5月のペリドット

13年間ありがとうございました。

呟き

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眠れぬ夜

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誰にでもあるよね。
何か不安や心配事があって眠れない夜って。
昨日が私にはそんな夜だったんです(++)
 
会社の私の使っているパソコンが突然立ち上がらなくなったの・・・ガ━━Σ(゚Д゚|||)━━ン!!
データはハードディスクに保存してあってさ。
そりゃたまにはバックアップも取ってたけど・・・。
 
・・・・・本当にたまに、なんだよ。
前にいつ取ったんだかわからない・・・。
 
・・・・ということは、保存できていないデータもかなりあるということよ(@_@;)
 
今日リカバリー(?)をして初期の状態になりました。
これからオフィスとかをインストールするわけよね。
 
ここからは言い訳です。
前はもっと頻繁にバックアップを取っていたと思う。
そんな心のゆとりも時間のゆとりもなかったんだもん・・・・・。
やっぱりいっぱいいっぱいだといい仕事はできないわよね(++)
 
とにかくそういうわけで、一言メッセージもそういうわけです。
夕べはくよくよと悩んで2時間くらいしか眠れなかったよ。
 
まあもうどうしようもないんで、残っているデータから何とかするしかないよね。
不幸中の幸いでこれは経理のパソコンではありません。
まあ、経理のパソコンはちゃんと定期的にバックアップ取ってるから問題ないんだけどね。
 
では今日はもうどなたのところへも訪問せずに、早めに寝るね。
またまた忙しくなりそうです。
 
・・・・まさか、3タテ食らうんじゃないよなあ・・・・(@_@;)

職場のこと

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私が高校を卒業してすぐに就職した銀行は県下にいくつか支店のある銀行でもちろん転勤もあった。
私が配属された支店の支店長は正常の域を脱しているのではないかと思えるほど偏屈な人だった。
 
気分屋で野心家でやることや言うことに筋が通っていなくて、本当に嫌な奴だった。
立場の弱い新入職員は何も悪くないのに標的にされることが多く、18歳の傷つきやすい年齢の私は
人知れず涙を流したことがどれだけあったか知れなかった。
それは私だけではなくて誰もが通る道だったのだけれど。
 
言われなければわからないけど支店長の右手は日常生活には影響がないけれど少し曲がっていて
子供の頃に小児マヒだったという話も聞いた。
だからそのことでかなりいじめられて、それがトラウマになってああいう人格を作り上げているのでは
ないかと。
それくらい尋常とは思えない性格だったんだ。
 
その頃その支店には20名ほどいたけれど支店長以外はみんないい人だった。
そこには元夫もいたわけなんだけどね。
私が何かミスをしても、支店長に気付かれないように支店長代理がうまく処理してくれたりした。
支店長以外の19名の心はひとつだったんだ。
私はこの支店長さえいなくなればどんなに毎日が楽しいんだろうって思ってた。
実際に支店長が休んだ日はみんなであみだくじを引いてアイスクリームを買って食べたりした。
くじの当たり外れで200円出さなければいけない人がいたり、タダで食べられる人もいたんだ。
 
私が入庫して2年が経ってその支店長は転勤になり、その時はやってきた。
もちろんその時のみんなの喜びようったらなかった。
新しい支店長は前の支店長とは雲泥の差でこれからは楽しい職場になるんだろうと思っていたんだけれど
 
・・・・・ところが実際はそうじゃなかったんだ。
あんなにかばってくれた支店長代理は細かいことにいちいち因縁をつけてくるようになるし、
あれ?この人ってこんな人だったんだっけ?と思うことも多く、つまりそれぞれの心は別々の方向を
向いてバラバラになっていったんだ。
 
