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近況報告

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父が

しばらくブログをお休みしていました。

実は5ケ月近く入院していた父が、11月24日に亡くなりました。

「足が痛いので、病院に連れて言ってほしい」

父が私に頼み事をするなんて、今までに無かった事なので、

軽く「いいよ〜整形がいいかね」と答えましたが

心の中ではそうとう足は痛いんだわ〜と思っていました

その整形の先生から内科に行きなさいと言われ

次の日は大学病院に入院となりました。

入院初日

「娘さん・・良かったですね 早めの処置で、もう大丈夫ですよ」

2日目

「結核の疑いがあります」

「すみません・・単なるカンなのですが、血縁には結核の人はいないのですが・・・・違うような気が・・」

4日目

「結核ではなさそうです」

次の日

「肺ガンの可能性があります」

「それも感なのですが・・・、血縁には肺ガンの人はいないのですが・・」

その後

「肺ガンの可能性は低いようです」

・・・

日に日に体力が衰えていくように思い

「治療により、数字は良くなっていますか」と先生に聞いてみましたが

「心臓も80代では、それほど悪くありませんし、ただただ栄養機能が著しく低く、改善されません。」

「・・・・・・」

「点滴で栄養を補ってください」

「1本の点滴ではポカリ1本分ぐらいの栄養です。がんばって口から入れる努力をしましょう」

・・・

・・・

その日から

妹と母と私は

交代である時は手作り一品、ある時はお寿司、ある時は・・梨を剥いて

と少しでも少しでもと・・・・

そんなある日の夜

大学病院から

明日の朝、すぐに来てくださいとの電話がかかりました

心配しながら行くと

父は集中治療室で寝かされていました。

−−−−肺に水が貯まっていたので、抜いた処、反動で水が増え

呼吸困難な状態におちいりましたとの説明です。

その日から父は自分の足で歩けなくなりました。

「もし、呼吸困難な状態が続いた場合は、人工呼吸器を付ける事になりますが、

同意してください。」

「お父様の場合はガン患者ではありません。もしこれ以上悪く成った場合は呼吸器を付けないと、もう危険な状態です。」

とっさに私達はもし今日明日に様態が急変するようであれば、呼吸器を付けてください。とお願いしました。

・・・・

・・・・

「大丈夫でしたね、呼吸器を付けずに乗り切りましたね」

「ありがとうございます。少しづつ良くなっているように思うのですが、

集中治療室からは出られますか?最近何故か会話が変のんですが」

「集中治療室は24時間明るいですから、患者さんはほとんどの方がそのようになられますが、

大丈夫ですよ」

・・・・・

・・・・・

・・・・・

集中治療室から一般病棟に移ることができました

そのからしばらくして、病院から電話があり

「お父様は今、治療らしい治療がいらない状態です。退院していただけますか」

「???????」

「歩けないし、リハビリの訓練もやっと始まったばかりなのに、母一人で家で介護は無理だと思うのですが」

「他に重病の患者さんもおいでますから・・・ここは大学病院ですよ」

「?????」

「三ヶ月!属に言う三ヶ月なのでしょうか?」

「いえいえ、大学病院はあくまで治療が目的です」

「・・・・・・どうしろと、いわれるのですか」

「ご近所の病院に行く事をお勧めします」

「同じランクのA大学病院に紹介状は書いて貰えないのですか?」

「「同じランクの病院はB県立病院も無理です」

「今すぐに出て行ってくださいとは言いません。病院を探してほしいのです」

・・・・・

:・・・・

それから数日たったある夜

夜中の3時でした。

「お父様んの様態が急変しました。個室に移しますが同意してください。そしてすぐに来てください」

「??????」

−−−−−退院の話は何だったのでしょうか−−−−−−−

−−−−−病院の治療ってなんだったのでしょうか−−−−

「先生、うちの父はいったい病名は何なのでしょうか?皆に聞かれますが、答えようがありません」

「心不全です」

「えつ。。死んでないのに心不全。しかも心臓はそんなに悪くなかったとおっしゃってましたよね」

「今は不整脈も出ておいでます。心不全ですよ」

−−−−−二回も危篤状態に陥り、とうとう父は11月24日の夕方に亡くなりました。

−−−−−病名は心不全と書かれました。−−−−−−−−−

父は「早く家に帰りたい」といつも言っていました。

いったい病院ってなんなのだろう

病院に入院させないという選択は私の中には全くありませんでしたが

病院はいったい何をするところなのですか・・・

結局、父の場合は根本的な治療がわからないまま、

ガンの患者さんより早いスピードで体力が衰えました。

MRIとかPETとかあるとあらいる検査もしました。

それって体力がかなり消耗したはずです。

それに歩けなくなったのも、水を抜く検査からです。

でも、病院にいかない選択は絶対できません。

病院のあり方って

病院が今求められている事って

病院の選び方って

とても考えさせられる5ケ月でした。

−−−−−
やっと落ち着いてきました

もう少ししたらブログをはじめますね

がんばれ能登

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夕方、携帯電話がなりました。

Jさんだぁ

もしもし KEIKO〜 地震大丈夫だったぁ


Jさんこそ〜地震の時は 能登にいたの〜


皆を励まそうと能登に来たの〜


Jさんは能登と六本木と沖縄が生活の拠点です。
しかも外国生まれの方なのです。



今日の夜、ウエスタンカントリーの演奏会するから来てよ〜


皆を元気付けるため昨日お魚釣りをしたけど一匹も釣れなかった


とにかく来て〜



写真の下に敷いてあるのは250年前のキルトだそうです。


そして 合わせて150歳のお二人の(ご兄弟)演奏がとてもすばらしいものでした

大手の有名企業で活躍されてた方々で、きれいな歌声とギターとマンドリンの演奏に魅了されました。
エネルギーがあふれていました
Jさんの発想はとても日本人には考えられない発想です。
Jさん曰く 能登には 東京や沖縄にはない魅力があるそうです。

ありがとうJさん。
 

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