白河藩主松平定信が庶民の憩いの場として造営した日本最古といわれる公園です。 12代白河藩主・松平定信(楽翁公)が 『大沼』と呼ばれていた湿地帯に堤を作って水を貯め、 庭園の要素を取り入れて1801年(享和元年)に築造した場所です。 松平定信 江戸時代後期の大名。幼名は賢丸。号は楽翁,風月翁,花月翁。 田安宗武の第3子で,江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗の孫。 定信公が26歳で白河藩主になられた当時は天明の大飢饉でしたが、 白河藩からは飢饉による死者を一人も出さなかったといわれています。 また、飢饉により崩壊に瀕した藩財政を建て直し名君と称されました。 老中在任期間中の1787年から1793年に 享保の改革、天保の改革とあわせて三大改革と並称される 『寛政の改革』を行いました。 南湖という名称は、定信公の居城であった小峰城の南にある湖であること、 中国唐時代の詩人李白が洞庭湖に詠んだ詩『南湖秋水夜無煙』から取られたといわれています。 定信公は、この庭園を『士民共楽の地』とし、一般庶民にも開放しました。 公園という形で開放したものとしては、日本最古のものなのです。 大正13年には『南湖公園』として国の史跡名勝となり、 定信公の理念とともに現在に受け継がれています。 湖畔には、吉野桜(約800本)・ツツジ・松・楓などがあり、 春の桜・初夏の新緑・秋の紅葉・冬の雪景色と那須連山のコントラストが美しく、 四季折々の景観が楽しめます。 南湖神社。 南湖公園の中に鎮座し、御祭神として松平定信(白河楽翁)公をお祀りしています。 大正11年、渋沢栄一翁の援助のもと建立されました。 参道 拝殿 出世大明神、世直し大明神、繁昌の神として信仰されていますが、 近年除災開運、交通安全、学問、縁結びとして信仰されています。 定信公は『白河に住む男性と、会津に住む女性の沢山の縁を結んだ』事で、 縁結びの神としても有名になり、神前結婚式が数多く行われています。 白河市には『会津町』という地名が残っています。 境内には御神木であるシ ダレザクラの『楽翁桜』があり、桜見物の名所となっています。 『楽翁桜』は南湖公園築造当時に楽翁公によって植えられたと伝えられ、樹齢200年です。 別名『縁結びの桜』とも言われています。 桜の樹下で恋愛祈願をすると、願いが叶うと評判だそうです。 おすすめの恋愛運アップ・パワースポットです。 |

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