ひとり悪者がいると周りは結束することができる。
当時二十歳の私はそのことを身を持って知った。
 
 
今、それと同じことが今の会社にも起こっている・・・・。
 
前にも書いたことがあるけど、それは2年半前に先代の社長が亡くなったことに遡る。
先代の社長はもちろんその支店長ほど嫌な人ではなかったけど、ワンマンだったし自分勝手だったし
周りはいつもそれに振り回されながらなんとかやってきていたのだよね。
 
社長が亡くなったことで行われた役員改正が年功序列ではなかったこともこの状況に拍車をかけている。
みんながそれぞれに自分のことだけを考えて別の方向を向いているみたいだ。
特に年下のBさんに先を越されて上司になられたAさんの態度には目に余るものがある。
 
akemiさんのように間違っていることにきっぱりと反論できるような勇気もなく
むらちゃんのように世の中の理不尽とうまく折り合いをつけることができない私は
日々結構ストレスが溜まっていると思われます。
 
このAさんは私の隣の席でつまらない冗談や下ネタが多いんだけど、聞くたびに吐きそうなくらいです。
特に下ネタは同じことを言われても、相手によって聞き流せる人と、嫌悪感が走ってどうしようもない人と
これは自分のその人に対する評価がそのまま出ているんだろうか。
 
ポーカーフェイスが苦手な私は聞こえないふりをしたり、曖昧な返事をするくらいが精一杯です。
小さな会社はエゴがぶつかりあって本当に大変です。
 
自分の機嫌を取ることに徹したほうがよさそうです。
小心者の選択です。
 
 
 
 
 

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結論の出ないこと

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一ヶ月くらい前だったのかな。
妹から母親にもっと連絡をしてやってほしいと言われました。
 
妹は実家の近くにお嫁に行っていて、職場から家に帰るのに実家を通り過ぎて帰るのでちょくちょく実家に
寄って母の様子を見に行ってくれています。
義弟も妹がいなくても実家に何か野菜を届けてくれたり、気にかけてくれてます。
その母が私からメールも電話もない、とぼやいていたとのこと。
 
別に母を避けていたわけでもなく、最近忙しかったこともあって用事がある時以外は特に連絡は
していませんでした。
今日は寒いね、暖かいね、でもいいから毎日メールしてやってよ、とのことでした。
それから心がけてメールを入れるようにしています。
息子たちにもたまにはおばあちゃんにメールしてやってよ、と言っておきました。
孫の写真を撮って現像して送ったり、それなりに気にはしているつもりです。
 
その母が数日前のメールの返信に、弟の職場で事業縮小につき早期退職者を募っているそうで
弟も年齢的にその対象になったと書いてありました。
弟が決めることだから、いろいろ言わないように見守ってやってよ、と返信したところ、わかったよ、との
ことだったのですが、私の今までの余りにも多い体験からもわかっちゃいないだろうとは思っていました。
 
そうしたら案の定、その次の日くらいにメールが来て
「○(弟)にメールしてやってほしい。どうするつもりなんだか聞いて欲しい。ご飯も喉を通らないし、夜も
眠れない」みたいなことが書いてあったんです。
 
弟が決めることだよ、なんとかなるよ、と返したけれど、とにかくメールして、とのこと。
息子が決断を下すことを待てないのですね。
私を使って様子を聞こうということなんです。そしてその結果いかんによっては私を使って意見をしようと
しているのでしょう。
 
何にも変わってないな。
早期退職の話があったくらいでご飯も喉を通らない?夜も眠れないってどういうことよ。
80年以上も生きてきていろんな体験をした人の言葉とは思えないよ。
 
妹とも話したことがあるんですが、多分母は子供で苦労をしていない。
私たち三人とも素直ないい子でありすぎた。
このいい子というのは母にとってのいい子という意味で、つまりは母の言いなりになってきてしまったという
ことなんです。
その方が楽だったんですね。
 
