことはないぜ。心はずっと燃え続けてる。


優しくありたい。近ければ近いほどだ。だって僕の心はこんなにも複雑で簡単だ。それしかないじゃないか。いつのまにか明日は今日になった。いつだってそうだ。やらなきゃいけないことをやるだけだ。だから上手くいくんだよ。


ただ、爽快までゼロになるのは違うよな。

10年前成人ボーイズ

イメージ 1

今日は成人式。僕にとっては10年前。ちょうどその時のことを、2年前の今日書いていて。せっかくだから。時間軸がバラバラ過ぎて、なにもせっかくではないけども。すごいせっかくだから。
ちなみに、僕は今日年末年始公演終わって15時間寝て、明日のR-1一回戦に震えてる。10年前好きだったあの娘は友達と結婚して可愛いベイビーもいる。姪っ子たちにお年玉もあげれない僕は夜な夜なネタを書く。立派なかっちょいい大人になるにはまだまだだ。





2016年、今年もニュースじゃ成人式で暴れる若者たちが取り上げられていた。とはいえ、ひと昔前の一時期の暴れっぷりにくらべたらだいぶ落ち着いてきたんかじゃないかと思う。


今年の成人の日、28歳の僕はというとキラリ白虎隊という神保町花月の年末年始公演の真っ最中だった。武士の役だったので、着物と羽織りを着て、なんだか軽く成人式をやってる気がして良かった。役中の台詞で、「文字が書けるようになったら日々の出来事を書き留めておきたい。毎日の喜びを、何年後かも読み返して思い出したいんだ。」という台詞があった。日記て素晴らしいよな、ということだ。


思い出した。何をかくそう、8年前。僕も20歳の時に日記を書いていた。しかもmixiで。懐かしすぎる。時代しか感じない。それこそ成人式終わりの出来事を。8年振りに思い出して、読み返したら、顔からメラゾーマ出るくらい恥ずかしい稚拙な日記だったので、その時の全文を今から載せようと思います。

#####################

「長すぎるので、暇すぎる時に読みすぎてください。」

今年、僕が住んでる町が合併した。みやま市っていう変な名前になった。もっといい名前あると思うんだけどなー。これじゃ、いなか丸出しだよ。そんで去年の年末ぐらいだったかな、そのみやま市から成人式のあいさつを頼まれた。最初は友達がやるはずだったんだけど、そいつが断ったから僕に話がきた。あいさつの言葉は向こうの人が考えてくれるって言うし、ただ読むだけならと簡単にOKした。そしたら実際は話は違って、あいさつの言葉は自分で考えてくれってことだった。おいおい、もう時間ないぞーと、思いながらもどうせやるならなんかやらかしたいなと思った。

それに拍車をかけたのが銀杏BOYZのライブ。あんなの見せつけられたら、とてもじゃないけどじっとしてられないよ。成人式はやらかすにはもってこいの場だし。それで僕は決めた。




よし、一発ギャグをしようと。




一瞬想像しただけでも吐きそうになるぐらい緊張する。だって、ステージで暴れたりするやつはいるけど、一発ギャグするやつなんて聞いたことないし。それに空気的に100%スベるに決まってる。むしろ後で市役所の人達に死ぬほど怒られるよ。新成人代表がなに気合いいれてふざけてんだって。



でも、やる。別に意味はないよ。ただやりたいだけ。それで十分だ。



前日のリハーサルじゃマジメにあいさつした。だってここで事前に言ったら止められるに決まってるから。役員の人が、「落ち着いて言えば大丈夫。頑張ってね。」なんて、優しい言葉をかけてくれる。

ごめんなさい、僕はあなたを裏切ってしまいます。





成人式当日。早めに会場入りしてリハーサル。スーツ姿のお偉方がみんな恐く感じる。リハーサルは難無く終了。

いよいよ成人式が始まった。会場いっぱいの500人もの新成人。すごいことになってきた。女の子はみんなキラキラしてて、じっくり見ていたかったけど緊張でそれどこじゃなかったよ。
僕の席はというと、一番前のど真ん中。しかも周りは全然違う校区の人達で、アウェー感がハンパじゃなかったよ。僕はたまらず全然知らない隣の女の子に話した。

「実はあいさつの途中で一発ギャグをします。した後に周りや役員の人達から白い目で見られてあなたにも迷惑かけるかもしれません。ごめんなさい。」

普通だったらいきなりこんな事言って来たら引くだろうけど、なんとこの娘は、
「そうなんですか!期待してます。頑張って下さいね!」

泣きたくなるぐらい可愛い笑顔でこう言ったんだ。これにはまいったな。名前も知らないけど、この娘だけは笑わせなきゃと思ったよ。



式は順調に進んだ。‥‥かのように思った。そんなわけないよ。トラブルなんてもう慣れっこさ。
もうすぐ僕の出番って時に、派手な袴着たヤンキー達が5、6人扇子仰いで一番前の席まで降りてきた。



おいおい、マジかよ。市長や地元を代表する衆議院議院の古賀誠のSPなんかがピリピリしだした。会場もどよどよしだした。こいつら暴れるんじゃないかー、みたいな。


そして、僕の番が来た。ステージに上がり、読み始めると、案の定ヤンキー達がやじってきた。しかも僕にしか聞こえないぐらいの声で。ひっこめーやら、マジメかーやら、はよ終われやみたいなやつ。


久々にムカついて、こいつら黙らしたろと思って、僕は言った。


「〜というわけで皆様には本当に感謝しています。‥‥えー、実は僕にはお笑い芸人という夢があります。ここで、私の方から新成人の皆様に、新成人応援一発ギャグの方を送りたいと思います。スイマセン市長、少しお時間いただきます。」

市長は口開けて僕を見てたよ。だってリハーサルじゃなにも言ってなかったんだから。



振り返って、新成人に向かって言った。


「んじゃ一発ギャグしまーす。





えーと‥‥‥お箸を持つ方が右で、夢をつかむのが、ひだりぃぃーー!!!!」













ウケた。‥‥よしっ!

(でもこれ文にしたら全然面白くないな。いやこのギャグは勢いと顔芸がポイントなので。うーん、説明したら余計サブい。)




まあ、ウケたのです。

そして、振り返って普通にマジメに文の続きを読むってボケをした。


これがめっちゃウケた。
僕は背中で手応えをビシビシ感じて、すごく気持ちよかった。ふと横を見ると、古賀誠が手を叩いて笑ってた。笑いの感性若いな古賀誠。60近いのに。

そんなこんなで大成功だった。古賀誠が終わった後、わざわざやって来て握手してきた。夢を諦めずに頑張ってね、つって。そんな一番偉い古賀誠がやったもんだから、後を続けと市長やら役員が握手しにきた。なんだか変な感じだったけど、怒られずにすんでよかった。



地元の友達や初恋のあの娘や小学校の先生達はどう思っただろう。あー、しばらく見ないうちに光君ずいぶん頭おかしくなったんだなと思ったかな。そんなことない。頭がおかしいのは昔から。ただ、ほんのちょっとだけ勇気がついただけだ。20年かかったけど。



家に帰ってばあちゃんに話した。そしたら、

「よかったやんねー。これで市役所にいいコネができて。あんたは公務員になりなさい。そげんかとは宴会ですりゃよかけん。」







まだまだ頑張らなきゃなと思いました。


#####################



なんて恥ずかしいんだ!!!!
青くせえ。馬鹿でダサくて恥ずかしい。そんで少しだけ羨ましくなった。


ばあちゃん、俺、白虎隊やってるわ。

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事