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実家でNHK総合TVを見続けている。
19時半からの『“まさか”の1年・そして来年は? ニュース&スポーツハイライト』、そして『サラリーマンNEO 年の瀬SP&蔵出し』…そして『笑謝和』というお笑い番組……。
今年は4月以降、忙しさに振り回され、TVもろくに見なければ、新聞も読まずに山積状態が続いた。それは何を意味するかというと、世の中の動きにまるでついていっていないということだ。
クリスマス以後、各局で1年を振り返る番組をやっているけど、一番驚くのが『惜別』のコーナー。
「え? あの人、死んじゃったの?」と思ったことが何度あったことか。
エリツィン、植木等、宮沢喜一、塩沢とき……。さすがに、パヴァロッティくらいは知っていたけど。
それから、食品偽表示事件が相次いだわけだけど、「舟場吉兆って、和菓子屋さんだっけ?」と、とんちんかんな質問を父にしてみたり…。(ちなみに、どんな事件だったのか、未だよく把握していない…)
そうだ、和菓子屋さんは、『宗家 源 吉兆庵』(鎌倉の老舗)だったわね。
TVを見ながら、その一方で、家から持ってきた文献に目を通して「そうだったのか〜!」と思うことがあったと同時に、「こんな基本的なことも知らなくて、本当に博論書けるのかい?」と、青ざめたり…。
ほんと、知らないことがまだまだ多すぎる。
修士論文を書いていた頃、修論は自分の無知を思い知る機会、それを知るだけでも大きな収穫かもしれないと思った。だからこそ博論には、心して取り組みたい…と思っていたのだけれど。
なんだか、より一層、無知の深淵が自分の目の前に、ぱっくりと口を開けている…そんな心境である。
ただ現時点で言えることは、シャイトの『タブラトゥラ・ノヴァ』全3巻は、私にとっては目の前に立ちはだかる(?)それは岩か絶壁のような巨大な作品群であり、見過ごして通るわけにはいけない存在なのだ。
何故、私はこの作曲家、この作品集の前で立ち止まったのだろう? どうして、もっと華やかな変化に富んだ北ドイツ楽派や、多くの人々が熱中しているバッハを選ばなかったのか?
それはたぶん、シャイトが構成している音世界と、私が美しいor善き世界として描いているものとが近いからなのだろうな…。
論文として書きたいことは、まだかなり向こうの霧に包まれた世界にあって、こちらからは存在の確認はできるけど、まだ輪郭までは把握できていない…。そんな地点に立っているんだろうな。
少しでもたぐり寄せるために、早く目次立てを考えなくてはね。これが冬休み中の、次回論文指導の1月9日までの最優先課題です……。
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