もしも私たち三人のうちの誰かが反乱を起こすことができたなら、何かが変わっていたのかもしれません。
そんな反乱を起こす行動力も勇気も何もなかったのでしょう。
 
人は何かが起こった時に始めて考えて悩んで反省したり道を切り拓いていくことができる。
それがなかったら成長も前進もないんだろうな。
そういう意味で母はかわいそうな人なのかもしれません。
 
これからの母との関わり方は「母が亡くなった時に自分が後悔しないこと」を一番に考えていこうと思って
いますが、それは間違っていると思うことに目をつぶることじゃないと思います。
 
じゃあどうしたらいいのかなっていろいろ考えてしまってね。
結論を出すには難しいけど、でもこんなふうに考えることが意味があることなんだろうと思ってます。
これからも考え続けるつもりです。
 
重たい内容なので不快な方はスルーして下さいね。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
 
 

休日の番外編

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敗因はお米の量でした。
 
土曜日の夜、長男達のリクエストで手巻き寿司にしたんです。
ギャル曽根一家の我が家ですから、食べる量はハンパではありません。
お米を一升炊こうと思ったんですね。
今までこの鍋でご飯を炊いたのは7合くらいが最高でそれ以上の量は炊いたことがありませんでした。
 
一升洗っていつものほっとけ鍋に入れたら鍋一杯に近い形になりました。
ん?これ沸騰したら溢れちゃうかな?うまく炊けないかな?とは思いました。
この時に引き返せなかったことがこの失敗に繋がります。
まあいいや、炊いてみようって思ってしまったのです。
 
この日次男は7時から飲み会だけど、ご飯は少し食べていくよ、とのことでした。
そして6時に夕飯の設定をしたんです。
 
炊き上がったお米を見てギョッとしました。
明らかに失敗、が食べる前からわかったからです。
お米の色がところどころに変わっていて食べると芯があります。
・・・・・どうしよう・・・・。
 
とりあえす酢を入れて寿司飯にして並べてはみました。
うまくいったらごまかせるかな?そんな気持ちも多少はありました。
この時お嫁ちゃんは悠人におっぱいをあげていてその場にはいなかったんです。
お腹がすいた、と二男と三男が食べ始めたのですが、食べてすぐにお米の異変に気付きます。
 
・・・・やっぱりダメか・・・・。
「ごめん、炊きなおすわ。45分もあれば炊けるからそれ食べないで待ってて。」
って言ったんだけど、二人の怒りは絶頂に達しました。
三男はそんなに待てないからガマンして食べる、と言って食べ始めたのですが、耳を覆いたくなるような
罵倒の数々、そして失敗したことをしつこく責め立て情け容赦ない言葉を次々とぶつけてきます。
 
この怒られ方、懐かしいわ・・・・┐('д')┌
 
そして二男は言葉にこそ出さないけど態度全体で許せない怒りを表し、45分も待ったら飲み会に
間に合わない、とひとりでインスタントラーメンを作って食べ始めました。
この怒りもすごかったです。
私は確かに失敗したのは自分だけれど、ここまでされないといけないのか、と悲しくなりました。
長男はどうせ家の夕飯はもっと遅いから45分待つよ、と言ってくれました。
 
飲み会に行く二男を送って言ったのですがお互いに一言もしゃべらず・・・・。
なんでこれしきのことで、こんなに責め立てられないといけないのかな、と私は母親やめたいなあと
かなり凹みました。
 
帰って来たら三男はもう自分の部屋に行ってふて寝をしていて、長男夫婦と孫達と炊きなおしたご飯で
手巻き寿司を食べました。
この時は長男は何も言わなかったのですが・・・・。
 
次の日のことでした。
三男は仕事に行っていなくて、二男はまだ寝ていて長男夫婦と私と孫達だけがいた時のことです。
長男が昨日の二男と三男の様子についてお嫁ちゃんに説明していました。
お嫁ちゃんは悠人におっぱいをあげていてその場面には遭遇していなかったからです。
 
「昨日さあ、おかあがご飯を炊くのに失敗したんだけど二人の怒り方がすごかったよ。
確かに失敗したのはおかあなんだけどさあ。あの怒り方は普通じゃないよねえ〜。」
「確かにすごい怒り方だったよね。」
と私。
 
「ほんと、ものすごい怒り方だったんだよ。」
長男はもう一度お嫁ちゃんにそう言いました。
 
私はなんだかそれを聞いたら嬉しくなって救われたような気持ちになりました。
 
私と長男は私と二男、三男に比べたら長男の宿命で一番絆は強くなかったはず。
愛情が行き届かなかったのか、反抗期には思い出したくもない壮絶な時代もあったんです。
その長男が今こんなふうに私の気持ちを思いやってくれている・・・・。
 
離れて暮らしているということ、他人の中で暮らしているということはこんなふうに人を成長させて
くれるんだな、と実感した瞬間ではありました。
 
逆に一緒に生活をしているということは、いろんなことが当たり前になってしまっていてもしかすると
そこにある大切なものをも見失ってしまいがちなんだろうか、とも思いました。
これはきっと私に関しても言えることなんだと思います。
 
結局全員の了解を得て、次の日の日曜日の夜もみんなの大好きな手巻き寿司にしてリベンジしました。
今度は5合ずつ、2回に分けてご飯を炊きました。
この2日間で4キロくらいのお米を使ったことになりますね(+_+)
 
たかだかご飯を炊くのに失敗したことでいろんなことを考えさせられた2日間でした。
 
 
 

今年の私を表す一字

 
まだあと今年は今日も入れたら一週間あるから、誰もこの記事はアップしていませんよね。
私ももう少し先って思っていたんだけど、これは今日しか書けないような気がしてきて・・。
午前中に台所のお掃除をして、午後も少しやってから・・・と思っていたんだけど、我慢できなくなって
パソコンの前に座っています。
時間が経ったら書けなくなるような気がするんです。
 
早速発表しますね。
今年の私を表す一字、それは
 
「学」
 
です。
何を学んだのかというと、いろいろあるけれど、一番は自分自身だと思っています。
 
私は事あるごとに書いてきたけれど、自分の心が止まっていた25年間があります。
人と向き合ったり、自分の心と向き合ったり、そんなことはどうでもいいと思っていた長い長い時代
でした。
それが離婚によって解き放たれたわけです。
 
自由になった自分の心が嬉しかったけれど、最初の何年かはそれをどうしたらいいのか
随分戸惑っていました。パニックになっていたのかもしれません。
そのウォーミングアップがようやく終わったのかもしれませんね。
 
学んだことで解明できたこともあります。
それは本当に遠い昔の子供時代に自分が取った態度とかだったりするんです。
私はこういうことを考えられる子供だったんだって嬉しくなったこともありました。
 
みなさんにもこの1年間いろんなことがあったように私にもいろんなことがありました。
私はそれらのひとつひとつが「神様からの宿題」だったと思っています。
全てのことに学べることが必ずあって、この世に意味のないことなんてひとつもないんですよね。
 
「最悪だと思える出来事の中にも希望の光は必ずある」
だったっけ?
私の好きな言葉のひとつです。
 
自分が腎結石や尿管結石になりやすい身体なんだなということも
老化が一番来ているのは目なんだなということも学んだことだと思っています。
 
「自分」って嫌でも一生付き合っていかないといけないもの。
だったらとことん学んで鍛え上げて最強の作品に育て上げたいなあ。
もちろん来年も学び続けますよん。
「神様からの宿題」は時間がかかってもひとつずつ解いていきたいと思っています。
同じ出来事でも答えは人それぞれに違ってもいいんだと思います。
 
なんかね、こんな青臭いこと書くのはこっぱずかしかったりするんですが、
年に1度、年末くらいは思い切り青臭くても許されるんじゃないかなと思っています。
 
みなさんの今年の一字を楽しみにしております。
 
 

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